第23話「死語」
楽しかった冬休みも終わってしまって、今は冬休み明けの部室。放課後の僕らは相変わらず部室に集まってダラダラお茶を飲んでいた。机の上でぐったりとしている仄香と譲羽。譲羽は眠いのだろう。いつも以上に半目で可愛いんだか怖いんだか分からない。
その片頬を机に付けたまま、仄香がダルそうな目で呻いている。
「あー。実力テスト疲れたー。冬休みの宿題で全然寝てないのに、不親切だよねー」
「まあまあ~。わたしの紅茶でも飲んでリラックスして~? 今日の茶葉はベリーグッドなのよ~?」
「うぇー」
と、まだ紅茶を飲んでいない仄香に勧める咲姫。仄香は適当にダバッと砂糖を入れてグイッと飲む……。ちょっとぉ~、良い茶葉らしいからもっと味わってよぉ~……と、言わんばかりに咲姫は寂しそうな目をする。そんな咲姫ちゃんの細かい表情だけでも、僕はリラックス出来るんだけどねっ。咲姫ちゃんスーパー美少女だからねっ。美少女を見ながら飲む紅茶は最高に優雅だねっ。
ああ、とても良い香りだ……。集中し切ったテストの後だとよりいっそう癒される……。そんな僕の仕草に気付いたのか、咲姫ちゃんは無言のままにっこりと僕に微笑みかける。僕も少し目をつむってうんうん頷く。完全に通じ合ってる夫婦だった。いや、婦~婦か。ベスト百合ップル賞目前だねっ!
「冬休みの宿題お疲れさまだったねー。仄香もユズも、冬休み入る日にある程度宿題終わってたんだから、まさかこんなギリギリまで終わらせてないとは思わなかったよ」
「へーん! あたしらを誰だと思ってるー!」
「誰だと、心得ルっ!」
「そんな威張られても……」
無い胸を張る仄香ちゃん相変わらずかわいい。便乗して演技っぽく言うゆずりんもかわいい。意味もなく無限に撫でたい。無い胸をじゃなくて頭を。
「宿題終わってないのにスタジオ入ってる場合じゃなかったよね……。ただ、テストは宿題の内容をちょっとイジっただけで、あくまで実力の確認テストだから、むしろド親切なくらいなんだよ?」
「でもやっぱり休み明けすぐにテストはヤだなぁー。ド親切じゃなくてドSなんじゃないのー?」
仄香が学校に文句を言う。普通に難しくないテストを出されてドS扱いとは学校側もかわいそうだ。
そんな彼女に対し、フッと笑う蘭子。
「そんな事を言う仄香はきっと、ドAなんだろうな」
「ど……どエーとはなんだぁ!?」
「もちろん、ド阿呆だ」
「な、なんだとぅーっ! あたしをバカにするなんてーっ!」
「バカとは言ってしてないぞ? アホと言ったんだ」
「むきーっ!」
「そんな反応をするから余計にバカにされるんだよ仄香……」
呆れる僕。というか蘭子ちゃん、仄香ちゃんを完全に弄んでるよね……。これもこれで喧嘩ップルなのだろうか。
と、なんでも百合に結び付けちゃうのが僕の悪い癖……。仕方ないじゃん。ハーレムメンバー同士も愛し合ってもらった方がよりみんなでイチャイチャ出来るんだから。レズと百合厨、ダブルで拗らせてるなんて……秘密だよ?
さんざん蘭子にいじられ仄香はまさに苦虫を噛み潰したような悔しい顔をする。
「ぐぬぬ……。バカだのアホだの好きホーダイ言ってくれちゃってー……。もしや蘭たんもドSの者かーっ!」
「ドSなら、仄香に宿題やりなさいという百合葉もドSだな」
「なぜ僕まで巻き添えに……」
「因みにこのドSとは、ドスケベという意味でもあるぞ?」
「なんの脈絡もないよね……。ドスケベは蘭子の方だよ……言いたかっただけでしょ……」
どれだけ下ネタにもっていきたい子なんだこの子は……。
そんな話をしていると、半目だった譲羽がうぅと呻きだす。
「宿題は大変ダッタ……。冬休み中は、げむ、あにめ、みんなで遊ぶ。げむ、あにめ、みんなで遊ぶ……。忙しくて課題……眼中に無カッタ……。まさに、アウトオブ眼中……ッ」
「それだ! 冬休み奥義! アウトオブ眼中だった!」
「そう、そんな感じするノ! 刀で、ザンザザンッ、ザンザンッ! って切りかかりタイ……。そんな奥義……!」
「気持ちは分かるけど……」
ゆずりんの中二病テンションに仄香が乗っかるのだった。やっぱりこの二人は相性が良いみたいだ。
ちなみに僕も元中二病だから、めっちゃグッとくる。ゆずりんと感性が似てるみたいだ。
しかし、蘭子と咲姫が首を傾げる。
「アウトオブ眼中って八九十年代だかの言葉じゃなかったか? バブルくらいの頃に流行ったという」
「あんまり聞かない言葉よねぇ……」
「えっ……。カッコ良い言葉だと思ったノニ……。最初に言った人センスあると思ったノニ……昔に流行って廃れた死語……デッドランゲージ……なの……?」
蘭子と咲姫に言われ落ち込むゆずりん。うんうん、それ思っちゃうよねーめっちゃ分かるよー分かる。響きがカッコいい単語って、技名みたいに叫びたいよね。武家諸法度! とかね。えっ? 時代が違う?
