第53話「初ライブ!」
観客の拍手が鳴り終わって、無音になったのを見て、仄香がスティックを四回叩く。僕はすぅっと息を吸う。マイクが音拾う。これもなんだかボーカルならではの味だと思う。
まずは僕のボーカルと、譲羽のピアノの静かなパート。ひゅーっと観客の声があがる。ちょっと譲羽が間違えちゃったけど、テヘと舌を出して、譲羽は持ち直した。うんうん、落ち込まないようになったみたいだ。
それよりも、ジャケットに短パン、ブーツに白タイツ、頭にはシルクハットという、貴族のご子息衣装でのテヘペロはとても可愛いものだと思いました。
一方、やたら目立つロミオ衣装の僕はというと、マントをゆったり揺らしつつも歌ってるのかよく分からない状態だった。なんで歌えてるのかなー。口が歌い慣れてるのかなーって感じで、オートパイロットモードに入ってた。あらためて、みっちり練習した成果ってすごいなと思った……。練習中は間違えなく出来るようにはなってたけど。
ダカダッダカダッと仄香がスネアを打ち鳴らす。譲羽と衣装自体は一緒だけど、ジャケットとシルクハットの無い動きやすいご子息姿は、サスペンダーのよく似合うショタ姿だった。そんなかわゆい仄香ちゃんのリズムに合わせて、ジャカジャッと弾く。よし、これもタイミングが噛み合っている。
そこで、最前線のみんなが肩を組んでヘドバンしだす姿が見えた。アホなの? 誰がやり出したの? 多分、軽音楽部の子たちだろうけど。彼女ら、パンクでロックなガールズバンドとか言ってたから。
ここはお嬢様学校のはずなのになぁ。観客も学校の生徒に混じって、明らかにお高そうな服の保護者ばかりだと言うのに。
みんなお馴染みの曲だから曲の展開も知っているだろうけど、原曲に比べ、演奏をだいぶ簡単にアレンジしたモノだった。もともと僕が、ほんの少しだけ作曲をかじっていただけに、簡単にするくらいはなんとか出来た曲だ。しっかりした作曲なんてよく分からなくて挫折したけど、途中までかじっておいて良かった……。まさかこんなところで役に立つなんて……。
静かな弾くAメロが始まった。観客最前線も落ち着いて、ゆらゆらと揺れる。それもまた可愛い、本当にノリが良い子たちだなぁ。蘭子は単調なフレーズで、ライバルの赤いティボルト衣装でマントを揺らしている。譲羽はあんまり難しい事はせずテーンと全音符を長く弾いて音の厚みを出す。そして激しくなるドラムのツッタンツッタンと開かれたハイハットの音に、咲姫のギターがンチャンチャと乗っかっている。みんな綺麗に決まっているのに、僕の声はちょっとしゃがれているかなぁと思う。歌えるけど、どんどん声のHPが減ってる感じだ。
このAメロの終わりがBメロのような扱いな曲だと思う。サビへとバトンを繋げるために、どんどん盛り上がってみせる。デンデンデンデンと音の下がっていくピアノ。ここは失敗するとカッコ悪いので、ユズと納得行くまで練習したところだ。カッコ良く決まった。
「きーみーがーいたなーつーはー」
サビに入って、みんなが手を上げてジャンプしてた。「いぇーい!」と叫んでいる。なんのロックフェスなんだか。僕らよりノリノリじゃんと、ついはにかんでしまう。
誰もが良く知る、明るくメロディアスながらも哀愁漂う歌詞のサビだ。BメロもCメロもなく、サビ全部が同じ歌詞でこれだけ美味しい曲に仕上げるだなんて、本当にすごい曲だ。良い歌詞と良いメロディーさえあれば、細かい小細工やアレンジなぞ必要ないのだ。
「ゆめーのなかーぁー」
ここで仄香がドコドコドコドコドキャンキャンキャンと、アレンジを加えてくる。彼女お気に入りのツーバスとチャイナシンバルだ。これがあると一気にハードロック風になって、仄香らしいアレンジだなぁと思う。
そんなAメロやらサビやらの流れが二週続いて、またギターリフ。ジャカジャッ、ジャカジャッと続けて、僕はライブでやってみたかった事をやる。
「ドラムソローッ!」
本格的にしゃがれてきた声で叫ぶ。今のでダメージ受けたけど、観客は大盛り上がりだ。仄香はドラムのメインの音になるシンバル類を使わず、トゥントゥトゥントゥントゥンッタンッと、タム類とスネアを交互に打ち鳴らして、ドラムソロ。また「いぇーい!」と声があがる。このバンドの提案者なだけあって、僕らの中で一番技術が伸びたのは間違いなく彼女だ。
「そしてギターソローッ!」
これもやりたいよねぇ~。ライブの定番だよねぇ~。僕が叫ぶと咲姫ちゃんに必死に練習してもらったギターソロが始まる。ただの単音弾き。音を揺らしたり歪ませたりなんて事はまだまだ出来ない。でも、そんなシンプルでも良いから、それでもやりたかったのが……さらに次のこれだっ!
