第55話「寝ながら展示在廊」
劇の片付けもライブの片付けも全てが終わり、僕らはようやく自由時間となった。
宿題しかり、用事しかり、先にやるべき事を終えるというのはすっきりするものだ。僕も油断すると後回しにしてしまいがちな性格だけど、こういう風にタイムスケジュールを組めると、さっさと終わらせてあとは遊んじゃお~っていう楽な気持ちになる。
しかし、確かに今は楽になりたかった。けれど、事情は少し重たい話になる。保健室に行ったら、37.6℃の熱があったのだ。
高熱と呼ぶにはまだ低めなのが幸いで、僕は強制下校を免れた。しかし、絶対に安静にしてなさいという事で、今、目の前に出来上がったのが……。
「よぉっし! 特製ベッドかんせーい!」
ここは写真部部室……ではなく、写真を展示している一つの空き教室である。その中をパーティションで区切り、表では写真が展示され、その裏は荷物置き場みたいなスペースだったのだけど……。
「ああ、ありがとう……。案外なんとかなるもんだね」
僕は座って静かにしていれば大丈夫だと言った。でも、それじゃあ疲れは取りきれないからと、間を取った作戦がこれだ。
「机にベッドを作るとはな……。いや、いいと思うぞ」
蘭子がボフボフとベッドを叩く。仄香と譲羽の体操マット運びに咲姫が手伝わされ、そしてそれがマットレスの代わりとなった。
その後また、仄香と譲羽は慌ただしく駆けていき、枕と毛布とシーツを持ってきたのだった。多分、保健室のやつだと思う。行ったりきたりで悪いなぁ。
「ゆーちゃんはここで寝てー! 写真部のお店番の子と話してりゃーいいよっ! その間にあたしたちは食べ物買ってくーる!」
「クールクール宅急便……百合葉ちゃんに食べ物、買ってきてアゲル……」
「あはは、ありがとね。ゆっくり休ませてもらうから、二人は僕の分まで楽しんで来てよ」
「いぇーいっ! あははっ! いくぞぅっ! ユズリーヌ!」
「行コウ……ホノカレード……」
と、仲良し子よしなロリ二人は、写真部展示の空き教室から駆けて出て行ったのだった。ユズリーヌは良いとして、ホノカレイドって元はなんだ? マスカレード? 名前じゃなくない?
とにかく嵐のような存在がさって、まだお客さんを迎え入れていない写真部は、途端に静かになった。
まあとりあえず……。
「これで、店番しながら寝転がって休めるわけね……。僕は少し休めればちょうど良いから、悪くない案かも」
「お店では無く展示だから、在廊の方が意味が通る気がするがな。まあいい。咲姫も一人でその辺を散歩して来きて大丈夫だぞ? 百合葉を楽しませて暇にさせないのは私の役目だからな」
「それを言ったら、蘭ちゃんの方が散歩した方が良いんじゃないのぉ~? お堅い話とかセクハラで、本当に百合ちゃんを楽しませられるのかしらぁ。あっ! 退屈過ぎて寝ちゃうのねぇ~?」
「退屈なわけあるか。雑学だろうがエッチな話だろうが、百合葉が大好きなネタなんだから問題ない」
「初耳だよそれ……」
蘭子ちゃん雑学は、説明する蘭子ちゃん含めとてもかわいいからともかく。エッチな話は好きじゃないかな~。いや、百合的な、他者の百合百合エッチな話は好きだよ? でも、蘭子がするのは、僕に対する性欲が絡む話。そういう対象になるのは、なんだか微妙な気分なのだ。
好意なのだから、嫌でもない。でも、快く受け止められない。そんな僕の複雑な乙女心。いや、そもそも乙女お呼ぶには中性的すぎる?
