第59話「少女趣味のぬいぐるみ」
文具、アクセサリー、ぬいぐるみ。ファッションやコスメなどその階に揃えるショッピングモールのワンフロア。
たくさんの女子やカップルがうろつく中、僕たち四人もまたあれやこれやと品定めしてゆく。
「うーん。決まんないねー」
一周眺め終わり仄香が落ち気味のテンションで言う。
何が決まらないのか。
それはプレゼントだったりする。
「週明けにみんなでパーティー……か。この歳にもなって恥ずかしいかもしれないが、彼女なら"そういうの"も喜ぶだろうな」
蘭子が少し小さい声で呟く。そう。本人に直接聴いたワケじゃないけれど、月曜日は咲姫の誕生日だったり。
そんな情報、どうやって知ったのかといえば、先生の机の上で名簿を……なんてことはない。彼女と連絡先を交換したときのプロフィールに載っていただけである。実に単純なトリック。
知った直後にその情報を彼女らに伝え、月曜日にビックリサプライズということで、咲姫本人には内緒で四人集まったのであった。
でも、本当は昨日にしたかった予定だったり……。でも、蘭子の都合が合わなかったから急きょ変更して、今日にしたのだ。結果的に、昨日は妹属性な娘二人と遊べたのだから大満足だけどね。
そんな風に皆が一様にプレゼント探しに思いあぐねているさなか。フロアをその場で一回り見渡す仄香。
「アクセとかだと余計に迷うなぁー」
「咲姫ならこだわってそうだからねぇ」
「ネイルはー?」
「咲姫ちゃん爪ピカピカで詳し……ソウ……」
「うぬぬ……じゃあアロマっ!」
「普段から甘い香りがするのだから、自分好みで選びたいんじゃないか?」
だけど、彼女の提案もむなしく僕らはみんなげんなり気味。オシャレな彼女――という印象が強すぎるため、意外とピンとくる品が見つからないのだ。
「もう文具でいいんじゃね……」
「そんな投げやりな……」
「でもどれもこれもイマイチなんじゃ仕方ないもーん」
唇を尖らせて不機嫌感を醸し出す。
「ごめんね、仄香。考えてくれてるのに」
「うーん。ま、ダイジョブッさ! さっきーのためだもんね。じっくり選ぼうよー」
それでも明るく、彼女はこのグダグダ具合も楽しんでるようで、無理している口調では無かった。こういうキャラは場を和ませてくれるから助かるものだ。
「あっ! ケーキとかは!?」
「け、ケーキ? 作るの?」
「ケーキを作ってプレゼント……とかだぜぃっ!」
「仄香……出来るの?」
「出来ませんっ!」
ダメダメであった。
そうして視線をそのまま譲羽に。
「ノー。出来なくは無いけど、自信ナイ……。ノー」
蘭子に……。
「細かい作業は苦手だ」
ダメダメであった。
「それに、ケーキを作るのはクリスマスの方がいいかなぁ。誕生日だと、やっぱり形に残る物の方がいいよ」
「そうか! ケーキは神を祝う日だったか!」
「なんかちょっと違うような……」
仄香の中で何を勘違いしているのだろう。彼女の思考が読めない……。
「そいえばさー。キリストってクリスマスの日に生まれたらしいよー! すごくないっ!? そりゃあみんなケーキを作るよなぁー。クリスマスな上に神の誕生日を祝っちゃうよなぁー」
「それを言ったら、生まれた年は西暦一年だ」
「マジッ!? キリストってホント何者なの!?」
「……神です」
「半端ない奇跡じゃん! 流石神だわー」
その神様を基準に定めたという考えはないのだろうか彼女には。
そこで……。
「あっ、今まで見てて思いついたのがあるんだ」
僕の中でパッと出てきたひらめきが。
「えっ? キリストのー?」
「違う違う。誕生日プレゼントだよ」
僕が言うと三人の視線が集まる。
「なになにー。なんか良いものあった?」
「オシャレ系は難易度が高いし、実用的なのも難しいぞ?」
「咲姫ちゃんが喜びそうなの……」
疑問顔のみんな。意外と勢い任せで選ぶ気がないようで安心する。
コクリと頷き大きく息を吸う僕。
