第28話「鬼はうち」
露出の多いセクシー衣装をまとった僕を鬼役として始まった豆まき。ダイニング一体型のリビング、和室をグルグルと回る。危ないから走るのは禁止だけど、こんなに自由に動き回れるのは咲姫ちゃんのご両親の了承を得ているそうだ……。ちょっと寛大過ぎない?
「よっしゃー! 豆まくぞーっ! 鬼はーうちー!」
「ちょっ。外じゃないのっ!?」
「こんなドスケベかわいい鬼を外に出してたまるかーっ! むしろ捕獲するんじゃーっ!」
「ちょっとちょっと! 趣旨が変わってる!」
仄香が僕に豆を蒔きつつ、捕まえようと手を伸ばしてくる。流石に捕まったらナニされるか分かったものじゃないので、僕はそれをかわす。そもそもだって、狙ってるのが鬼の胸衣装なんだもん。取られたら余計に恥ずかしい格好になってしまう……。
「なるほど。最初に捕まえた人が、ドスケベ破廉恥エロエロ百合葉に好き放題出来るというワケか。これは少し本気を出さないとな」
「させんわっ! それに僕を変態女みたいに言わないでっ!」
みんなの為にこの格好をしたのに貶されちゃあ傷つくよっ!
「そんな事言ってもぉ……ねぇ?」
「説得力の無い……フクソウ」
「くそぅっ! こんな服着るんじゃ無かったなぁ!」
咲姫にも譲羽にも言われてしまって、僕のプライドはズタズタだった。プライドかみんなの笑顔か、秤の片方にかけていたプライドのような何かが砕け散ってしまった気分だ。
追いかけてくるみんな。フェイントを掛けたり、掛けられたり、豆で妨害されたり。豆まきの筈が鬼ごっこになってしまっている。僕が鬼なんだけど? なんでみんなに追いかけ回されてるの?
だが、狭い屋内で四人相手となっては長期戦は難しく。強敵である仄香と蘭子を撒いている間に、陰に隠れていた伏兵に足を取られる。
「うわっ! そんなところに!?」
「くっ。つかまえたのは譲羽だったか……」
捕まえた僕の脚をがっしり捕らえ、よじ登る譲羽。気配を消すのが上手すぎなんだよなぁ……。僕の露出されたお腹に抱きついて頬ずりし、そしてニンマリと微笑む。
「捕マエタ……。百合葉ちゃんのお腹スベスベ……」
「スベスベ? ドスケベの間違いじゃないのか?」
「もうアンタは黙っててよ……」
なんでもエロに結び付けるなぁ……。前世はセクハ蘭子ちゃんじゃなくてセクハラ親父だったんじゃないだろうか。
「ゆずりんの勝ちかー。まあ仕方ないやー。ひと休憩にしよー」
 
「そうだね……疲れたし……」
仄香は諦めたようで、リビングテーブルに座り、落花生を食べ始める。自由な娘だなぁ。
そんな中で、咲姫ちゃんはニコニコと落ちた落花生の後片付けをしていた。僕も手伝おうとしたら、座っててと手で制されて。なんだよ……ママじゃんかよ……。
机を囲って座る僕ら。ゆずりんは相変わらず、僕の膝の上に乗る事を所望した。いつも通りな気がするけれど、随分満足げだ。
「百合葉ちゃん……。節分升はアタシが持つから、食べサセテ……」
「はいはい」
と、僕は彼女が持つ升から落花生を取って、殻を割って、彼女の口元に。それをついばむようにパクりと食べる譲羽。なんだか小動物の餌付けをしている気分だ。
「ユズはいつも通りの事で満足するんだね。いや、変な事されても怒るけどさ」
「みんな……わざわざトクベツな事をしようとする。それを押しのけて、いつも通りの日常を守る……それが、アタシの勝ち……。アナタとアタシの、主従の契約……。いつも通りの、まったりと優雅な日々……」
「そうなんだ。いいかもね、そういうの」
譲羽だからこそ、新しいことよりもいつもの日常の方が一番落ち着くのかもしれない。そういう気持ち、ちょっと分かる。
ただ、主従の契約自体がちょっと特別な事では? というのは野暮か。自分の設定がブレブレ中二病なゆずりんもかわいい。
そこへ、落花生を片付け終えた咲姫がティーポットを持って、僕らのカップに注いでくれる。
