第37話「ドコドコドコドコ」
舞台の練習もバンドの練習も大詰めを迎えてきた。僕らはスタジオで曲の練習を。ボロボロな演奏ながらも曲のどこをやっているかは、演奏の録音を聴いても分かるくらいに仕上がってきて、僕らが勝手に盛り上がるだけなら、なんとかなりそうなレベル。あとは、観客も盛り上げられるよう、聴かせられる音に仕上げるだけだ。
休みの日だから学校鞄は無いのだけれど、仄香は何やら大荷物を持ってきているみたいだった。スタジオで借りるようなペダルでは無く、自前のツインペダルを設置して、シンバルスタンドを設置して、やたら金色に輝く穴あきシンバルを先に取り付けて……。正面からしたら見た目一つしか増えていないのに、なんだか要塞に近付いたみたい。いつか本当のドラム要塞でも作るのだろうか。
「さぁ~って! 本番までとにかくレンシューだぞー! いぇーいっ! ドコドコドコドコ!」
言って仄香は両足を交互に下ろし、ツインペダルをドコドコと踏み鳴らす。しかし、バスドラムの強弱もシンバルの叩き方もめちゃくちゃで、ただ勢いで鳴らしているという感じだ。
「仄香、うるさいぞ」
「ウ、ウルサイユ……?」
「ベルサイユぅ〜?」
「へいっマルセイユ! マルセイユバターサンド! バターサンドが美味しいの歌!」
「お菓子を讃える曲なの?」
我が美少女たちの謎のコンビネーションだった。
「仄香、ツーバスが出来るようになってきてるね。この短期間ですごいよ」
「へっへー。授業中とかもずっと練習してたお陰でスネの筋肉が痛いぜー! いえーいっ! ドコドコドコドコ!」
なるほどと納得。彼女は授業中にも食事中にも部活中にも両足のかかとを床につけてパタパタと足先を動かしていたから、それがツーバス練習だったんだなぁと今さら気がつく。今までも落ち着きの無い子だったから、多少やかましくても違和感は全く無かった……。
仄香は足だけでドコドコとバスドラムを踏み鳴らす。そして叩いたクラッシュシンバルをすぐさま手で抑えジャッと止める。シンバルチョークと言うらしい。不安定ながらも一応出来ているというのはすごい。本当に色々覚えるものだこの子は。
「なんせ、ライブで披露したいからねー。早く覚えたいのよー」
「えっ? 本番まで時間ないけど大丈夫?」
「ダイジョブダイジョブー! なんとかなるって!」
ナイススマイルで親指を立てる仄香。自信たっぷりだけど、事故なんて起きるわけが無いと思いこんでる初心者ドライバーみたいで、ちょっぴり怖い所である。
「本番でやらかし事故は起こさないようにね? めちゃくちゃな演奏になったら、観客もノるにノれないから。自己満足も大事だけど、みんなで盛り上がりたいし」
「うぬぁー! 頑張るっきゃないなー」
どうやらやる気は満々みたいだ。成功してくれると良いけれど。曲に合わせられるレベルまで間に合うのかな。
「とりあえず、みんな準備はもういいかな? 良ければ早速合わせて行こうよ」
「よぉーっし! やったるでー?」
うんと大きく頷く仄香に続いて、他の子たちも首を立てに振る。今はとにかく練習あるのみなんだ。
「じゃあ仄香、速さに気をつけてね?」
「オーケーオーケー。気をつける!」
そうして、仄香はイヤホンで曲の速度を確認し、体でリズムを取る。何度も腕の速度と釣り合うように確認している。多分、これだけやっても速くなっちゃう気がする。
仄香がカッカッカッと静かにスティック叩く。四拍目は鳴らさず、僕のボーカルと譲羽のピアノが折り混ざる。しかし、譲羽のリズム感がちょっぴり怪しく、まだ改善点はありそうだ。仄香に何かしらのリズムを入れてもらうかな……。
仄香が途中から速度アップしてしまうとはいえ、最初の練習よりもずいぶん僕らの技術は上がったもので、みんながお互いを見ながら演奏する事が出来るようになってきた。ユズだけはまだまだ必死だけど、他の子たちが手元を見ないで呼吸を合わせられるのは大きな進歩だ。僕なんか、全体の調子を伺いながら、ギターもボーカルも間違わないし……と思ってたら歌詞が飛んじゃった……。てへっ!