「大丈夫だよ。それはね……」
※ ※ ※
途中、品定めなんぞ放り投げて、あれカワイイこれカワイイとあっちこっち見ていたせいか、もう十一時はとっくに過ぎていた。寮生二人の都合上、お昼には解散となってしまうから、あと一時間も無いことになる。
レジに並ぶ僕ら。そんなに混んではいなかったので、四人揃って列の中に収まっている。
「値段のことなら気にしなくても良いですぞよ?」
女神か天使が舞い降りたかのように、遠い目で両手を広げ仄香が言い出す。
「そんなの駄目だよ。みんな平等じゃないと」
一人千円ちょっとの計算。少し手痛いけれど、咲姫が喜んでくれるのならお安いものさ。
何より、僕が提案したこと……そしてみんなで選んだことが重要なのだ。百合ハーレム計画を潤滑に進めるのなら。
みんなからお金を集め、代表して僕が会計を行う。ゆずりんが間違って一万円札を出そうとしたことは気にしない……。本当に金銭感覚が怖い子だな……っ。
カワイイ系とキレイ系のお姉さん方をしっかり目に焼き付けたところで支払いが終わる。仄香が大きな商品を受け取り、僕らはレジから離れてゆく。
「これがあればバッチリでしょー!」
「完璧……うへへ……」
大きな袋をバスバスッと叩く仄香。譲羽もニヤリと賛同。
そこに少し浮かない顔の蘭子。どうしたのだろう……。なんて鈍感な事はしない。僕は彼女の内心を知っているのだ。しかし、答えは予想できているけれど"今は"指摘するわけにはいかない。彼女のプライド的にも、自分から言い出すことは無いだろうし。
さて。タイミング的には今しかない。ここでひと時の余暇が欲しいので一言を。
「じゃあそろそろ帰るけど、みんなトイレとか大丈夫?」
「ああ、ちょっと行きたいかもな」
「アタシも行く……」
僕が提案すれば、蘭子と譲羽が挙手。仄香にアイコンタクトを送ると「のーのー」と首を振る。
「じゃあ僕ら、ベンチで待ってるよ」
「すまないな」
「いってらっしゃい」
彼女らの背中を見届ける。そうして、僕は仄香をベンチに誘導すると、思い出したように「あっ」と声を漏らす。
「ごめん、買いたい物あったんだった。仄香はここでっ、待っててね?」
「うぇー。あたしぼっちかよー。……しゃーないなぁー」
渋々了解する彼女。でも、彼女も彼女で空気を読んでくれたのかもしれない。よしっ、計画は順調だ。
差し込む光がまぶしい帰りの電車。休みの日のこんな時間に帰るなんて不思議な気分だけど、僕たちは電車に揺られ有り余った体力のまま、静かにふざけあっていた。
「おおっと。もう次の駅だーっ。いやぁー、突然集まろうなんてどうしたかと思ったけど、良いもん買えたねー。……途中で食べたりしないようにねっ!」
またしてもボスボスッと大きな買い物袋を叩いてくる仄香。
「誰が食べるかいっ。それと大切な子に乱暴するんじゃありません!」
「へへーん」
彼女は僕のツッコミをしたり顔でかわす。
「でも……それなら咲姫ちゃん、喜ぶと思う……」
「そうだな。少女趣味で可愛らしい品物だが……彼女にはピッタリじゃないか?」
「でしょっ?」
二人の賛同に得意げになってみる。すると、
「そうでもなくなくない?」
「いやどっちさ……」
「そうでもあるわーまじでー」
「棒読みなんだけど……?」
煽ってくる仄香ちゃんであった。こういうノリもちょっぴり好きだったり。
そうしてるうちに列車はゆっくりと速度を落とし、僕らは身体を後ろに引かれる。
「そんじゃあ、うちらは寮に帰りますぞよー? グッバァイ!」
「再び学び屋で……垣間見えん事を……」
「気を付けて帰ってねー」
「迷子になるんじゃないぞ?」
「ならないようっ!」
そんな憎み口を叩きながら、相変わらず普通の別れの挨拶をしない仄香と譲羽は開いた扉から出て行く。
閉まるドア。明るい空気までも外に流れていってしまったように蘭子の表情もちょっとこわばりつつある。
さて、蘭子と二人きりだ。
 




