第50話「グミルグミラーグミレスト」
「グミ食べる?」
それは、宿題に完全に飽きてグデッと机に潰れていた仄香が言い出したことだった。
「グミ? そうだねぇ。お菓子タイムにするかぁ」
ちょうどクラシックを聴きながらのティータイムになっていたし。
「咲姫って流石にお菓子までは用意してないよね?」
「そうねぇ。お茶菓子は用意してないのよぉ~。ごめんねぇ~」
「いいよいいよ。そこまで咲姫にやってもらったら悪いし」
もし用意してたらグミを食べてる場合じゃないからね。でも、流石にお茶菓子までは用意してなかったみたいだ。
というか咲姫ちゃんの用意の良さはなんなんだろう。やっぱり咲姫ちゃんママにしちゃう? 一緒に子供を育てちゃう? それとも僕が子供になっちゃう? ママー!
そんな妄想をしているうちに、仄香が一人一人にグミを配っていた。受け皿などはなく手で受け取ってしまうので、僕は先手を打って手拭き用のウェットティッシュを人数分用配る。手が汚れるお菓子と勉強は一緒にしたくないのだ。宿題が油で汚れたりするのがどうしても嫌に感じてしまう。
「ありがとね、仄香。……おっ、マスカット味だぁ。好きなんだよねー」
「へいへい、ゆーちゃんもグミ食べな~。あっ! みんなまだ噛んじゃダメだからね! 最初は舐めて溶かすようによくよぉーく味わうのが、真のグミラーだからねッ!」
「グミラー?」
「そう! グミルグミラーグミレスト! 我々は最高のグミラーを目指すために、より美味しくグミをグミるのだぁ!」
「変に拘り強いわねぇ……」
「めんどくさいやつだな……」
蘭子はともかく、咲姫までも呆れていた。僕らはグミラーとやらを目指しているわけでは無いので、強制されなくとも良いのでは? 人にルールを押し付けるのはただのめんどくさい人だ。蘭子に至っては、しっかり噛んでモグモグ味わっている。ワザとらし過ぎてすっごい可愛い。
まあ、仄香の事だから、そのめんどくささもネタなんだろうけど。ちょっとたのしいし。
「あ、蘭たん! もっと味わってからモキュモキュしなよ! 人生損しちゃうよ!?」
「知らんな。美味しいぞ」
「具体的には、五十%くらい損しちゃうのにーっ!」
「へぇ。残り半分は?」
「優しさ!」
「痛み止めなの?」
僕がツッコむと変な回答をする仄香ちゃん。それ意味不明になってない?
「あーあ」と残念そうに仄香に言われてから、余計にモッキュモッキュと咀嚼する蘭子。そんなに大きく噛むほどグミは大きくないけれど? 意地悪さがかえって可愛さしかない。
そこで譲羽が苦しそうに喉を押さえる。
「うっ、飲み込んじゃっタ!」
「えっ! 大丈夫? 痛くない?」
「まじ……!? 心臓マッサージしないと!」
わたわたする僕らに、大丈夫だという意思表示に手を振る譲羽。それで安心したのか皆がため息。
「そもそもグミで喉に詰まるわけはないが……仄香が噛むなと言ったから譲羽が痛い思いをしたのだろう。仄香、謝れ」
「ちょ……なんで命令口調!?」
「まあグミでも飲み込んだら痛いものねぇ……」
「味わえなかったぶん、精神的に辛くもあるかも」
謝罪を促す蘭子に咲姫と僕が言葉を付け足すと、仄香は申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「ごめんね、ゆずりん。痛かったよね。グミの食べ方の流儀でちょっと盛り上げたかっただけなの。こういうゆったりした食べ方も味わって欲しかったの……」
「これは……アタシ自身の責任……。仕方が無イノ……。グミの流儀、しかと見届け……タッ!」
「うぅ……ゆずり~んっ!」
「仄香ちゃん!」
「めでたしめでたし……かな」
「仲直りしてよかったわねぇ~」
「反省したのなら……いいだろう」
抱き合う二人に、僕ら三人が頷く。ちなみに喧嘩もなにも無かったけどね。
一悶着あったけれど、僕らはのんびりとグミを味わっていた。仄香のグミへの熱いトークが面白かったり。具体的に何が面白いのかと言うと、語る仄香の身振り手振りが面白かったり。この子は独自の感性があるから、呆れつつもやっぱり聞いてしまうのだ。
「まあそれにしてもだよ! この果実グミって凄いよねー。中に果物一個分の果汁を百パーセント詰め込むんだもん。グミなのに一個分全部の果汁だよ? もう人類の英知だね。神ワザだね」
「うふふっ……。なんだか宣伝みた〜い」
日本の食品技術がゴットパワー扱いされる宣伝であった。でも、当然果汁オンリーなのではどう調理しようともグミにはならないし、それはやはり果汁のままじゃないのかなぁ。ドロドロのジャムになるか、乾いてカピカピの膜くらいなら出来そうなもの。
「仄香、知ってる? フルーツグミは果汁が百パーセントなんじゃなくて、果物一個分を濃縮して一袋分に、詰め込んでるだけなんだよ」
「な、なんだってー! 一粒食べるだけで一個分食べれるんだと思ってた……!」
「それはそれは……。ミカン味を沢山食べたのなら手足が黄ばみ、恐ろしい事になりそうだな」
「うっわ怖っ……! 呪いの兵器じゃんそれ!」
「人類黄色化計画……みんなを黄色人種にして肌の色の差別を無くそうという、歪んだ日本人科学者の陰謀……」
「うっわ怖っ! みかんグミは買うのやめよっかな……」
「それ本当だったらシャレにならないからね……?」
蘭子の言葉を聞いて震え上がる仄香。譲羽が更にあくどい顔で語り出したので、仄香は肩を抱いて身を震わせる。濃縮の事すら関係ないほどの勘違いによって、価値をマイナスにまで下げられたフルーツグミ。グラフもびっくりな位の急降下っぷりだ。
「今回選んだのが無難なマスカット味で良かったわー。そういやー、ゆーちゃんって好みが緑系って感じだよねー。メロン味とかも好きだったりー?」
「メロンは人工的な味に感じることもあるし、モノによるかなぁ。あ、抹茶味とかも好きだよ」
「へぇー。グリーン系を選ぶとかゆーちゃんらしいなぁ~。パンツの色と一緒だっ!」
「そうそう、優しい緑色が好きで……ってなんで僕の下着の色知ってるのさっ!」
「ん~っ? 体育の時にすっごいかがんで覗き見たー」
「変態だよっ!」
くっ、恥ずかしいから、更衣室の隅でジャージを羽織りながら着替えてたのに……。
「あっ……これはもしや秘密の事だったね……っ! でも大丈夫! あたしの口はグミ並みに堅いから!」
仄香がニヤリと親指を立て僕を見る。
「もうバラしちゃってるよっ! しかもグミ柔らかいじゃん信用出来ないっ!」
「低金利のグミご融資ならご相談くださいっ」
「グミの信用金庫!? 意味不明だよっ!」
グミが貨幣がわりになるとか、どれだけグミ好きなんだろう……。相変わらず、僕に妙なツッコミをさせる、変な美少女仄香ちゃんであった。




