第54話「ストロベリーパンク」
「うっ……流石にフラフラする……無茶し過ぎたなぁ」
「大丈夫か百合葉っ。安心しろ、私が支えてやるからな」
「ありがとう、蘭子。ちょっと休めば大丈夫だから……今だけ甘えさせてもらうよ……」
劇も大成功。ライブも大盛り上がりで終えた僕はもう、完全に力を出し切った後だった。蘭子に支えられて、閉まったカーテンのステージを背に、舞台から裏に繋がる階段を降りる。今は、歩くのもダルい……。
喉が痛い。ただ、椅子に座って、休みたい……。それだけでだいぶ楽になると思うけど……。
そこへ観客席から舞台裏に入ってきた唄佳ちゃん。僕の様子を見て、駆け寄ってくる。
「ゆ、百合葉ちゃん! どうしたのかなっ! 体調悪くしたのかなっ!?]
「いやぁ、疲れがドッと出てさ。立ってるの辛いから、椅子に座って休みたいなぁって」
「おいおい、そりゃあ重症だろう……。あたしらの準備はあたしらで出来るから、あとは休んどけ。良いライブだったからよ。お疲れさん」
「ホントだよ! 初めてであれだけ出来たんだからすごい! あとはとにかく休んで……欲しいかなっ」
響希ちゃんにも肩をポンと叩いて慰められる。盛り上がったのは君たちのお陰なのに……。ああ、なんて良いクラスメイトを持ったんだろう……。
でも、唄佳ちゃんの様子がちょっと変な気がした……。
いや……そりゃあそうなのかもしれない。
僕らが応援してもらった分、僕も応援して返さないと……もの足りない……っ!
慌ただしく準備する軽音楽部の子たち。それを尻目にってのは申し訳ないけど、僕は椅子に座って、グビグビ水を飲む。心配そうに見てくれる僕の美少女たち。しかし、ただ、連日の無茶のまま立ち続けたのがいけないんだ。そのくらいなら、なんとか回復出来る……。はねのけてやる……。
「ねぇみんな……。みんなが良ければ、このまま唄佳ちゃんたちのライブ見たいんだけど、どうかな」
「えぇ~っ? 休んだ方がいいんじゃなぁ~い~っ?」
当然、咲姫は反対する。
「ウーン……。具合悪くても、見たいものがアル……。為したい事がアル……。その気持ち、ワカル」
「それはそうだが……。私としては休んで欲しいがな。まず一息ついて、その堅苦しい衣装を脱ぐべきだ」
ユズはやや肯定。蘭子はやはり僕の体を心配する。そして、みんなの視線は残った仄香に。仄香は、子息衣装の短パンの裾をギュッと握り締める。
「あたしは……やっぱ楽しい学祭だから……。ゆーちゃんには悪いけど、でもっ! それを後回しにしてでもクラスメイトのライブを楽しみたいっ! ゆーちゃんも一緒にっ! 軽音楽部の子たちの演奏はきっとすごい! みんなで盛り上がりながら見たい!」
仄香は完全に乗り気だった。そうだっ、こんなに楽しみにしてる美少女を放ってはおけない!
「よぉっし。じゃあ行こうかぁー! みんなで応援しよう!」
「いぇーいっ! そうこなくっちゃ!」
「みんなでライブ……応援……楽シミ……」
仄香は両手を上げて喜んだ。譲羽も、手をギュッと握る。
「百合葉、大丈夫か? 本当に無理するんじゃないぞ?」
「そうよぉ~? 倒れたら楽しむどころじゃないんだからぁ~」
「大丈夫、その辺はちゃんと見極めるよ。疲れたら椅子に座ったりさ」
咲姫と蘭子は念を押してくる。その気持ちはしっかり受け取って、最悪な事態にはならないようにしよう。
「いつも喧嘩ばかりの二人も、流石に今回は意見が揃うんだね。心配してくれてありがとう」
「べ、別に喧嘩してる訳じゃあ」
「そうだ。咲姫が生意気なだけだ」
「何よぉ……そもそもそっちがぁ……まあいいわ」
今回は大人しく、いや、大人らしく咲姫ちゃんが身を引いた。さすがだぞっ、ここで喧嘩すべき事じゃないと理解しているんだねっ!
