第14話「おみくじ」
「あー。年明けうどん美味しかったー」
「おでん……モ……。やっぱり冬の代表格……」
「ねぇー。ココアも濃厚で美味しかったぁ~」
「しかも豚汁まであってさ……。どれだけ品揃えあるんだってのね。もうお腹が苦しいよ」
仄香に続き、譲羽と咲姫と僕がお腹をさすりながら言う。なんだかんだ僕らは、並ぶ屋台のメニューを一通り食べ尽くしてしまうだった。しかし、蘭子だけ済ました顔で腕を組んでる。苦しくないのかな。
「えいっ」
「何をする百合葉。お腹が苦しいのだからやめろ」
「いやぁ、一人だけクール装ってるけど、やっぱり苦しいんだねーって」
「ふん。ほっとけ」
僕が彼女のお腹をポンと叩けばそっぽを向く、かわいいかわいい蘭子ちゃんなのだった。
あったかい物でお腹タプタプになった僕らは最後におみくじを引く事に。実はその存在を全員忘れていたり。なんだかんだみんな花より団子なんだなぁ。
「僕はねー中吉だー。恋愛。一歩進めば、両手に花となる。願望。明日は明日の風が吹く。健康。顔色悪し。一度休むべし。だって。もう両手どころか全身に花だけどね。みんなかわいいし」
「やだーもー。ゆーちゃんったらー」
「いたっ。背中を叩かないで……吐いちゃうから」
仄香のツッコミすら今の僕の身にはこたえる始末だった。だって仄香のペースに付き合ってたらかなりの量を食べちゃったんだもん……。うん、仄香のせいだ。きっと。
「顔色悪しか。百合葉はよく風邪を引くから、体調には気をつけろよ? もしまた風邪を引いたら、私が看病してやるからな?」
「そうだね。寒さも厳しくなってきたし引かないよう気をつけるよ」
「んっ? そこは、私に全身を使って温め看病して欲しいじゃないのか……」
「風邪引いたら辛いのは変わりないからね……?」
なんて、相変わらずのレズである。
「私も百合葉と運命を分かち合っているからなのか、同じ中吉だ。恋愛。笑う門には福来たる。願望。さわがず、静かに接近せよ。健康。人の勧めは百害あって一利なし。なるほどな。仄香の甘酒の勧めはやはり害だったか」
「もう当たってる気がするね……。最近蘭子はよく笑うようになったと思うし。かわいくなったよ?」
「そ、そうか……? ふふっ、もう福は来ていたみたいだな。静かに接近するとしよう」
と、蘭子は満足そうに僕に肩を寄せるのだった。願望ってそれ結局恋愛運じゃんってツッコミたいけど。
次にずっとニッコニコだった咲姫がおみくじを見せてくれる。蘭子の反対側から余計に肩を寄せられる。ああその笑顔を見るだけでもう結果が見えてるなぁ。
「わたしは大吉~。恋愛。座して待て。間もなく叶う。願望。目上の力により、諸事叶う。健康。よろし。安心すべし。だってぇ~っ! これはもう、百合ちゃんとラブラブな一年になっちゃうのかしらぁ~」
「咲姫が百合葉とラブラブな一年? はっ。そんなもの、この私が全力で阻止するから叶わないな。ここで運を使い果たすとは、哀れなやつだ」
「なぁに~神様にすら愛されないからって嫉妬ぉ~? どっちが哀れなのかしらぁ~」
と、僕を挟んで二人が対峙する。ああ、僕が潰れちゃう幸せ……っ。だけどおみくじぐらいでそんな喧嘩しなくても……。
なんて言うのは野暮ってものだろう。いつもは利発的な二人も、こういう当てにもならない運任せにも頼っちゃう時があるのだ。それが僕への恋心のゆえだとしたら、僕もちょっと嬉しく思う。
「咲姫? とりあえず恋愛は、座して待てだからね? 言い争う必要もなく、恋愛の運勢がやってくるんだから。のんびりラブラブしようよ」
「やぁ~ん、もうっ百合ちゃんったらぁ~。でもぉ、それじゃあつまんないかも~。わたしってぇ案外セッキョクテキ……なのよぉ?」
「うん。それは知ってる」
だからそう僕の太股を撫でないで? 中指くねくねさせないで? 積極的の意味合いが一気にヤらしく聞こえちゃうから。僕を抱く積極性は要らないよ?