僕のミスにみんなも笑う。僕もさらに笑う。なんだか良い感じ。バンドってこういうものなのかなと思う。
僕のバッキングギターに咲姫の単音弾きのギターソロ。少しハシり気味な仄香のドラムになんとか咲姫の指が追いついている。ギターのエフェクターも何も使ってないから、アマチュアの人たちと比べても随分安っぽい音だけれど、それもまた良し……。自分らで音楽を奏でるのがとにかく楽しい。確かに薄っぺらな音なのに、それは僕らが奏でている、僕らが作りだした音の空間。それがとても気持ちいい。
最後のサビを迎える前の静かな間。仄香カッカッカカカタンと合図を出し、小節の始まりのクラッシュシンバルが鳴る。それと同時にみんなも演奏に加わって、最後の豪華さを演出する。少し、譲羽が遅れてしまったけれど、仄香が独自にスティックのカウントをカンカンカンカンと入れてくれたお陰で、みんなが問題なくサビに入る事が出来た。ミスを修正するアレンジが上手いなぁ。
仄香がシャンタンシャンタンと鳴らすハイハットとスネアが強めに鳴り響き、終わりに向かうような味のあるテイストになっていく。と言っても、ただいつもより強くて盛り上がってるだけなんだけど。終わりに向けてだんだんとその音が大きくなっていく。
そして終わりの大サビが入る前、仄香が大きくスネアをダカダカダカダカと叩いて盛り上げに盛り上げて……。
シャーパァンッ!
と二発のシンバルが鳴り響いた。つい僕は仄香の方を見てしまう。なんの音だろう今のは……。
これはいつもと違うフレーズ。一発目にクラッシュシンバルを叩いて、その後に続くスネアと共にチャイナシンバルを叩いたみたい。この数週間のうちに、彼女はどんどん自分なりのアレンジを取り入れているなぁ……。
と思っていたのもつかの間。なんだか変だ。すごいテンポが合わず、音の圧力がすごい……。
この子、ツーバス踏んでる……っ!?
ドコドコドコドコと。随分と速く、曲にちょっと合わないリズムで。激しい! すごく激しい! スタジオの密閉空間に響く重音圧のマシンガン。鼓膜を震わす振動の波。ギターを弾く合間に仄香を見やれば、完全に自分の世界に入り浸るように、必死にドラムを叩く仄香。
しかし、みんなはどう合わせればいいのか滅茶苦茶だ……。そりゃあそうだ。両手のリズムとツーバスのリズムがあってないんだから。でも、あんなに汗だくになりながらも、好きなように叩く仄香の姿は、とても輝いて見える……ような?
そしてアウトロ。前奏と同じギターフレーズを僕と咲姫が弾き、それに全く合わないけど、激しいドラムが滅茶苦茶に絡みつこうとする。惜しいのに、こういう豪快さも悪くない……。
みんなが不安な表情で仄香を見る中仄香がドラムを打ちやめ、そして僕のボーカルと譲羽のピアノで曲を締める。しんと静まり返るスタジオの中。別の部屋のドラムの音がうっすらと聞こえる。肩で息をする仄香。ハンドタオルで汗を拭きながら、荒い呼吸を整えペットボトルのジュースを飲んだら、むせかえる始末。
そんな彼女がやっと落ち着き笑顔を見せる。
「ごっめーん! いけるかなーって思ったんだけど、やっぱり合わなかったわー」
「まだまだリズム良く出来なさそうだね……」
「ほのちゃ~ん。わたしたちどうすればいいのか迷っちゃうじゃな~い!」
「今どこを演奏してるノカ……分からなくなる所ダッタ……」
「もっと安定させないと使い物にはならないな」
「ごめんごめんってー」
叱責……というほどじゃないけれど、みんなからの非難が飛び、仄香は両手を合わせて何度も謝る。でも、全然悪いという素振りはなく、そして僕らも、仕方ないなという笑みを浮かべる。こういう失敗も許容出来るのは、とても良い。まさに学校祭レベルのバンド技術だろうけれど、楽しく思えるのがやっぱり一番だ。
「でも、テンポさえしっかり取れるようになれば、僕らも合わせられるよ。まずは一人で安定して叩けるようにしよっか。今はみんなの練習だから、ドラムがボロボロだとみんなのレベルが上がらないからね」
「だよねー。一人でスタジオ入って頑張るわぁ……。とにかく今は休憩休憩っ!」
仄香がドラム椅子を離れたのをきっかけに、みんなも楽器を置いてスタジオの中央に集まる。休憩会議だ。
「ゴメン……。仄香ちゃん以前に、アタシ、全然リズムが取れてナイ……。もっと練習しないと……」
「大丈夫だよユズ。焦らないで落ち着いてやればいいからさ」
未だにミスが目立つ譲羽は、やっぱり自身のプレイに不安を抱いていたみたいだ。そんな彼女の気持ちも分かるから、もっと気遣ってあげたいけれど、どんな言葉をかけるのが正解なのか分からない。
