第39話「白銀の姫と薔薇の君」
学校の敷地から出て、僕らは夕日に染まる坂を下っていく。駅へ向かう道のりだ。
「じゃあばいばーいっ」
「バイ……バイ……」
「ユズも仄香もまたねー」
「じぁあねぇ~」
仄香の言葉に次々と挨拶返し。その中で蘭子はニヤリと、後ろ歩きで離れてゆく仄香に笑みを向ける。
「仄香、迷子になるんじゃないぞ?」
「す、ぐ、そ、こ、だしっ! 寮はもう目の前にあるからぁっ!」
「いや、仄香なら寄り道して迷うかもね……」
「だろう?」
「無いしっ! まっすぐ帰るいい子だしっ!」
蘭子の煽りにプンスカ身体で表現し寮へと向かう仄香。そんな彼女にトテトテと譲羽も後に続く……実は彼女の方が危なげだったり……。
「ユズも、仄香がドジしないように、見張っててあげてね」
「ウン」
「えーっ!? あたしがゆずりんに見守られんのー!? ゆずりんの方がドジっぽくない!?」
「見る……。仄香ちゃんも、充分ドジっぽい……」
「そんじゃーついでに腕組もー! これで二人ともドジらないねー」
「名案……っ」
なんて、二人仲良く、寮へ向かうのだった。ああ、かわよきかな……。これから二人で寮生活か……ああ、よきかな……。
そうして、彼女らの背を見届けると僕らも駅への坂を下っていく。
「やっと部活が始まったのねぇ~」
僕から話そうかと思っていたけれど、間を作ることなく、咲姫が今日の出来事を切り出す。
「そうだね。長かったような、短かったような」
「そもそも、月曜日に始業してまだ木曜日だぞ? 充分に早いだろう」
「じゃあ三日しか経ってないのかぁ。蘭子ともだいぶ打ち解けたよねー」
「まあ……な。何より仄香があんなのだし」
蘭子に"あんなの"扱いされる仄香ちゃん。しかし、彼女の持ち前の明るさとイジりやすさのお陰で打ち解けたとも言えるから、一概に馬鹿には出来ないところである。
などと彼女らのやりとりを思い出していれば、蘭子にべたぁーっと寄りかかる咲姫。
「わたしとも仲良くなったわよねぇ~。蘭ちゃんっ?」
「あ、ああ……」
突然くっつかれて困惑している。離すに離せないという表情。本当にそれは打ち解けているのだろうか?
「ずるいなぁー。僕も蘭子と仲良くなりたいなぁー」
と、立ち位置を変え、僕もまた蘭子に寄りかかってみる。近付くとやっぱりローズアロマの香りがするんだけど? 薔薇の君。でもそんな優雅で大人っぽい佇まいなんて、今は遠くどこかへ置き去りにしたかのような落ち着きのなさだ。左右どちらにも向けられず目線が挙動不審である。
「なんなんだ君たちは……」
当然戸惑う蘭子。ムスッと呆れつつだけど、少し照れているようにも見える。これがギャップ萌えってやつなのだろうか。胸がキュンキュンしちゃうぞ?