むしろ、咲姫との言い争いになると、僕をイジる時くらいにウッキウキな饒舌になる蘭子ちゃんである。もう大好きなのでは? って思っちゃう。やぁ~ん、もうっ! 喧嘩ップル最高だよねっ!
「とりあえず! まずはこの堅苦しい衣装を脱いじゃおっか!」
「オーゥッ!」
そうして僕らは、ようやくロミジュリの衣装から、ライブの余韻から解き放たれたのだった。
* * *
僕らはステージの目の前を陣取る。普通の劇とかだと注意されるのだけど、先ほどを例にライブの時は言われないみたい。同じ事を考えていたのか、もうすでに同じクラスの子たちが最前列を占めていた。
「あっ! 百合葉ちゃんですっ! さっきのライブ最高でしたっ! 声もいつもよりハスキーでカッコ良かったですー!」
「やーやー! めっちゃ良かったさー。青春ド真ん中に彩っちゃったねっ! もう百合葉ちゃんはロックスターだねっ!」
「ありがとう二人とも。ロックスターほどじゃないけどね。きっと、この後の唄佳ちゃんたちのはもっとすごいよ」
イケメン女子部のショタメン翠ちゃんと、美術部個性派のたんぽぽちゃんが褒めてくれる。翠ちゃんには心配こそされたけど、二人は具合悪い事は知らないので、僕の疲れがバレないようにステージによしかかる。
ああ、身長が高いっていいなぁ。翠ちゃんは小学生かと思うくらい小さいからステージにうまく寄りかかれないだろうけど、僕は思いっきり肘をステージに投げ出す事が出来る。高身長サマサマだ。お母さん、僕を産んでくれてありがとう。唐突の感謝だった。
僕の両脇に仄香とユズが。ユズの右横に、蘭子と咲姫が僕を心配そうに見ていた。左の中央の方はもうクラスの子たちでいっぱいだ。
「めっちゃ楽しみだねーっ! ライブって見るの、案外初めてだし!」
「ソウ……。なんだかんだ、バンドのライブって敷居が高くて、なかなか見に行けナイ……」
「チケットも高いしねぇ。アルバムも、買わないで借りるのだけでも精一杯だよ」
やっぱり、この二人はバンドのライブが楽しみなようだ。そりゃあそうだよなぁ。身内とは言え、みんなでライブ観戦! こりゃあ楽しくない訳はない。
「百合葉、途中で無理そうになったら、私に言うんだぞ? お姫様抱っこで運んでやるからな?」
「蘭ちゃんじゃなくてわたし~。一緒に保健室に行きましょうねぇ~」
「ああうん。そうならないように気をつけるよ」
蘭子と咲姫が静かに耳打ちする。周囲にバレないようにという配慮だろう。喧嘩ップルだけど、やっぱり根は良い子たちだ。
時間になったのか、ブザーが鳴る。そして、いつもは居るはずの司会の子がおらず、会場全体が暗くなって、いきなりカーテンが開く。
「ワンツースリフォー!」
ドラムスティックが四回、カンカンとカウントが鳴り、ギュイーンというギターに合わせて、ドラムが激しいプレイを披露したと思えば、そこからはいきなり高速なロックの嵐。いぇーっ! と叫ぶボーカル。ヘドバンしながら弾きこなす軽音楽部の子たち。それに釣られて、僕らもノる。みんなで肩を組んで揺れる。
オリジナルの曲らしい。ジャンル的にはメロディックでパンクなロックらしいから、好みは仄香と近いのかも。仄香もめっちゃヘドバンして楽しそうだし。譲羽もメロディックなデスメタル好きだから負けじとヘドバンにのめり込んでいる。
動きはめちゃくちゃなように見えて、でも確かに音がよく伝わってきた。技術もそうだけど、何より分かりやすいのだ。
歌っている内容は、最近の大人たちは冷たい。ああはなりたくないというような、思春期らしい曲だった。社会への憎しみを歌っているけれど、不思議と嫌じゃない。罵詈雑言で貶したりはしてなくて、ただ冷たい人々を嫌悪しているだけの、トゲトゲしいようで、針先は丸いような優しさを感じた。
「サンキュー! いぇあっ!」