「そうさっ! 練習してりゃあなんとかなる!」
「リズムが取りにくいのはおおむね仄香のせいだと思うがな」
「えへへ~。それほどでも~」
「褒めてないぞ?」
脳天気な仄香に蘭子がツッコむ。ミスは多くても良いから、仄香くらいお気楽にプレイ出来れば最高なんだけど。難しいものだ。
「百合ちゃんギターボーカルすごく上手くなったわよねぇ~。初心者とは思えなぁ~い」
「それを言ったら咲姫だって、ギターソロを間違えなくなったでしょ。よく練習したんだね」
「えへへぇ~。そうでしょ~」
僕が小突くと、体を揺らして嬉しそうに微笑む咲姫。う~ん、かわいい。こんな可愛い子が白いギターを持って弾いてくれるなんて、ちょっとズルでチートな感じだ。とても目の保養になる……。
咲姫と小突きあってイチャツいてると、仄香が話を逸らすようにバンバンと椅子を叩く。
「ギターが映えるとバンドらしさ出てくるなぁー。特にゆーちゃんカッコいいから、見栄え的にメインディッシュだよねー。あれよあれー。引き寄せパンダ?」
「メインを飾るとか客寄せパンダとかそういうのを言いたいの……? そんなに僕って目立つもんかな」
「うーん、蘭たんも高身長でカックイーけど、ゆーちゃんも中々よー? 中性的な顔が良いんだってさー。ファンの子たちが言ってたもーん」
「そうなんだ。それは嬉しいな」
思った以上に僕の存在は高評価みたいだ。何か目立つモノは無いはずだけど。高校デビュー前の表情練習とかイメチェンとかが上手くいったのかもしれない。理屈屋の陰湿キャラがここまで変われるなんて……何事も頑張ってみるものだなぁ。
「ふんっ。百合葉よりも私の方がカッコいいがな」
「はいはい。蘭子は僕の比じゃないくらいクールで美人でカッコいいよ」
「そうだろうそうだろう」
長い横髪を払って蘭子は鼻高々に笑う。相変わらず負けず嫌いだなぁ。そんなナルシストな所も大好きだけどね。
「でもー、そんなイケメン率いるバンドが軽音部より先に目立っちゃっていいのかなー? トゲが立つよねー」
「それを言うならカドだな。この場合、角が立つと言えるのか分からないが」
「ハリネズミかい……。そもそも立たないと思うよ……」
僕らに教えてくれるあの子たちが、まさかそんな事を気にしているとは思えない。いや、むしろ僕らに負けない自信満々だろう。
「そんじゃー。あえてあたしらはコミカル路線狙っちゃう? ハリネズミの着ぐるみとか着てー。その方が見た目、ぶか……ブサイク? じゃん?」
「不格好でしょ……。それにハリネズミはかわいいよ」
「それは知ってる!」
「いったいなんなの……」
相変わらずの仄香ペースだ。
「いやさー。着ぐるみバンドがパンクでロックでメタルに演奏してたら、ぶかっこー可愛いと思ってさー」
「それは可愛い……面白いと思うけどさ……。そもそもロミジュリ衣装だよ」
仄香の謎提案だった。ぶかっこー可愛いってなんだ……。そもそも提案なのだろうか? ただ遊びの妄想を口にしてるだけかもしれない。
「着ぐるみバンドもあるとは思うケド、アタシたちは今回初めてだし……。真面目にやった方が良いと思ウ……」
「おおーう! ゆずりん、ごもっともだぞー?」
ユズの意見にテンションをあげる仄香。やっぱり着ぐるみっていう案は雑談の一種だったみたい。
「そもそも、私たちが重点としている点はなんだ? みんな演奏する事か? 客を楽しませる事か?」
蘭子がさらに大事な意見を言う。確かに、僕らの重点はなんなのかは頭に入れておかないと迷走してしまう。
「そうだね。どこにウェイトを置くかが大事だよね」
「ウェイトウェイト! どうかウェイト! ちょっぴりウェイト!」
「そのウェイトじゃないからね。ていうか日本語混じってるし」
「なんだとぅー! じゃああたしらは何に重点を置けばいいんだっ!」
うぉぉと呻きながら頭を抱える仄香。いちいちオーバーリアクションで楽しい子だなぁ。
「何も別に、僕らは何か極めるワケじゃないし、お笑いみたいに観客を楽しませようってワケでもないからさ。真面目に精一杯頑張れば良いんじゃないかな。強いて言うなら、僕らみんなで楽しむ事を極める?」
「楽しさ極めたり――か」
「極めたるー?」
「デスメタル……」
「銅メダル〜!」
「いぇ~っ! デスメタで銅メダル優勝目指すぜ! 取るのは特別審査委員賞だっ!」
「目指さないよっ! 銅は三位だし!」
バンドをやってるからなのか、僕の美少女たちのコンビネーションは上がっているみたいだ。う~ん、良きかな良きかな……。




