第06話「奇行美少女」
えっ、なにこの子…………。
突然の声掛けに目を見合わせ、戸惑う僕と咲姫。太陽に透かしたハチミツ色の明るい茶髪に、後ろ髪の短さが相まって活発な印象だ。
フレッシュシトラスの香りをまとっていて、しかし、それらのイメージを、ぴょいと軽く飛び越しちゃう勢いのハイテンションっぷり。無垢をすっとばしてアホにしか見えない元気っ子活発女子だ。
決して小さ過ぎるわけではない身長の割に、全身が無駄なくスラッとしていて、しかも小顔のおめめパッチリなものだから、 読者モデルにでも居そうなほどの可愛さ。動物ならばチワワに例えられそう。
でも初対面でこれとか頭がおかしそうだなぁ……と思うわけがないよねっ! 実にウェルカム奇行美少女! 僕たちだって登校早々に騒いでたからさ……仲間仲間っ!
とは思いつつ、唐突すぎて二人とも会話のドッジボール――もといキャッチボールが返せないなと思っていると、
「オーウ、日本語通じてマスカ?」
「ごめん、通じてはいるよ」
ラップ調だと思えば次は外人風? 実に変なノリの美少女だ。こういう変な子は大好きだよねっ。
「あ、自己紹介が先だったね! あたしの! 名前はッ!」
そう言ってポケットからマジックペンを取り出す彼女。……えっ、手になんか書き始めたよこの子……っ。
「えーっと、保体委員の火野さんだよね?」
「そうっです、けど! フライングネタばらししないで! ちょい待ちぃ!」
火野さんのオーバーテンションについて行けずポカンとする僕ら。そうして「出来たっ」と、彼女は両手のひらをバッとこちらに向けてくる。
「"香仄"……?」
「のーのー! あいあむ火野仄香! バーニングファイヤーほのかっ! なんで逆に……って、あーッ!」
そう。書いた本人がくるりと手のひらを回転させてしまったがために、文字が順序逆さまになっているのだ。ワザワザ手に書いた事も重ねて、アホの子で間違い無さそう。うん、かわいいね。
そして手のひらをこちらに向けたまま、両腕をクロスさせ正しい字順に……んんんっ? 絵面が余計にスーパーアホの子で可愛いぞ?
「失礼っ! ほのかって呼んでねぃっ!」
そしてチョキを閉じた二本指ポーズをくるっと回し、パチッと星が出そうな勢いのウィンクする。頭のネジぶっとんでるなぁ……関わらないでおこう……。
というのは問屋が卸してもなんちゃら。美少女大好きな僕が許す筈がないのは明白中の明白なのだっ! 自ら寄ってくれるとは……飛んで火にいる夏の虫かなっ!?
「仄香って言うんだ、良い名前だね。藤崎百合葉だよ、よろしく。こっちは花園咲姫」
テンションを戻し、僕は普通に挨拶。脳内のテンションで話したら僕まで変人になる……。美少女以外の変人はお断りだ。
僕が言うと、いつの間にか隠れ様子を見ていた咲姫が、ニュッと僕の影から顔を出す。僕の右肩に両手を添えてくれてこちらも可愛い。いい香り。
「よ、よろしくぅ~ほのちゃん」
早速愛称呼び。でもでもところで姫様、顔が引きつってますよ?
「おういえっ、"ゆーちゃん"に"さっきー"ねっ! よろしきゅう!」
そんなことはいざ知らず、早速呼び方を決める彼女。うーん、コミュ力高いなー。
「ゆーちゃんもさっきーも、なんか小奇麗で美形って感じだね? もしかして貴族?」
「いやいや貴族って。むしろ二人とも外部入学生だよ?」
というか、僕も小綺麗に見えるんだ……。良かったぁ、身だしなみ研究してから入学して~。
なんて思っていたら……。
「お、お姫様だなんてそんなぁ~っ」
「咲姫?」
そんなことは言ってなかったけど?
対して「ほぉー!」と仄香。
「それだっ! さっきーはお姫様だっ!」
「うへへぇ~。わたしお姫様~っ」
まんざらどころの話ではない、自己陶酔まっしぐらで、自身の両頬を手で包み、クネクネとしだすプリンセス咲姫様。無駄に可愛いからやめてほしい。凝視し過ぎて乱視になっちゃう――ああマズい、酔って来た……咲姫ちゃんの可愛さにねっ!
