第35話「写真部の出し物」
翌日の朝のショートホームルーム後。僕は教室を出ようとする楓先生の後を追って話しかけた。もちろん、写真部の出し物の事だ。これを進めないと、部活の話がまとまらない。
「ほう、タイトルは『わたしたち展』か。テーマは日常生活で撮った写真ねぇ。もしや、君たちのイチャつく姿が見られるのかな?」
「そんなの展示出来ませんよ……」
「はっはっはっ。もちろん冗談だよ。わたしはそれも見たい気はするが、いくらこの学校とてそんな写真を展示したら、わたしの責任問題に発展してしまう。楽しくもないめんどう事はごめんだからな?」
笑う先生だけど、それは釘を刺すようにも思えた。そうだ、僕らは譲羽のリストカット事件で間違いなく迷惑をかけている。こんな良い先生にもう二度と掛けてはなるまい。
その気配にを察したのか、先生はコホンと咳払いして微笑んで僕を見る。
「そう重たい顔をするな。楽しいめんどう事なら引き受けるからさっ。問題さえ起こさないでいてくれれば。君たちの感性で切り抜いた日常風景を飾るだけで、わたしは満足なのだし。若い感性を見るのが大好きなんだ。フォトサイズでもちょっとした額縁サイズでも、わたしのチェックを通したものを印刷してどーんと構えるんだ。問題ない内容で、ちゃんと展示に取りかかってくれさえすればいい」
「分かりました。そうしたいと思います」
「よしよーし。写真に詳しくない女子高生たちの素の感性。楽しみにしてるぞー」
なるほど、写真に詳しくなくていいのか。そういうのでいいのか。スッと僕の中の不安が溶けたような気がした。
その会話で、僕らの展示の方向性はだいぶイメージ出来たと思う。額縁は大変だから、発泡スチロール板でも用意して、それに大きく印刷した物を貼り付ければそれっぽくなるかもれしない。
※ ※ ※
僕らの日常がさらに忙しいものになっていく。普通の授業の合間に、学校祭の準備の時間が増えていく。放課後も劇の練習。終わって部室では写真展示の話。これも終わればスタジオか個人練習だ。
「みんな、展示できそうな写真はあった? LIMEのメッセージ欄に写真載せちゃってさ。それで、みんなで判断していこう」
部室のホワイトボードの前。展示方法を説明した最後に言う。そうしてみんなは自分のスマホの画面に夢中になる。五人も集まってみんながスマホいじりなんて寂しいものだけれど、みんなた作り上げる展示の打ち合わせなのだから、その姿に不安な要素は無い。
「オーケーオーケー……。でもあんましセイリ得意じゃなくてさー。写真ちょっと探すねー」
「いいよ。ゆっくりで」
「あっ、ゆーちゃんの生理の日は得意だなぁー。というか臭いが好きだなぁー」
「そういう生々しいセクハラはやめてっ!?」
「ぷぇーいっ。冗談だよー」
「いや冗談じゃないでしょ……。人生で受けたエグいセクハラの上位に食い込むからねアレ……」
「えっ? ゆーちゃんのおまたにパンツが食い込むって!? それは一大事! エッチ過ぎる!」
「やめろぉ!!」
「へぇーんっ!」
僕が怒鳴り彼女をひっぱたこうとしたら、やはりかわされてしまった。くっ、彼女が僕のスカートに首を突っ込んで臭いを嗅いだ事は一生忘れてなるもんか……。あれ以来、スパッツやハーフパンツを履き忘れるのが怖いんだから……。だって恥ずかしすぎるじゃんか……。
蘭子ちゃん同様に、それが重たいくらいの愛だというのは嬉しいけどね。でもそれで変態セクハラを受け入れるのはワケが違う。