なんて思っていたら、仄香が立ち上がり、ホワイトボードへ叩くように文字を書く。あ~優しくして~っ! ペン先が傷んじゃうぅ~っ!
「今日のテーマ! 死語っ!」
「死後? もしや仄香の口から輪廻転生とか仏教の話が出るのか?」
「蘭たんちがいますーっ! そんな難しそうな話はしませーん。死んだ言葉ー。古い言葉を挙げてネットで調べまーす」
「まあ、分かっていたが」
蘭子はやれやれと言わんばかりに手を広げる。仄香はホワイトボードに死語と書き、『アウトオブ眼中』を一つ目に書く。なるほど、色々調べていく感じだろう。
そんな仄香を見て、完全に眠気が飛んだのか、ゆずりんが生き生きとした目をしている。
「なんだかそういうの……良い……。情報処理部ミタイ……」
「本格的に言葉の由来を調べていくなら文芸部にも通ずるのかな。僕ら写真部なのに、放課後にお茶して、バンドをやって、日本語を調べて。いよいよなんの部活か分からなくなってくるね」
「ダイジョーブよダイジョーブ! ゆずりんがちゃんと写真撮ってるから! 撮ってりゃあダイジョーブだからっ!」
「みんなでの日常も、行った場所も、全て写真に納めてアルッ……」
「そ、そう……。それはいいね」
確かにゆずりん眠そうにスマホいじってる事多いからね……。もしや隠し撮りだらけ? うん、あとでいっぱいデータをもらわないとねっ! あら~っなシーンもいっぱいあるからね間違いなくっ!
っていうか、僕らの日常は、百合百合かレズレズかという、あら~っな日常ばかりである。他はもうダラダラしてるだけ。美少女たちがダラダラ日々を過ごしてるとか、もうそれだけで実質百合。眺めてるだけでもうみんな百合厨になっちゃうのさっ!
そこで、仄香がバンッとホワイトボードを叩く。
「そんじゃー! 死語の始めにーっ! バブルっぽい言葉から挙げてこーっ! まずはガン黒ギャル!」
「黒く日焼けしたギャルをそう言ってたのかな。今でも日焼けサロンに行く人居るだろうにね。なぜか古い言葉って感じがするよね」
「る、ルーズ……ソックス……?」
「やまんばメイクもだっ!」
「ギャル関係のモノはだいたい死語になりやすいのかもね」
譲羽が挙げて、また仄香も次々と挙げるので、僕がちょいと話を挟む。テンポが良すぎて検索する時間も無い……。と思ったら蘭子は一生懸命スマホを操作してた。気になることはどうしても調べておきたい性分なのだろう。
「チョベリバチョベリグー!」
「超ベリーバッド、超ベリーグッドらしいね。喋り場みたいなのかと思ったよ。くっちゃべるみたいな」
「KY……ケーワイ……。空気なんて読めないモノ……」
「その文化が今でも引きずってるのかな。空気読めないっていう悪口はあるよね。ちょっと察しが悪いからってケーワイ連呼されたら嫌だろうにね。そんなの、ちょっと読めないくらいが定番な会話にならなくて面白いのに」
「KYすると怖い……。予定調和……っ! 崩レルッ!」
「それよっ! あたしらは空気をぶち壊すんじゃー!」
「仄香は壊しすぎね?」
まあムードメーカーらしいところの方が多いけどね。
そこでちょいと小休止。ホワイトボードに書くのが疲れたのか、仄香は手を痛い痛いと振りながらスマホで検索し始めた。筆圧が強過ぎたんだろうね……。かわいそうな仄香……じゃなくてペンとボード……。
完全にみんなスマホと睨めっこ。でも、悪い空気なワケじゃなくて、みんなでダラダラ過ごしている一環というのがまた面白い。
ちなみにずっと黙ってる咲姫ちゃんは、死語を検索しているみたいだ。う~んとうなだれている。言葉の感覚がたまに古いから、咲姫ちゃんも死語に思い当たる節がいっぱいあるのだろう。
「おやじギャルって言葉があったんだってさー。おっさん女子的なやつかなー」
「お、おやじギャグぅ~っ!?」
「咲姫? おやじギャグじゃないよ?」
聞き間違えるくらいおやじギャグに思い当たる節だらけだったんだろうなぁ……。美少女がおやじギャグ言うの可愛いからやめないで欲しいところだけど……。