「ユズはどうだった?」
咲姫ちゃんの続けられるセクハラを遠ざけるように、譲羽に視線を投げる。すると、ニヘラァと笑う彼女。
「アタシの今年の運勢……吉。恋愛。時間をかけよ。必ずいいほうへ向かう。願望。他人の助けにて叶う。健康。軽し。そのうち治る。ツマリ、百合葉ちゃんの助けでなんでも叶うし、健康も百合葉ちゃんと一緒に居ればそのうち治る……。恋愛……時間を掛けて百合葉ちゃんを抱ケル……」
「ぼ、僕に依存し過ぎじゃないかなぁ……んっ? ちょっと? 最後に聞き捨てならない言葉が」
「我々を導く大宇宙の円環の理からみれば、些細なコト。ただ、そのトキは今じゃないダケ……」
「そりゃあなんでも些細にはなるけどねっ!? 僕には一大事だよっ!」
なんなの!? 完全に僕が総受けなの!? 性的な事が嫌いなだけで、一応タチ希望なんだよ!?
「ほ、仄香はどうだったの? 全然騒がないね珍しい」
こういうのはいの一番に発言すると思ったのだけど。発言に困る半端な内容なのかな?
「うぇー。あたしはねー。小吉ー。凶だったらまだ騒げるけど、小吉じゃあなんとも言えなーい」
「せっかくの小吉に文句言うんじゃないよ……神様に失礼だよ……」
想像した通りだった。
「恋愛ーはー。己の欲するところを人に施せ。ガンボー。早めに決心せよ。引き延ばすな。ケンコー。何事も慎め。時を待つべしー」
「そういえば仄ちゃんって宿題終わったのかしらぁ?」
「うっ! ま、まだです……」
「健康面もだぞ。仄香はあれだけ甘酒を飲んでいたから、まずいんじゃないか? 慎んでいないだろう」
「そ、そんなにじゃないしっ! 五杯くらいだしっ!」
「充分まずい量なんだよなぁ……お腹壊さないように気をつけてね?」
「へぇーんっ! あたしのお腹を舐めるなよー!? あっ! ベッドの上ではむしろお腹舐めたい派だよー!?」
「ちょっ、わき腹をつつくなっ! だからって胸もつつくなっ!」
と、咲姫と蘭子と僕のツッコミの結果、セクハラに流れ着く仄香ちゃんだった。なんで一々セクハラされんといけんのだ……。
「でもさー、悪いやつ無かったねー。実は全部当たりでしたーってオチかなー」
「周りの人たちの中には大凶で叫んでる人もいたみたいだから、悪いのはあんまり入ってないだけかもね」
「ダイキョー! ちょーやばいやつじゃん! そういやー、吉の順番ってどういう順番だっけ? 大吉が一番なのは知ってるけど」
「ええと……どうだっけ。蘭子」
仄香の質問に僕は答えられず、我らが雑学王、蘭子ちゃんに訊く。当然知っていたみたいで、得意げに鼻を鳴らすかわいいかわいいイケメン女子である。
「よい方から言うと……。大吉、吉、中吉、小吉、末吉、凶、大凶、だったか。だから、咲姫と譲羽が今年のラッキーガールという訳だ」
「いぇ~いっ」
「ヤッタ……」
「まあ私は自分の運くらい自分で切り開くがな」
「中吉だって充分だよ僕ら」
咲姫と譲羽が喜んでる横でそんな事を呟いてしまう程度には、蘭子ちゃんは悔しかったと見える。こんな運試しでも負けず嫌いだなんて、やっぱりかわいいなぁ。
「運が悪かったらー結ぶんだっけー? そもそもどこに結ぶのー? しめ縄ー?」
「結ぶ前に千切れて仄香にいっそう悪運が降り注ぎそうだね」
「へぇーんっ。流石にしないもんねー」
「はいはい」
なんて、さっきの千円札紙飛行機のせいか、分かりやすいボケだった。いや、それでも罰当たりな発言だけどね。
「結ぶ場所はアレだな。おみくじ掛けと言うらしいが、掛けるかどうかはどちらでもいいはずだ。おみくじを結んでいくか?」
「そうしよっか。みんなで願掛けしながら並べちゃおうよ」
と、蘭子の指さす方へ歩きだす僕ら。しかし、咲姫は歩きつつも思惑顔に。
「どうしたの? 咲姫」
「うぅ~ん、やっぱり思い出だからぁ、持って帰ろうかなって思ったりぃ……」
「そうだねぇ……。咲姫はそういう、見て思い出せるような形にこだわってるもんね」
と、僕も悩むフリ。咲姫ちゃんもまだ迷っているようだ。でも、僕の気持ちはもう決まっていた。
「おみくじは形に残るかもしれない。それならみんなで結んだ思い出だって、消えずに残るものだと思うから。僕はせっかくだし今年の縁を一緒に結んでいきたいかな」
「んもうっ。百合ちゃんったらぁ~。わたしも結んじゃう~」
そうして、僕ら五人のおみくじが並ぶ。今年も良い一年になるといいねと祈りつつ。
この場で結んでしまった以上は、いつかこのおみくじ達は捨てられてしまうかもしれない。でも、五人で一緒に結んだ思い出は、一生残り続けるのだから。
そんな一方で帰り道に、仄香のお腹が痛くなったのは、おみくじ結果通りであった。




