第69話「麻薬」
今は食事時。みんなで食堂で、それぞれのご飯を食べる。お弁当に購買に丼もの。毎日がみんなそれぞれだ。
流石はお金持ちな私立校なだけあって、大きなディスプレイのある食堂なのだった。これでみんなはテレビのニュースを見ながら食事が出来るというハイテクっぷり……。いやそれはハイテクでもなんでもないか。僕らも横向きになりながら、テレビのワイドショーを見ていた。
優等生校としても有名だし、入学する前は、食事しながらテレビを見てはいけませーん! な学校かと思っていた。そういうマナーよりも、効率的な情報吸収に慣れさせるためだろうか。まあ、静かな喫茶スペースは別にあるし。
「あの芸能人、麻薬で逮捕だってさ。でも最近の使用したかを証明できなくて、警察側は困ってるらしいよ」
「んっ!? それ知ってるかもっ! 使用履歴調べるんだっ!」
「使用歴ねっ!? 出身校みたいに麻薬履歴書を書くわけないんだから」
それはとんだ正直者だ。麻薬や犯罪に向いてないんじゃないかな。でも、仄香だったらあり得そう……。ここに麻薬の使用履歴を書いてくださいって言ったら、隠さないで書いちゃいそう。アホの子だからなぁ。
「使用歴が証明できなくても、すでに撮った大河ドラマは放送も待たずに打ち切り決定だろう? ちょっと残念だな」
「そうよねぇ~。テレビ側も他の出演者たちも困るんだから、出てるくらいどうってことないのにねぇ~」
「悪い事したのは本人なんだから、罰を受けるのは本人だけにすべきだけどね。でも、テレビにちょっとでも出ると、クレームの嵐だろうから、そういう判断になっちゃうのかもね」
僕と蘭子と咲姫、完全に世間話であった。僕はお弁当のほうれん草のお浸しを、ちょっとしょっぱくし過ぎたなと後悔しながら食べる。
そこで、机をバンッと叩く仄香ちゃん。こらっ、マナーが悪いぞ~っ。
「あーっ! この人見たことあるー! なんかのドラマー! 見れなくなるのーっ!?」
「今更かい……」
「ドラマー……? 仄香ちゃん、あの人、ドラム、叩くノ? 予想外でカッコイイ……」
「違うよゆずりん! あの人はドラマーはドラマーでも、ドラマに出る人だよー。それが見れなくなっちゃうんだよー。困っちゃうにゃー!」
譲羽がボケ、さらに仄香もボケる始末だった。全く、アホの子妹属性はしょうがないにゃぁ~。
「ドラマーじゃなくて、タレントとか女優とかね……? でも大丈夫だよ。ドラマも穴埋めに代替番組が放映されるみたいだし」
「んん~っ? だいたいじゃあ困るなぁ! だいたいじゃあ!」
「いやごめん、代替って代わりって意味ね? それに穴埋めなんだからだいたいの出来でもいいでしょ」
「いやぁー! 駄目だなーそれはー! ちゃんと作りなさいってなー!」
「こんな所にクレーマーが居たっ!」
説明したけれど、仄香の主張は治まらなかった。今さら逮捕された事実に気付いたばかりな位なのに。
「仄香に歴史モノのドラマなんて分からんから大丈夫だろう」
「そういう真面目に見てない人に限って、クレーマーになったりするのよねぇ……」
蘭子と咲姫が指摘する。しかし、仄香相手じゃないと結構キツい言い方だけど、仄香は全く気にもしないで、腰に手を当てて無い胸を反らす。
「へぇーん! あたしはあたしの気に入らないものにとことん口付けていくもんねー!」
「とことん口付けって何さ……キス魔なの?」
「口出しの間違いだな……」
「それよりも、料理をつまみ食いするだけして残すような感じかしらぁ~」
「それは食べ過ギ……欲張りサン……? ちゃんと一つずつ食べきらないと……メッ」
僕らは呆れてそれぞれのツッコミをする。まあ? 女の子相手ならどんどん口付けしても良いんじゃないかなって。そしてその何百人も口付けた唇を、最後に僕が奪うのだ。なんだかそれって、百合界の頂点に達した感じで、面白そう……。いや、何が面白そうだ。仄香ちゃんは僕とちゅっちゅしてればそれでいいのだ。女の子たちに口付けしていくのは僕なのだっ!
「ふぇー。イベントで麻薬を手に入れたんだってねー。怖いねー」
「イベント? 確かに、アタシがよく行くイベントも、百合という麻薬が配られテル……ウヘヘヘヘッ……」
「それは確かに中毒性あるけどねっ! 依存性もねっ!?」
ああ、ゆずりん百合厨極まってるなぁ……。キマってるとも言う……。分かるよー分かるよその気持ち。百合さえあれば世界を救えますからね……。我々は百合に支配されているのです……。
「そういやさー。朝二人で買ったヤツ、あれに似てるよねー」
「ウン。裏取引だって、言ッテタ……」
「えっ? それホントの話? 冗談だよね?」
ここお嬢様学校だよね? でも、お金があるからこそそういうのに興味を持って買っちゃったり? いやいやいや、怖いよ?