「なんかあんたら面白いわー。あたしもテンションマッチングだぜ? 上がっちまうぜっ?」
言って、彼女は僕ら二人の手を握り持ち上げる。
「うちらの友情は永遠だぁー!」
「えっ、早すぎない!」
「早すぎたかー」
「せっかちねぇ」
「せっかちかー」
交互のツッコミに対し仄香はアホっぽく口を開けて語尾を伸ばす。なんだよこの子……可愛すぎだよ……。
「まあどうせ仲良くなるんだから、そんな大差ないってー! 十中八九ってやつー?」
「……もしかして、五十歩百歩って言おうとしてる?」
「そうそれよ! そんなたかだか二倍になったくらいで変わんないってー!」
「それは変わりあるんじゃない?」
呆れて物も言えなくなりそうだけど、可愛いので良しとする。
しかしそんな彼女にいつまでも萌えている場合ではなく、強引なテンションを打開するため話を戻す事にする。
「とりあえず、僕らと勉強するんだっけ?」
そう言うとカッと目を見開く仄香。
「えーっ! 何なにー! 自分のこと"僕"っていうのーッ!? ヤバイヤバーイ初めてみた! 実は女装男子なの!?」
なんでそこツッコまれるの……。中学の時にも居たよね? 一人称が"ボク"とか"オレ"の女子。もしかして女子特有の排他主義に駆逐されちゃった? もしかして僕は絶滅危惧種? なんだ、希少価値じゃん。個性個性っ!
「僕は男じゃないよ、よく間違われるけど」
男装ならいざ知らず、女装して女子校入学とか変態じゃ……男じゃないよッ!
「まあそのおっぱいを隠しちゃったら分からないかもねー」
そう言いつつ両手をワキワキさせた仄香は……?
「あっ、馬鹿っ! 何やってんのッ!?」
「あーこれは偽乳じゃ無いですわー。女の子認定しましたっ!」
「やめな……さいッ!」
ブレザーの間に手を差し入れ、むにむにぐいぐいと僕の胸を揉む彼女。手首を掴んで振り払おうとする。
「ひえ~っ! 両手掴まれちゃったー! 痴漢だぁーッ!」
「どっちがっ!? ねぇどっちがなの!?」
正当防衛が冤罪になるなんてっ! ひどいっ! これが痴漢のでっち上げってやつかぁっ!
「全くもう、仕返しに揉み返してあげようかっ……?」
彼女の腕を払い終えてそう言うと、それきたかと言わんばかりに唇をむふふと尖らせて、彼女は一歩前へ。
「いいぞよー? じゃんと来んしゃいっ!」
ばーんと胸を張る仄香ちゃん。しかし、ブレザーの上からとは言え、そこに膨らみなど微塵も感じられず……。
「なんか……ごめん……」
「なっ……謝んないで! あたしが哀れに見えるじゃーんっ!」
「だって……無い胸を無理に張らせちゃって……ごめんね」
「くっ……揉んだのはこっちなのに、敗北した気分だぜ……」
床に手を付き落ち込む仄香ちゃんであった。そんな中、羨ましそうに指先をくわえ見つめるお姫様。
「ど、どうしたの? 咲姫……」
「わたしも百合ちゃんのお胸を揉んでい~い?」
「駄目だよっ!」
うわっ、セクハラ菌が伝染したよ……。辛いなぁ。
ともあれ。一呼吸置いて、僕は乱れた衣服を整える。
「出会って早々セクハラとか何考えてんの……」
「でも嫌じゃないでしょ?」
「普通に嫌だよ」
「この子ならイケそうだなーって思ったんだー」
「どこのナンパ男だよ」
「もうこれは付き合うしかっ!」
「だからナンパ男かよ」
「ぐへへっ、オネーチャン何色のパンツ――」
「次は痴漢男かよッ!」
はぁ~っと、あからさまにうんざりした溜め息をつく――と重ねるように仄香もハァーッと満足そうに一息。
「いやぁ~気が合いますなぁ」
「こっちは気が滅入ってるよ……」
まあニッコニコの彼女にやれやれとは思いつつ、僕もノリツッコミだからなぁ。許されているように見えるけれど、普通の女子ならドン引きである。
そう思っていると、
「ホント、うちら仲良く出来そうだね! ゆーちゃんっ」
……天使が居たんだ。ニカッと白い歯を見せ満面の笑みで呼ばれれば、男で無くてもキュン死する。ズキューンとハートの度肝を射抜かれる。ズキューンってなんだろう。
ともかく、とんでもなくアホなようでも可愛さなら花丸満点なのだ。ああ素晴らしいかな、ハイテンション美少女。