第56話「ワビサビクレープ」
「仄香、なんであんな無理したの……」
「いっやぁー。そーゆー呪文知っちゃったら、試したいと思うじゃん? じゃんじゃん?」
「気持ち、ワカル……。覚えたての呪文は……すぐに試すベキ……」
仄香をフォローする譲羽。確かに好奇心でそういうのはあるよなぁ。しかし……。
「その結果、僕が食べることになったんでしょ……」
「いやははっ。ホントありがとねー。あれで残すとか、ラーメン好きの恥かと思って!」
「恥より自分の胃と相談して注文してよ……」
「えへへー。つらいときは毎回ゆーちゃんにお願いするよー」
「やめてね?」
「だいじょーぶだいじょうぶっ! 次はあんまし、からくしないから!」
「そう言う問題じゃないよっ」
これはあんまり反省してないようで反省しているのかな? 多分、場の空気を悪くしたくないのだろう。彼女の考えもいくらか察せるようになってきた。
そこに、譲羽がグッと手を握り顔を明後日の方へ。
「仄香ちゃんが倒しきれなかった……マグマに潜む紅の悪魔を、代わりに討ち取った百合葉ちゃん……かっこヨカッタ……」
「そ、そう?」
汗水たらし苦しい顔で、そして真っ赤な顔でラーメンをすする僕を想像するも、とてもかっこよくは思えない。うーん、よく考えたら罰ゲームものでは? お見苦しいものを見せてしまったものだ。
美少女のためなら――と、我慢は出来るけれど。唇はほんのり赤く染まり、まだ口の中までヒリヒリしている。水を飲んでも解消できないこの辛さ。だから僕は辛いのが嫌なんだ。
ともあれ、駅へ向かおうということで僕らは繁華街から駅前通りへと歩みを進める。荷物は多いけれど、体力が無いということもないので、歩くだけなら問題なさそう。
三人で歩きつつも、仄香が新たなラーメン屋に釘付けになったり、譲羽が映画の広告に夢中になっていたりするので、どちらかが左右の視界から消える度に立ち止まったりして。スムーズに進むことなんて無いのは予想済みであったけれど。
そしてようやく商店の並びを抜けるところ。仄香は「あっ!」と突然駆け出す。
「へいへーい! クレープ食べようよぉー」
その立ち止まった先はアイスとクレープで有名なお店。今も女子高生と思われる人たちがクレープを片手にレジから立ち去る。
「仄香……。お腹苦しいんじゃないの?」
「だいじょぶだいじょぶー! デザートは別腹だしぃ! それに、アイスは、溶けるっ!」
「クレープは溶けないけど?」
「なぁーに言ってんのぉーっ! 胃液で溶けんじゃんっ!」
話が噛み合わないのであった。
「色々あるね」
「アイスの組み合わせ自由に選べるってさー。クレープは無理っぽいけど」
「うーん、それでもクレープかなー」
「おういえっ! クレープっちゃう?」
「クレープ……っちゃう……」
三人ともクレープが気分のようだ。
そうして仄香がすぐさま「よっしゃ決まりっ!」と。僕も間もなく「決めた」と合図。
「ゆずりんは決まったぁー?」
「ノー。じっくり選ぶ……。から先に頼んでて欲シイ……」
「ほほう! ゆずりんは慎重派ですなー」
「僕ら決めるの早かったからねぇ。ゆっくりでいいよ」
「わかった……アリガト……」
頷く譲羽。その瞳はガラスの向こうのクレープを真剣に見据えていて……口をぽっかり……よだれが垂れそうなんだけど?
