第49話「スキー競争」
眼下にナイターの灯りと街を望む、リフトを登った先。僕らは横一列に並ぶ。
ルールは簡単。先にホテル前のポールのラインに辿り着いた順だ。ゲームみたいに、アイテムは無いし、ぶつかって妨害とかもない。というか危ないし。
「はいはーい。じゃあみんな準備は良いかーい!?」
「うん」
みんな頷く。何やら面白そうだと、男装女子部の葵くん、茜さん、翠ちゃん、美術部のたんぽぽちゃん、そして隣の部屋の藍羅ちゃんも参加していた。
「こういう競争ごとって楽しみですわぁ~。ちょっと走る事ですら、いつもお父様やお付きの方に怒られてしまうんですも の」
「あはっはー。怪我したらパッパが真っ青になるからねー。うちも家政婦さんには危ない危ない言われて育ってきたよう」
と藍羅ちゃんとたんぽぽちゃん。この二人は割と本気のお金持ち家庭みたい。
茜さんと葵くんも、ストックで雪をバシバシと刺して、テンションを上げる。
「スキーの競争なんてめったなもんじゃないからなー。楽しみだよー」
「フッ。オレの華麗なる滑りをお見舞いしてやるゼ……」
「葵、アンタはスピードの出し過ぎでコケるのが関の山だろー」
「は、はー? オレ転ばねぇし? 華麗に四回転ジャンプキメてやるし?」
「スキーのジャンプじゃないねそれ……」
葵くんはキメたがりだけど、どこか運動音痴気味みたいなのだ。茜さんがそれを小馬鹿にするというのがお決まりになっている。
「じゃあ仄香、スタートしよっか」
「それじゃあ行っくよー! さんっ、にーっ、いちっ、パーン!」
と仄香のスタートの合図で僕らは滑り始める。
まずは最初のゆったりした広さの斜面だ。僕らの学校の貸し切りだからなのか滑る人はまばらで、勢いを付けても大丈夫そうだ。
一気に駆け出したのは、僕と蘭子と茜さんの先頭集団、結構実力差があるのか、すぐに後ろの状態は分からなくなった。
お互いの位置を気にしつつ滑っていく。あんまり至近距離だと、ターンの時にぶつかってしまう。ぶつからずとも、意識してぎこちない動きになれば一気に転げ落ちてしまうから、牽制するように距離を置く。
ここでは順位はあまり変わらず。大きく開けた斜面から、少し狭まった次の林の間へと滑っていく。
「林抜けるよハヤッシー! あたしの華麗なステップを見よー! うわあぶなっ!」
カーブでかなり無茶をしたのか、僕らの前に躍り出ようとした仄香だったけれど、体勢を悪くしてそのままカーブの端にまで滑り過ぎてしまった。結局僕らの順位はそんなに変わらず。
ここは上手く滑りきれるほどの斜面じゃない。だから、半分スキー板で歩くように、二枚の板を逆ハの字にして、シャーシャーと両脚交互に進む。
「はぁっはぁっ。追い付いたわ……。百合ちゃん……ゴールインは、二人一緒にねぇ?」
「咲姫すごく頑張ったね……でもこれレースだからね?」
ウェディングか何かと勘違いしてるんじゃないだろうか。しかし、そう話しているうちに、僕は先頭集団から離されていく。やがて半ばの集団へ。
「咲姫ちゃん……一緒に走ろうねって……約束、シタノニ……」
「あらユズちゃんごめんなさぁい、そんな約束したかしらぁ」
「冷たいなぁ」
多分、僕に追い付けるだろうと確信した瞬間に、咲姫が一気に駆け上がったのだろう。なんだか学校のマラソンでよくある展開みたい。
でも、僕だって、こういうのはちょっと本気を出してみたいモノ。この子たちのペースに合わせていると、蘭子たちと張り合うのはもう無くなってしまう。だから……。
「二人とも、ごめんね!」
「あっ! 百合ちゃんの裏切りものぉ~!」
「裏切り者は……咲姫ちゃんモ……っ!」
という叫びが後ろから聞こえた。
林を抜け、カーブだらけの斜面に。ここで僕は頑張ったお陰で、また先頭の蘭子と茜さんに追い付いた。
「おうおう戻ってきたなーゆりはすよー。やっぱ三人くらい居た方が競争は張り合えるってもんよー」
「遅かったな百合葉。退屈していたぞ」
「お互いめっちゃ頑張って滑ってたのに退屈はあんまりだなー蘭たんよー」
と、茜さんに苦言を呈される。なんだかんだ、二人ともしっかりと先頭争いをしていたようだ。
しかしそこで……。
「百合葉よ。私に着いてこれるか」
と、蘭子は安全を考えずに、斜面を真っ直ぐ滑り始めたのだ。こういうのはある程度左右に振れながら速度をコントロールするモノなのにっ。
「早い早い! 蘭子直下降じゃん!」
「人間とは、己の恐れに打ち勝った者が勝者となるのである」
「何それっぽい名言残してるの!」
下手したら命の危機だね! 人生の敗北者だね!
「マジかよー。あたしは勝てそうにねーなー」
と、茜さんは敗者宣言したようだ。しかし、勝負に誘われているのに乗らないのは、武士の恥……いや武士じゃないが?
「うわっと!」
直下降すぎて僕はバランスを崩しそうになる。斜面の衝撃でガタガタと震える脚。しかし、蘭子の為にも、そして、僕が楽しむ為にも、なんとか食いついていく。
「そうだ、その調子だ百合葉! 最後の坂だぞ!」
楽しそうだなぁ。
なかなか見られない笑顔である。寒いのもお構い無しで、僕と喋る為に口元のネックウォーマーも外して。
そんな彼女を見るのが好きだから……。
本気を出すしかない……っ!
最後の大きな逆。もう後は、どれだけバランスを取りつつほぼ急降下するかである。ある程度曲がらないと、コントロールが効かない。視界に蘭子を確認しつつ、脚に必死に力を入れつつ、僕もゴールを目指す。
適度にターンを決める。だが、そのうちに無茶な直下降を繰り返した蘭子が先にホテルの前に着いて……。
「ふははははっ。百合葉、私は君に勝ったぞ!」
「あーっ。ギリギリ負けたー!」
あと5秒くらいの僅差だ。しかし、そんな大盛り上がりの僕らに、スキー板を漕いで近付く教師が。
「君たち。よっぽどノンストップで滑っていたみたいだなぁ……」
僕らのスキー学習は楓先生に怒られて終わるのだった。