ともかく、セクハラから話を戻すために、ゴホンと大きく咳払いをする。
「仄香はいいとして。どんどんみんなで写真を載せて、それが良いかどうか判断していこうか。それが今日の主題だからさ」
「じゃあわたしから行く~」
「はい、咲姫からね。どんなのがくるのかな」
いつもトップバッターの仄香は出遅れるし、今回は咲姫が最初みたいだ。僕は他の三人を見渡して言うと、咲姫が手をあげつつスマホ画面を片手で操作する。
そして、僕らのスマホ画面に映し出されるのは……。
「はいっ! 百合ちゃんの寝顔~」
「それはダメっ!」
「えぇ~? ダメなのぉ~? 減るものじゃないしぃ~、いいでしょ~?」
「精神的な何かが減るから! セクハラみたいな発言もやめてっ!」
「はぁ~い……」
早速思いっきりアウトだった。咲姫ちゃんの事だから、絶対にわざとやってる……。だってニヨニヨしてるもん……。楽しんでるでしょアナタ……。
「くっ、その手があったか。百合葉の寝顔を百枚くらい撮って、展示すれば良かったんだ。この上ない完璧な展示会じゃないか」
「そんなの展示にならないよ蘭子……」
「まあ、入場者は私と百合葉以外認めないが」
「何その怪しい部屋はっ!」
個人的な展示部屋なのっ!? そこ一面に僕の写真が並ぶとか、ストーカー並じゃないっ!? いや、蘭子ならやりそうだけどさ! ろうそくが照らす暗い蘭子の部屋一面に僕の写真! 目に浮かぶなぁ……っ。
しかも、全部僕の寝顔とか怪しさ満点だ! その都度撮り方が違うの!? 僕の部屋に侵入してたりしないっ?
「ともかく、良い案は逃してしまったが私の番だ。見るがいい、この美しい写真を」
そう言って蘭子はスマホで画像をみんなに送る。みんなのスマホが一斉にひゅぽんひゅぽんという画像受信の音を鳴らして、画面に次々と蘭子の写真が映し出される……。それはまさに、『蘭子』の写真で……。
「蘭子……? 何これ……」
「なにって、私の写真だが」
「そりゃあ分かってるよ……。カッコいいね……」
「そうだろうそうだろう」
私服の蘭子、スーツの蘭子、そして、薔薇を持ったタキシードの蘭子……。どれもこれもキメ顔で……。
「自分で撮ったの? 衣装整えて。わざわざ薔薇まで用意して」
それは自撮り写真やら、タイマー設定をしたのか、部屋の中での全身姿やら。まあ結局は全部自撮りなんだけど。
とにかく、キメ顔蘭子の色んな姿が、画像一覧となって収まっていた。
「当然だ。わたしたちの日常とはつまり、美しい私が居る日常だからな。ならば、より一層美しく見えるように、工夫したというわけさ」
「衣装がわざとらしすぎて、日常感がないよ……」
常に薔薇とタキシードを持った蘭子ちゃんが日常に居たら、それはそれで面白いけどね。なんにも違和感が無いくらいにクールで美形なのだ彼女は。
「言い忘れてたけど、顔が映ってる時点でダメだよ。展示する事は出来ない」
「なんだと……? 昨日頑張って、百枚の自撮りを用意したというのに……」
「『わたしたち展』の主旨わかってる? 『私展』じゃないよ?」
完全にそれは蘭子展だ。部屋一面に蘭子ちゃんのドヤ顔が見られるのは、それはそれで見てみたいところだけど……。
しかし、僕の寝顔百枚とは真逆なのに、ヤンデレ性を感じてしまうのはなんでだろう。いや、ナルシスト性? どちらにせよ、病的なのは間違いない。病的ナルシストヤンデレ蘭子ちゃん可愛いんだけどね?