ギターソロも後半戦。ジュリエットドレスの咲姫と向かいあって、ロミオな僕が彼女のギターにハモらせにいく。きっと、写真で撮った絵面も最高に決まってる事だろう。観客もさらに盛り上がって、僕は大満足である。う~ん、最高っ!
そしてギターリフを挟んで、またAメロ。このAメロは夏の終わりに向けた哀愁感を漂わす、静かなパートだ。僕のボーカルに、譲羽のピアノがねっとり絡む。やがて、仄香のトゥントゥンというタムだけのドラムが始まる。まさに夏祭りの太鼓の音が遠くに聞こえるようだ。
「言ーえーなーかった~!」
Aメロも終わり。一瞬静かになり、そして仄香がパァンッとチャイナシンバルとスネアを鳴らしたのを合図に、最後のサビに入る。
「きーみーがーいたなーつーはー」
ツンタンツンタンという激しいドラミング。僕がジャカジャカと刻むギターと蘭子がデレデレとはじくベースに、仄香のドコドコというツーバスの十六分がピッタリとかみ合わさる。そして咲姫のンチャンチャという裏拍のギターと仄香がパンと鳴らすスネアの音が合わさり、その空気をより盛り上げるように譲羽のピアノの音が後ろから重なる。
激しく絡みつく音の海。マシンガンのような重音圧の中、僕の喉も、後はなんにも気にすることはないと、必死に歌い上げる。他の自己主張の激しい子たちにボーカルが埋もれないようメロディーを乗せる。僕のピックの動きと仄香のツーバスがピッタリで、まるで僕の指がドコドコ言わせているかと錯覚させる気持ちよさだ。
オシャレとか カッコいいとか、そういう印象はいっさい無し。しかし、確かに僕らの一体感がそこにあった。
そして、最後のギターリフ。譲羽がかなり頑張ってくれた、デデデンっと二本指を高速に下ろしピアノ音を鳴らすフレーズ。指が痛くて大変なのだという。それが僕ら弦楽器隊と重なり、より重たい音のハーモニーが生まれる。
かつてのギターリフでは、ダカダッ、ダカダッとスネアを鳴らしていた仄香だったけれど、今回のギターリフに入ると、ズタズタズタズタとハイハットとスネアを高速に交互に叩き始めていた。そんなツービートにドッドッドッドッと速く踏まれる激しいバスドラム。それでみんなで息を合わせたように、中央を見合って軽くヘドバンする。譲羽の頭のシルクハットが落ちたけど気にしない。最前列のみんなもヘドバンする。頭がガンガン痛い。汗が飛び散る。でも、それがいいっ!
ああ、これが、ロックなんだなぁ……!
「打ちあーげーはーなーあびー」
静かなサビ。完全にしゃがれきった声で、僕はクタクタになりながら歌う。譲羽のピアノもちょっとたどたどしい。
でも、最後の一音まで鳴らし終えた。一瞬の静けさ。そして。
「いぇーい!」
「最高っ!」
「良かったよー!」
「カッコ良かったー!」
やがて押し寄せる拍手の大きな波。観客の声。それを聴いて、ライブのオープニングの時みたいにジャーンジャカジャカと弾く。終わりの哀愁も余韻も何もかもぶち壊す、ロックな終わり方だった。
「ありがとうございましたーっ!!」
仄香のドラミングが終わりのフレーズに向かう。そこで、叫びながら僕らはジャカジャッと一度音を止め、ジャジャーン! と弾き終える。
そして、僕らの夏、ならぬ、初ライブは終わったのだった。
https://youtu.be/dIegMJjBLic
うちの子たちが演奏するイメージでベタ打ちしました。
ちょっとアレンジが違うのと、やや再現は難しいかもしれませんが、
下手でも大丈夫な人だけ、お聴きください。