ところで、仄香があぐらかきながらさきイカを食べてるサマはまさにおやじギャル……ならぬ、おっさん女子だった。まあ、さきイカ美味しいけどね? 学校の売店コンビニで買ったんだろうね? なかなか紅茶が似合わない美少女だ。
「困ったちゃんー! 小学生の時に遊びすぎて大人たちによく言われたけど死語なんじゃーん! ばっかみたーい!」
「それは仄香がアホな事をするから言われたんじゃないのか?」
「使い勝手が良さそうな言葉だね。アホな子に対しては」
「なんだとぅーっ!? あたしはあほのかじゃなーい!」
「自分で言ってるじゃん……」
やれやれと蘭子と一緒に笑って呆れる。しかし、仄香の気の変わりようったら早いもので、もう気にしないでスマホで検索してる。そのアホの子らしい切り替えの早さ、大好きだよ。
「惚れる事に対して、ホの字って言葉あるんだってー。やんだー! ゆーちゃんがあたしにホの字とかー!?」
「そりゃあ僕は仄香に惚れてるし大好きだけどさ……仄香にホの字かぁ……」
「仄香ちゃんに……ホの字……。仄香ちゃんの服にホって書いてあるミタイ……」
「ほの字シャツ……着てそうだね……」
アホの子らしく似合いそうだ。ひらがなで『ほ』って書いてあるだけのシャツとか。
ちなみに、サラッと仄香に愛を囁いたけど、コタツの下で咲姫ちゃんに膝を蹴られて痛い痛い気持ちいいのでした、マゾじゃなくてね?
「おそようっ! ならば今は、昼ようかっ!」
「おそようは遅い挨拶って分かるからなぁ。使い勝手良いし死語とかじゃない気がするよ」
「死語といいよりネットスラング……? そういうのは廃れて欲しくナイ……」
アニメゲーム好きでネットに詳しいゆずりんも、死語認定したくないみたいだ。案外僕らも死語を知ってるものだ。
「エムケーファイブ! マジでキレる5秒前だってさ!」
「KYと似ているが、意外とこれは90年代らしいな」
仄香が挙げて蘭子が解説。もともと知っていたのか、スマホで調べていた蘭子も反応が早かった。というか、意外な豆知識な感じだ。
「とりまーとりまー。次はとりまーとりまー。駅名みたいー」
「とりあえずまぁって意味でしょ? 最初聞いたとき、鳥串のねぎまの話かと思ったよ」
「ペットトリマーにも聞こえるな。犬の美容師を想像してしまう」
と、仄香に続き僕も蘭子もそれぞれの感想。なるほど、人によって初めて聞く言葉のイメージは違うもんだなぁ。
「お呼びでない……? これってそもそも死語とかなのーっ!? 普通の会話文っぽくない!?」
「あ、アニメで使ってた言葉なノニ……」
「それは原作者さんがその年代の人なのかもしれないね」
「バイビー!」
「それも……ゲームで使ってた言葉……」
「作った人の世代がバレそうだね」
「こんなん出ましたけど~」
「そ、それは芸人が使っテタ……思った以上に死語だらけ……」
「まあ大人が使う言葉って、常識的な言葉だと思っちゃうからね。死語って認定されてたら途端に寂しくなるね」
と、仄香が挙げる言葉に譲羽がガックリくる連続だった。死語って意外と分からないものだ。
そうしてるうちに、また譲羽はショックを受けたみたいで、口をポカンと開けて僕の制服の袖を引っ張る。かわいい。
「テヘペロが死語……ダッテ……っ! 有名な……声優さんがやりだして、せっかく一般層にもある程度広まったなのに……。死語にしたくないカモ……」
「あ~。それわたし好き~。テヘペロ~っ!」
「咲姫がやると可愛いね。もうずっとやってて欲しいくらいだよ」
「んもーっ! それならあたしもやるぞーっ!? てへぺーろぉー!」
「仄香、舌出し過ぎてアホな犬みたいになってる……」
「だからアホって言うなーっ!」
定番のツッコミ。笑う僕ら。外は寒いけど、コタツでぬくぬくとみんなで過ごす。
そんな風に、なんの変哲もない会話を、日が落ちるまでダラダラと続ける五人なのだった。




