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百合ハーレムの作り方  作者: 乃麻カヲル
第1部一章「百合葉の美少女集め」
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第48話「シャトルラン」

「どうっ、した? ……百合葉。全く、私に負けっぱなし……じゃないか。そんなようでは、私に勝とうだなんて……百年! 早いぞ……っ」



「誰もアンタに勝とうだなんて思ってないよ……」



 どれだけ本気を出したのだろう。反復横跳びを驚きの60回というクラス内最高記録を叩き出した蘭子は、もうすでに肩で息をしていた。僕は48回で評価点は八点だから、彼女と本気で渡り合えてる訳が無いと気付くと思うんだけど……。



「それともやはり……私を勝たせるために手加減をしたのか? さっきから七~八点止まりじゃないか。ほとんどが満点の私に一歩低い点数を取って来るだなんて……やはり君はただ者じゃないみたいだが……」



 とんだ思い違いである。



 そこに、咲姫と仄香がずいと出て僕らの腕を取る。いつまでも座って休んでいたからだろう。



「ほらほら二人ともぉ~。次はシャトルランよぉ~? 早くしなさいよぉ~」



「さっさと終わらせよーよぅ! ヨーヨー!」



「もう……フラフラ……。お腹ペコペコで力が出ナイ……から昼休みにしたい……」



「ユズ、休んでてもいいんだからね?」



「……いや、最低限は頑張ル……それが人間界のオキテ……」



 修行に来てる死神が悪魔か何かなのだろうか。



「偉いね。じゃあ頑張ろっか」



 僕はいつものように譲羽の頭を撫でる。頬を緩め気持ち良さそうにする彼女。その姿の従順な犬っぷりはなんとマスコットキャラなのだろう……。心から浄化されていく……。



 ともかく準備ができていないのは僕らだけだ。僕は急かすように疲れ切っている蘭子の腕を仄香と一緒に引っ張り上げ、初期位置へと向かう。



「百合葉……そうやって情けを掛けなくてもいいぞ。私は少しでも長く休んで良い記録を出したいだけなんだから」



「でも、みんな待ってるしさ。早く終わらせて昼休みにしよっ?」



「まあそれもそうだな……すまない」



 柳眉を下げてシュンとする美人。あまり表情が変わらない中でも、そういう反省している様子は少し伝わってくるから、可愛いものだ。



 本日最後の測定は、決められた短距離の間を時間内に駆け抜け、その時間の間隔がどんどん狭まっていくという恐怖の往復持久走、20メートルシャトルランだった。



 やる気のない者は序盤から振るいにかけられ、しかしその後も、一緒に最後まで走り抜こうと誓った友がバタバタと力尽きていく、地獄絵図のような恐ろしい測定だ……。



「あんな筋肉なヒトタチは置いといてさー、あたしらは一緒に走ろーねっ!」



「いいわねぇ~。汗かきたくないものぉ~」



「みんな一緒……安心……アンシン……?」



 ちょっと、それは途中で抜け駆けするのが目に見えてるよ……? 仄香ちゃん?



 というか、シャトルランで横並びはかなり難しいんじゃないだろうか。譲羽が前半で力尽きそうだ。



「さあ、最後の勝負だ。一番の本気を見せないとな……」



「あぁ……はいはい」



 クラスの女の子たちが好きな位置で一列に並ぶ。他人に邪魔をされるわけにはいかないと、蘭子は僕と端っこを陣取っていた。お嬢様学校だからなのか女子だからなのか、やはり汗をかくのは嫌なようで、他のクラスメイトのやる気はのんびりとしたものだ。



「それじゃあよ~い……始めっ!」



 先生の合図と共に、シャトルラン専用の開始のアラームが鳴り一斉に走り始める。最初はゆったりペースだからそんなに焦る必要も無いんだけど、それでもやる気が前のめりしてしまうのか、僕と蘭子は余裕でゴールに着いてしまった。



「ふぅん。やるじゃないか」



「いやまだ始まったばかりだからね?」



 この子のペース配分は大丈夫だろうか。勝負が先行しすぎてトばしすぎないかちょっと心配だ。



 僕とて彼女には多く走って良い点数を取って欲しいのだ。自信満々な彼女のヘコむ姿は見たくな……いや、見たい。見たいけれど、やっぱりベストを尽くしてクラストップのクールな美少女であって欲しい。これは僕の一種の偶像崇拝みたいなものだ。クールビューティー美少女教の神になって欲しい。



 次のアラームが鳴って、今度は咲姫達らが混ざるクラスメイト列と横並びになった。序盤なら、そこまで焦る必要はないのだ。



 最初は少し前に出た蘭子だったけど、だいぶペースを落とした僕を見て、彼女もやはり横並びに。



「ほう……私に気を遣って疲れないように走らせようと言うのだな? その余裕が裏目に出ないといいけどな……」



「まあまあ。ゆったり行こうよ」



 勝負事なんて嫌いなんだ。ナンバーワンよりオンリーワン。個性的な美少女たちにも言えるように、それぞれがベストを尽くして輝けば良いと思っている僕にとって、この熱血展開は予想外のものだった。