あっという間の一曲目だった。唄佳ちゃんが叫んで、ジャカジャーンと弾いて、他の子たちもそれに軽く合わせる。僕らはテンプレみたいに何度も練習したフレーズを弾いたけど、彼女らは息ピッタリだ。
「私たちは! 甘く激しいバンド! ストロベリーパンク! 私ら前のねっ、ライブがめっちゃ盛り上がって、私らも同じ感じで盛り上げちゃったら流石にダルいかなっ。だから、MCとか長くやらないで、次々と行きまーす!」
そう、観客にツッコむ時間も与えず、唄佳ちゃんが言う。そして、ドラムのハイハットがシャンシャンと四回カウントを入れて曲が始まる。
次の曲は馬鹿みたいに明るい曲だった。とてもガールズバンドっぽい。勉強が嫌。遊び回っていたい。そしたらテスト前は一夜漬けというような。さっきのが背伸びしていたようなのに対して、こちらは、等身大の彼女らを見ているようだった。
この曲はみんなでお遊びする曲でもあるようで、自由に踊って弾きこなし、そしてソロ回しなんかをしていた。ギター、ベース、キーボード、ドラム、最後にギターボーカルと。みんながお得意なフレーズを披露して一周盛り上げていく。僕らもソロが終わる度に大きな拍手を送る。人差し指と小指を立てたメロイックサインを掲げ、いぇーいっ! と最前列で盛り上がる。
ああ、すごいなぁ。……めっちゃ輝いてる……。眩しすぎてくらくらしそうだ……。いや、それ風邪か。
でも、最後まで耐えるんだ……! みんなでこんなわちゃわちゃして楽しむのは……楽しいっ!
「サンキュー! いぇあ!」
また二曲目も、あっという間に終わった。僕らはいぇーいっ! とか言いながら、拍手を送る。そして一息ついて、ゆっくりとステージに寄りかかって休む。静かにゼーハーと息を整える。くっ、もっと全力で応援したいのに!
「次で最後! 次の曲は恋の曲! それを最後に! 終わらせる! 行くぞぅ! ワンツースリフォー!」
そしてまた、観客の反応を待たずに最後の曲となった。恋の曲らしい。恋の曲を最後に終わらせるとは、なんだかちょっぴり粋な気がした。
激しいんだけど、今までよりはスローテンポなロック。僕らは左右にゆったり揺れて、その感情を受け取り表現する。激情的な歌い方。しんみりと歌い、どんどんBメロで加速して、そして大きく手を広げてサビに入る。
「あーなー、たーにー会えーてぇーよーかぁったー」
まさに女子高生が作りそうな、定番な歌詞だった。でも、今にも泣き出しそうな唄佳ちゃんの表情に釘付けだった。
ああもしかしたら、これが彼女の恋の終わりなのかもしれない。
内容は完全に僕の見た目を歌った曲だった。そんな風に見えてたんだなぁと僕も気恥ずかしくなる。とともに、唄佳ちゃんの告白を受け入れられなかった事を、今グサリと胸をえぐる。
告白自体は、彼女から諦めた事だけどさ……。
ああふらふらする……。でも、今本気で恋文の終止符を打とうとする彼女の姿、しっかりと焼き付けておかないと。この曲はもしかしたら、観客に僕が居てこそ完成するものかもしれないから。
よく聴くと、歌詞は全部過去形だった。現在形だった方がメロディ的にはピッタリだったんじゃないかという、小さな違和感。でも、もしかしたら、僕を諦めた事で、歌詞も過去形に変化しのかもと考えたら、泣かせる演出だと思う。
なんだよ……失恋したのに……。めっちゃ輝いてるじゃん……。
「君が~大ー好ーきーだぁったー」
曲が終わる、最後のフレーズ。弦の低い音から順に鳴らすアルペジオ。メジャーコードらしい明るい三和音に、余韻を残すような四音目が加えられ、ずっと耳に残したまま静かに終わる。そして、軽音楽部の子たちがみんなが一礼する。
シンプルな恋の歌。お嬢様学校とて、僕らは女子高生。みんなの心を鷲掴みにして、彼女らは大きな拍手に包まれながら、演奏を終えたのだった。
その締まりゆくカーテンの向こうで、唄佳ちゃんの目は煌めいてた。