そんな調子で、よく居る仲良しグループみたいにベタベタくっつきながら駅までの坂を下る三人。こういうことなんて今までしたことがなかったから憧れでもあったり。
ただ、ひそかに咲姫を牽制はしていた。部室ではそうでもなかったけど、困惑する蘭子に無理やりいちゃつきに行ってるように見える。女子校ってこんなものなのだろうか? 気がかりばかりが増えていくなぁ。
「昨日は二人で帰ったんでしょー? どんな話したの?」
誰も口を開かなくなったのを見計らって訊いてみる。僕の見てないところで、仲を深めてたりしたのかと気になっていたんだ。
「うぅ~ん。そうしようと思ったんだけどぉ、らんちゃんが急ぎの用を思い出したって、タクシーで帰っちゃったのよねぇ~」
「そうなの?」
言われて蘭子に視線を移す。
「あ、ああ。まあ、家の用事が……な」
歯切れ悪く言う彼女……ぜったい咲姫ちゃんから逃げたでしょ? 逃げたよね。だって視線がさっき以上に泳いでるんだもん。しかもわざわざタクシーって……。
とりあえず、僕と仲良くなる前に蘭子の心を掴まれては、百合ハーレム計画に支障がきたすかもしれないから。昨日は何も無かったようで一安心でもあったり。
蘭子にベタつこうとする咲姫に対抗して僕も蘭子といちゃついてみたり。そうやって中身のないけど百合百合な事ばかり続けていると、ついには駅に着いてしまった。僕は蘭子にようやく、自宅の場所について問うてみる。
「ここから下り方面の、二個先の駅さ」
「へぇ。すぐ近くだね。っても、僕らはすぐ隣なんだよ。駅一個分」
「わりとすぐよねぇ」
「ほお。それなら歩いても帰れそうだな」
「まあね。でも暗くなったら怖いしねぇ。この辺は」
「わたしこわぁ~い。送ってよぉ~」
などと、いつものあざとい猫なで声で蘭子に甘える咲姫。やばい。可愛い咲姫ちゃんでも、僕以外に向けられているとしたらこんなにイラついてしまうのか。いやでも、可愛い……イラつ……う~ん。かわいい……。
「女といえども、もう子どもじゃないんだから、ひとりで帰るんだ」
「けちぃ~」
唇をとがらせる彼女。蘭子は厳しく突き放すもどうしたらいいのか困惑顔だ。
一番端のホームで電車を待つ。歩みを止めたと共に会話が無くなり、気まずいような雰囲気。
その中を、蘭子を見つめていた咲姫が口を開く。
「蘭ちゃんってかっこいいのに、よく見るとかわいいのねぇ」
そっと差し伸べた腕。蘭子の頬に手を添えながら、咲姫は見つめるようにぐっと顔を近付けて。
反対から覗く僕をよそに、白銀の姫が薔薇の君に迫る。
二人ともモデル顔負けな美貌を持っているだけあって、藍色と茜色の入り混じった空を背景に、恋物語のワンシーンみたいな世界が広がっていた。つい邪魔することなく魅入ってしまう。
視線を交わす二人。決してその距離が近付くことはないのに、どうしてもキスシーンを思い浮かべてしまい、僕の心はぐるぐると渦巻いていた。
「やめろ」
見とれていて、実際にはどのくらい時間が経っていたのかわからない。体の距離を置く蘭子。でも、即座に拒否したというには長いように思える一瞬だった。
「やぁ~ん。もう、いけずぅ~」
「……いけずって死語らしいぞ?」
「うゆぅ……っ」
冷静になったツッコミに、妙に可愛い呻き声をあげる姫様。アニメではちょくちょく耳にする言葉だけれど死語だったのかぁ。僕もうっかり出さないように気を付けないと。
ただ、そんなこと気にしてる場合じゃあない。僕は見逃さなかったのだ。咲姫に顔を近付けられほんのりと頬を染めた蘭子の表情を。
「ふぅーん……」
ちょっと……面白くないなぁ。確かに二人とも美人でお似合いで、僕の大好きな百合空間だからずっと眺めていたいのに。
両想いかと思ったとこで他の人を好きになられた気分。いや、まさにその通りなのかもしれない。
昨日の午前中とは打って変わって。咲姫の心から僕の存在が消えてしまったのだろうか。それともやはり、もったいぶらせたのがいけなかった?
でも、過去のことを悔やんでも仕方がない。咲姫の一番が僕であって、蘭子の一番が僕であって。百合ハーレム作りにそこは譲れないから。もし心が移ってしまったのなら、更に取り戻せば良いだけだ。
電車の中から見送る蘭子に手を振る僕ら。ホームに降り立ち、改札をくぐる。嬉しそうに話をする咲姫ちゃん。その横顔は可憐なのに、見るのは少し心苦しい。
僕が送り届ける帰り道の咲姫は、蘭子の話ばかりするのであった。