「ありがとね咲姫。何からなにまで」
「いいのよぉ~。こういうの、やりたかったのよねぇ~」
「ドスケベ百合葉を追いかけ回す事をか?」
「まあそれもそうだけどぉ」
「そうだけどって……。あとドスケベドスケベ言わないで蘭子……」
まあ衣装を選んだのは咲姫だけど。
「わたしってぇ、あんまり鬼ごっことかした事なかったからぁ。少し憧れてたのよぉ」
「へーっ! 普通、よーちえんの時とてーがくねんの時とかめっちゃやらなかったー?」
「まあ、咲姫みたいなお姫様だと、やる機会が少ないのかもしれないな」
仄香と蘭子に言われ咲姫はう~んと唸る。
「それもそうかもしれないけどぉ。何より、友達が……居なかったのよねぇ。大切にされ過ぎてたのか、距離を置かれてばかりでぇ……高嶺の花だったのかもねぇ」
「咲姫、自分で言っちゃうの? まあスーパー美少女だからねぇ。可愛すぎて近寄りがだいのは分かるかも……。いたっいたっ……いたっ」
僕が言うとリビングテーブルの下から蹴りが二連発。そして、僕の膝の上から軽い頭突きが一発飛んできた。なんだかんだ、べた褒めしたから嫉妬したのだろう。みんな、なんだかんだ可愛いなぁ……とニヤケていたら、ゆずりんが僕のお腹の肉を摘まんできたので手を払う。やめてっ! 気にしてるんだからやめてっ!
それにしても、かつてはヤンデレ気味だった咲姫ちゃんが、ここまでみんなと楽しむ事を優先してくれるようになっただなんて……。まあそれでも他の子にうつつを抜かしたら突つかれるけど。
「でもいいな。このイベント。ドスケベ衣装の百合葉たんに豆をぶつける……私はむしろドスケベ百合葉たんのお豆を食べたいくらいだが」
「食べさせんわ……」
「んっ? 私は百合葉の持ってる豆を食べたいと言ったんだが。ドスケベ百合葉たんは何を想像したのかな?」
「僕が持ってる豆は食べさせませんー。あー、落花生おいしいなー」
「ふっ。ツれないな」
蘭子にセクハラされそうになってかわす。セクハラ発言されたからといって毎回ムキになってもしょうがないものだ。僕は新しく注がれたカモミールティーを飲む……優雅だけど豆との相性はどうなんだろう。
「そんなに鬼ごっこが楽しいならー、今度は体育館とか借りてやるーっ?」
「クラスの……みんなで豆まき鬼ごっこ……とか……。オモシロソウ……」
「すごい規模になるな。複数人鬼を決めて、捕まったら鬼交代。豆をぶつけられても痛くないようなかっちりとした鬼の面を付けて、捕まらないように豆をまくとか良さそうだな。鬼の面は視界が狭いから、なお燃えるだろう」
仄香が提案し、譲羽と蘭子がその案に乗っかる。大人クールに見えて、蘭子もこういうイベントは好きみたいだ。
「なんだか本格的だね」
「でもぉ、そのくらい本気になっても面白そうよねぇ~。本当にやってみたくなったかもぉ~」
と、今回の言い出しっぺだった咲姫ちゃんもかなりの乗り気だ。鬼ごっこ×豆まき。発想としてはあり得ない話じゃないけど、みんなで一斉にやれば楽しそうだなぁって思った。
「よぉっし! それじゃあそろそろ行くかーっ!」
「えっ!? まだやるの!?」
「あたしはひと休憩って言ったでしょーっ! あたしが勝つまでやめないぞーっ!?」
「ごもっともだ。私も諦めないぞ、勝つまでは」
「わたしが提案したんだんだから、好き放題する権利が回ってきてもいいわよねぇ~」
仄香と蘭子と咲姫が、手をワキワキとさせながら近寄ってくる。なんてイヤラシい手つきなんだ! これは他三人二捕まったらエロい目に……間違えた、エラい目にあう……っ! 僕は膝上のゆずりんを急いでおろし、逃げる体勢を……。くっ、脚が痺れてる……ッ。
「そんじゃー豆まきの準備はいいかーっ! さあ第二回戦の開始じゃーっ!」
「いやぁーッ!!」
そんな僕の情けない声が、咲姫ちゃんの家中に響き渡るのだった。
 