性欲が苦手だから、中性を求めるのだろうか。
「それじゃあ百合葉、咲姫が居るが、気にせずエッチを始めようか」
「気にするに決まってるよ……」
乙女心はバッサリと切り捨てられるのでした。そもそもする気がないんだよ……。わかってよ……。と、呆れた視線を送ると、蘭子はやれやれと両手の平を上に向けてあげる。
「もちろん冗談だぞ? 百合葉。君をゆっくり休ませるためにはこうでも言わないと、お邪魔虫な咲姫が立ち去らないと思ったんだ」
「冗談に聞こえないよ……。蘭子の下ネタのせいで休めないよ……」
「そうよ。蘭ちゃんはほっといてぇ。百合ちゃんは休もうねぇ~」
「そうだね。おやすみ。二人とも」
僕はお言葉に甘えて寝る事にした。シーツを敷いただけの体育マット。固いけど、案外寝心地は悪くない。
でも、寝るには頭が冴えてるんだよなぁ。ライブのせいで、ボーッとはする筈なのに熱を持ってて、思考の渦がぐるぐると巻いている。これはしばらく寝れそうにない。
「わたしたち展だってー。見て行こーよー」
「いいねー。なんかそういうのー」
「どうぞぉ~。ゆっくりご覧くださ~い」
おっ? 初接客している咲姫ちゃんだ……かわよ……。開け放たれた入り口から生徒が入ってきたみたい。アンケート用紙と鉛筆を渡して礼する。う~ん、カンペキ! さすが僕の咲姫ちゃん!
教室に入ってすぐに受付の机が二つ並び、咲姫と蘭子が座っているけれど、その真横のパーティションで隠されたスペースが、荷物置きスペース兼ベッドスペースとなっていた。お客さんにバレないように寝ている感じがまた面白くて、寝ながら接客する二人に声を掛けられる。
「咲姫の接客、良い感じだね。いいよいいよー?」
「百合ちゃん……大人しく寝てなさいっ」
「えぇー。寝れないから構ってよー」
「もうっ。お客さんが居なくなってからねぇ……」
咲姫に甘え出す僕。ちょいと猫なで声で、咲姫は赤くなってぷいとそっぽを向いてしまった。風邪で頭のネジが緩いのだろうか。薬を飲んだけどまだまだ眠くなくて、横になってるだけじゃあ暇になってくる。
「写真部かー。緩いっぽいし気軽に見てくー?」
「緩いやつー? 見てく見てくー」
そう思っていたら、次のお客さんの足音が。蘭子が私がやると咲姫を制す。
「終わったらアンケートをお願いします」
「どもー」
蘭子の接客に小さく声を返して、そして教室の中に入っていくお客さん。蘭子は満足そうに僕の方に振り返る。
「百合葉、私の接客の方がパーフェクトだっただろう?」
「いや、六十点かな」
「なぜだっ。理由を述べろっ。具体的になっ」
ショックを受け、僕に問う蘭子。なんでそんな自信たっぷりだったんだ……。
「うーん。こういう場所にしては、言い方堅いし、見てもらう事よりもアンケートが主体になってるし。最低限こなしてやってる感が強いかな。咲姫のやり方を見るといいよ。やんわりしてて、さり気なーくアンケート渡したみたいだから、強引さもなくて向こうも書きやすいだろうし」
「くっ。そんな策略があったなんて……。この腹黒娘めっ」
「えぇ~? 当たり前の事をしただけじゃないの~。もしかして蘭ちゃん接客すら出来ないのぉ~?」
僕が理由を述べると、蘭子は咲姫を見て、彼女に八つ当たりする。それを煽る咲姫ちゃん。今回は咲姫ちゃんの勝ちかな~。八つ当たり蘭子ちゃんもかわいいし、煽り咲姫ちゃんもかわいいけど。煽り返しが黒いよねっ!
「まあまあ。咲姫みたいに自然に出来る子って少ないと思うから。蘭子もそんなにショック受けないで。上手な良い回しを真似ればいいんだからさ」
「確かに、学ぶという言葉の語源は、真似ぶという言葉から来ているという、面白い説を聞いた事がある。しかし、ぶりっ子姫様を真似するなんて、癪だ……。ぶりっ子が移る」
「移らなくて良いわよぉ。勝手にしなさいな」
今回は~よー突っかかりますなー。やっぱり、蘭子は咲姫を認めつつもライバル視している不安定な間柄。その関係がちょっと面白い。
しかし、そこでちょっぴりイタズラ心が芽生えてしまった。
「う~ん、僕は素直で人当たりが良い子の方が好きだなぁ」
「よしっ。咲姫に学べばよいのだな? やり遂げてみせよう」
その後の蘭子の接客は、どんどん咲姫に近くなって、間延びした言い方まで似てしまったのだという。ぶりっ子蘭子ちゃん。ああ尊しっ!