「ゆーちゃんどれにすんのー?」
「僕はこれかな」
指差す先は緑色がさわやかに映えるパフェ。
「おうおうっ! 良いの選ぶじゃねーかい! やっぱ緑色合いそうだねいっ!」
「和風、好きなんだよね。マスカットとかメロンとかもだけど、緑系はだいたい好きかも」
「そうよなー。そんな感じするもんなーゆりはすはー」
どうやら、僕のカラーが決まったみたいだ。緑。うーん、リーダーっぽくはないなぁ。
言って僕は「すみません」と、機会を伺っていた店員さんに声をかける。
「抹茶生地の~……」
しかしそんな僕に「のんのん」と仄香が割り込み。
「クレープの二番と三番下さーい」
「はーい」と店員さん。そしてドヤァっと僕に向かってニンマリ仄香ちゃん。可愛い。
「名前長いから番号で言うんだよ」
「へぇー。初めてだから知らなかったよ」
「うふふっ。またまた、あたしがゆーちゃんの、は、じ、め、てっ。もらっちゃったぁ……っ」
「だから言い方やめなさいって」
ペシと叩けば仄香がうへへ。もはや定番化も目前だ。でも、これは一応下ネタ……なんだよなぁ。
譲羽が注文を決めて間もなく。仄香の物が先に出来上がり、続いて僕のも出来上がった。受け取り次第すぐに「いっただっきまーすっ!」と仄香はクレープをひとくち。
「やっぱバナナクレープは最高だなぁー」
「一番好きなの? 仄香がバナナって少し意外かも」
「うーうん? イチゴもチョコも好きだよー」
「ああ、好みが多いのね」
「どれも一番さいこぉうっ!」
「へ、へぇ」
一番最高とは……? つまり甲乙を付けがたいということなのだろうけど。そんな細かい点まで気にしてしまうのは僕の悪い癖である。あんまり細かいと女の子に嫌われちゃうぞっ。
対し僕のクレープは、抹茶生地に抹茶アイス、あんみつが掛かったきなこ餅にあずきいう、豪華和風クレープであった。
譲羽を待ちたかったところだけど、手の温度でアイスが溶けてしまいそう。僕もお先にひとかぶり。
「うん、美味しい」
そこに案の定仄香ちゃんが元気に挙手。
「へいへーい! ひとくち食べさせてやー」
「はいはい」
早くも食べさせ合うのは恒例みたいで、僕はすんなりと彼女に食べさせる……ひとくち大きいな……。五口分くらいあるよ……。
「ほんほん……。この抹茶、抹茶感強いね」
「抹茶感?」
「あれだよー。本格派の苦味という……ワ、ビ、サ、ビっ」
「ワビサビは関係ないでしょ」
「ワビサビって苦そうだと思ったからさー」
「ワサビだよねそれ」
語感は似てるしどっちも和風だけどね。それにワサビは辛い。
「ゆーちゃんはこういうワビサビクレープが好きなのー?」
「ワビサビ……は置いといて。うーん、意外と甘さ控えめで苦味が少しあるから、好みのドストライクからは外れるなぁ」
「ほほー。本格お抹茶はお嫌い?」
「そうだねぇ。あまーい抹茶味のほうが好き」
「おおうっ! きさまー日本人じゃないなーっ!?」
「なんでっ!?」
言って彼女はクレープでお祓いするように僕の頬を叩く……素振りをする。ゆずりんとは違ってドジっちゃわないのが残念。残念でもないか。
「和を尊い、ホンモノのヤマトダマシイを愛する者こそ、日本人のワビサビなのじゃ」
「いや、意味分からないけど」
今度は仏像の後光が差すかのごとく、彼女は手を合わせ言う。アホの子なのにその謎の語彙力がどっから湧いてるのがわからないけど。
そんな横でようやく商品を受け取ったゆずりん。しかし、そんな彼女の手にはクレープと……?
「う、うわぁー。こぼれるー」
「ゆずりーん。よくばって三段アイスも頼むからそうなっちゃうんだよー」
「とにかく支えるから、そこのベンチ行こっ!」
落ちそうなアイスの最上段を仄香がかぶりついて支える。僕はその手からゆっくりとアイスを受け取り、ようやく一段落。
まったく、忙しい子たちだ。