 しかし、次のアラームが鳴ったとき、事件は起こる。



「よっしゃーっ! あたしがいっちばーん!」



「なっ……仄香! 君というやつは!」



「へっへ~ん! 油断してる方が悪いんだよぉ~!」



 なんて、いきなりペースを上げだした仄香がゴールすると、そんな彼女の無謀な戦略に憤る蘭子。なんでそうすぐムキになるかなぁ……。



「うぅぅ……仄香ちゃんに裏切ラレタ……アタシはもう走る理由を失って……シマッタ……。走る意味を亡くしたトキだ」



「ゆ、ゆずちゃん!」



「ユズ大丈夫!?」



 うずくまる譲羽に咲姫が心配する。僕もただ事では無いと思い近寄るが、譲羽は意外にも元気そうな顔で親指を立てる。



「お腹が空いて……もう無理なだけ……。ほら、次のアラームが鳴ったから二人も走って……」



「うぅ~、うん。分かったわよぉ!」



「君の分も走りきるよ!」



 と、咲姫と僕は譲羽を背に、咲姫に走るクラスメイト達を追う。まだまだ序盤だから、最初の脱落者は譲羽になってしまった。



 やがてバタバタと倒れていくクラスメイト。僕もだいぶ息が荒くなってきた。



「ふっ……。途中で譲羽を心配なぞするから……疲労が出てきたようだな」



「喋る体力は……温存した方がいいよ……」



「……それもそうか」



 ゴールして一言二言交わしただけで会話は終わり、まくしたてるように次のアラームが鳴る。もう、クラスの上位組が残るだけで、ほとんどの子たちはリタイアしていた。咲姫も、疲れた様子を見せる前に脱落。それでも五十回は越えたのだから、ある意味、美少女意識の高い子だ。本当にお姫様にふさわしい。



「あぁー~っ! もう無理! ロクヨンッ!」



 アラームが鳴ってゴールラインに辿り付けなかった仄香が叫ぶ。他の子たちはそれを無視せざるをえず、また駆け出す。じわじわと間隔が狭まり焦らせるカウント。迫り来る自分の筋肉と体力の限界。僕も皆も、他人の脱落に構ってる暇などないのだ。



「蘭たんを出し抜けなかったー! くそぉ~っ!」



 体育館の床で仰向けになって、泣くように腕を目元に置く仄香。そこへ咲姫が、負けたボクサーを労るようにタオルを掛けて、彼女の汗を拭いてあげる……。美少女へのアフターフォローがバッチリだ……。う~ん、やっぱりママにするなら咲姫をちゃんかな……。あれっ?



「さあ……最終決戦も、間もなくだな」



「……そうっ、だね」



 無視するように――とは言ったけれど、やはり心には響くものだ。仄香が力尽きた64回というのは、八点に届くギリギリのラインだったのだ。それを無意識のうちに皆に知らしめてしまって、諦め始めた子が多いのだろう。陸上部やサッカー部に入っている子は居ないはずだし。そこまで限界に挑戦したがりな子は居なかったのか。次々と挫折していき、ついには僕と蘭子の一騎打ちとなっていた。



「80……8! やっと、十点のラインだ! さあ、ここから……お互いの限界に挑戦……しようじゃないかっ! なあ百合葉!」



 汗をキラキラと輝かせて僕に言う蘭子。クールな顔は崩れないのに、心なしか苦しそうにも楽しそうにも見えた。なんて頑張り屋で素敵な子なのだろう。



 でも……。



「ごめん、棒は、ここまで……だ」



「何を……っ」



 88。そこまで走れれば充分だった。汗臭さや、筋肉痛や、疲労感や……そういうのを気にする僕としては頑張った方なのだ。優等生は、他の勉強とのバランスを考えて、それぞれのベストラインを狙う。効率よく。だけど、ここまで疲労困憊になろうとは思わなかった。彼女と走るのが楽しかった。本気の彼女は美しかった。



 走馬燈のように一瞬で脳内を駆け抜けたあと、よろよろと体育館の壁に身を寄せて、僕は泣きそうになる彼女を見送ろうとする。



「……友達だと言うなら独りで走らせるな……。寂しいじゃないか」



 そう呟いて、彼女は最後の走者となった。



※ ※ ※



「汗臭いから近付くな……」



「えぇっ! ちゃんとスプレーしたと思ったんだけどなぁ……」



 ヘトヘトになりながら百という区切りの数字まで走りきった蘭子をねぎらいにタオルをかけようとして、そう拒否されてしまった。流石にちょっと傷ついたよ……。



「……違う、私がだ。嫌な臭いが君に付いてしまうだろう。今のボロボロな私は、美しくない……」



「僕は蘭子の汗のニオイは嫌いじゃないよ」



 かつて僕がそこで休んでいた場所……体育館の壁に寄りかかって座る蘭子の横に、僕は並んで顔を近づける。薔薇の香りと汗のニオイが混ざって、不思議な感じだ。



「それに、自分の限界に挑戦して戦いきった証だもん。かっこいいじゃん」



 そう言って僕は、彼女の肩に拳をとーんと当てる。それが予想外だったみたいで、蘭子は耳をほんのり赤くして恥ずかしそうに顔を背ける。



「……そうか。君がそう言うなら良いんだ。私は美しいからな」



「なにさそれー」



 キザに汗ばんだ前髪を払う彼女。そのせいで彼女の顔が隠れてしまったけれど、これはツッコミどころかなって思って、もう一回拳を軽くぶつける。



 彼女の筋肉までもバランスの取れたプロポーションが浮かぶほどに、汗ばんだジャージ。拳越しでも、その湿った感じは伝わってくるのだけれど。



 二度目に触れた手からは、やけに熱い体温を感じた。

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