「ゆーちゃんにもあげるよー。これがなかなか頭に効くんだー」
「アタシのも……。一度に何粒も飲むのが、効果テキメン……」
「え、えぇー?」
仄香も譲羽も、ポケットから何かを取り出そうとする。う、裏取引ったらアレじゃないよね? 肌が被れにくいオーガニックナプキンとか、いざ汚しても安心超吸収型サニタリーショーツとか……? トイレに行く前に、スッと渡す? いやいやいや、安心感はキマるけど、頭に効くとか一粒とかじゃないや……それじゃあまさか薬的な……っ!?
仄香のポケットから白い粒がだけが怪しく出され、ついに僕の手元に置かれたソレは……?
「ってこれはヤンパンマンラムネだよ! 確かにそっくりかもしれないけどさぁ!」
ちょうどテレビはMDMAの紹介だった。白い粒に可愛いキャラクターが刻まれているが、それは実は麻薬なのだ。
でも、目の前のは明らかに、子どもならみんな大好きヤンパンマンラムネだった。痛み止めではない。だって筒が少し見えたんだもん。僕はヤケになってボリボリと食べる。う~ん、この甘さが癖になるぅっ! ってやかましいわー!
「ハイ……。アタシのも、一度にたくさんキメると、疲れ吹っ飛ぶワ……」
「こっちは普通にラムネだよ! そりゃあ疲れ吹っ飛ぶよ!」
そして一気にボリボリ食べちゃう! う~ん! 口の中で溶ける爽快感! 疲れた頭に効くわ~っ! ってそれはブドウ糖の効果だよっ!
「購買のコンビニで、他のクラスの子たちが騒いでたのー。だから買ったー」
「多分、みんなニュースを知ってるから、裏取引とか言ってお菓子を食べてたんだね……」
流石ノリで生きるアホの子らしい。みんなが騒いでるから買ったのだ、それにしても、他の生徒たちもお嬢様学校なのに発想が子どもだ……いや、純粋無垢なお嬢様だからかな? とにかく可愛い。
「ぐっへっへー。それでねー? これとコーラを一緒に飲むとねぇ……めっちゃキマるんだよぉ」
「いや危ないよ仄香! 下手したら胃が破裂しちゃうよっ!」
「口の中で、炭酸とラムネが合わサル……口の中が泡風呂のようだわ……ウヘヘッ」
「ユズは炭酸のシュワシュワが苦手だったんだよねぇ!? なんちゅー実験してるのっ!」
二人とも、ラムネを口に含んで、コーラやら微炭酸サイダーやらを飲むフリをする。しかし、二人はフリだけで、そのボトルを机に置く。
「だいじょーぶだよー。流石にやばいのは知ってるー。ジョーダンジョーダン!」
「ウヘヘッ……。百合葉ちゃんをからかうの……成功……。その為に炭酸買ったノ……」
「あ、ああ……。そうだったのね。完全に騙されたよ」
あぁ~っ! 僕を騙したいからってラムネも炭酸も買って来ちゃうこのロリっ子たち~! ああ尊しっ! お姉ちゃんは何度でも騙されちゃうぞ~っ!?
「ま、まあ。食べ過ぎ飲み過ぎに気を付けなね? 糖尿病になっちゃうよ」
「糖尿病か……」
今度は月見うどんを啜ってた蘭子が反応した。なんだろう、嫌な予感しかしない……。
「いやな? 百合葉の鞄にMDMAをこっそり入れるだろう? それを私が見つけるだろう?」
「とんだでっち上げだよ……」
「それを、私が捜査するんだ。百合葉の……出したての……尿をな……っ。ペロッ。ま、まさか……これは? MD……MA?」
「舐めるな声を震わすなこのド変態!」
「それじゃあ今啜っているのは……もしや百合葉の尿っ?」
「うどんの汁だよっ! クスリやってないんだから現実に帰ってこい!」
「うるさいな百合葉。食事が不味くなるじゃないか」
「不味くなるのはアンタの下ネタのせいだよっ!」
「アッハッハッ! 蘭たんクスリキメてるんじゃないのアホかよー!」
「百合ちゃん? 蘭ちゃんはクスリで頭がオカシくなってるだけから、ほっといて気持ちを落ち着けようねぇ~。はい、玉子あ~ん」
「何げにひどいこと言うね、咲姫……。あ~ん」
確かに、食堂なのに騒ぎすぎなのは本当だ。仄香も笑いが堪えられなくて、今机に伏してるし。ゆずりんも伏して震えてた。でも、僕は周りの視線を誤魔化すために、咲姫が食べさせてくれた甘い玉子焼きを飲み込んで、コホンと咳払い。
「とりあえず落ち着こうみんな……。蘭子もね? もうやめようね?」
「じゃあ最後に訊きたいんだが……。麻薬を使いながらのエッチは、すごく気持ちいいらしいな……。私とそういうの、興味ないか?」
「別に……」
最後まで下ネタだった。僕はご飯を食べるのを再開して無視する。それを、みんなが笑いをこらえながら、なんとかご飯を食べようとする。しかし、仄香が噎せる。僕もつられて噎せて笑う。
お嬢様学校ってこんなに下品でいいのかなぁ。まあ平和だからいっか。