「ともかく、ちゃんと一枚一枚見分け付かないようなのはダメだよ。あとは、先生に怒られそうなのもダメかな」
「むぅ、私は一枚一枚に思い入れがあるのだが……」
僕が言うと、蘭子は眉尻を下げ、考えるように顎に手を付ける。
一方で、譲羽はちょっと考えるように首をかしげていた。
「怒られる? つまりは……どんナノ……?」
「こ、公序良俗に反するとかかな……?」
「コージョリョーゾク? 一般常識からイツダツする……コト?」
「ほら、譲羽が困っているぞ。具体例をあげてみろ」
譲羽は大まじめに写真の線引きポイントを考えているのだろう。しかし、それに便乗する蘭子は僕をからかうようにニヤッと笑う。
「犯罪的なのはダメだよね。危ない行為もダメだし……あの、見る人に刺激が強いのもダメだと思う」
「刺激が強い? ほう? 例えばどんなものだ?」
「え……うう……。れ、恋愛がらみのとか……肌の露出が多いとか……」
「つまりはエッチなのが駄目だと言えばいいのに。百合葉はムッツリさんだなぁ」
「ムッツリじゃないっ! エッチなのだけがダメな訳じゃないからね……?」
結局セクハラまがいの落ちどころになってしまった。全く、このドスケベレズは……。
「よっし! あたしの写真をのっける!」
そこで仄香の準備が出来たみたいだ。ひゅぽんひゅぽんと画像を受信してメッセージ欄に表示される音が鳴る。
「これは蘭たんが自動ドアでポージングする写真! これはゆーちゃんがさっきーに顎クイする写真! そしてゆずりんが花びらを撒いて中二病ポーズをしてる写真!」
「ああー……」
僕は唸る。全部僕らの日常生活の一部で、まさしく『わたしたち展』な感じ。でも……。
「ベストショットだけど、顔が映ってるからねぇ……」
「えぇーっ! そういやあたしが探してる時に顔がどうとか言ってた気がする!」
「そうなんだよね……ごめんね……」
仄香は肩を落としてまたスマホ画面を見ていく。ちゃんと最初にルールを明確化すれば良かったなぁ。失敗だ。
「あっ! じゃあ、ゆずりんの手先だけ! 花びら撒いてるやつならオーケーじゃないっ!?」
「ああ……それならいいかも」
ひゅぽんと画像が送られた音の鳴るスマホ画面を見る。確かに、ユズの顔が映っていなく、太陽を背に女生徒が花びらを撒く幻想的な一枚に見える。
「いいね。これは大丈夫だと思う。印刷するために後でパソコンに移してもらおうかな。こういう感じで、顔が映ってなくて個人を特定出来ないくらいなら大丈夫だよ」
「やったぜ!」
仄香は両手をグーにして片手を掲げる。彼女の喜びのポーズだ。
「それじゃあわたし~」
「咲姫? もう僕の写真とか載せちゃあダメだからね?」
「んもぉ~うっ。もうそんな事はしないわよぉ~。そっれっとっもっ? 実はわたしの好き好きアピールを受けとめたいから、ワザと言ってるのかしらぁ~?」
「好き好きアピールって何……?」
好き好きアピール、全然ウェルカムだけどねっ! 咲姫ちゃんの好き好きアピールは脳が蕩けそうなくらいに可愛すぎるからねっ! でも、蘭子は唇を尖らせ、仄香は頬を膨らませて、譲羽はしらぁ~と細めた視線を向けている……。いけないいけない。こごでイチャついたら、他の子の嫉妬が炸裂しかねないから、僕は咲姫の好意はそれとなく流す事にする。
はてさて。次こそはちゃんとした画像だといいけれど……。
「百合ちゃんと食べたケーキの画像ぉ~。これならいいわよぇ~?」
映し出されたのはショートケーキ。もちろん食べる前で、イチゴの艶、クリームの線、生地の細かさまでよく見える美味しそうな画像だ。
「おお、この画像よく撮れてるよ。パフェにピントを当てているから、良い感じに背景がボヤケていいね。合格も合格、花丸満点だ」
「やったぁ~!」
僕が指で丸を作って送ると、両こぶしをほっぺたの横で握って喜びを表現する咲姫。ああ、可愛いなぁ。どんな美味しそうな写真よりも、彼女の素の笑顔だけで、甘々な気分に浸れる……。
「百合葉ちゃん……咲姫ちゃんにデレデレしてないで。アタシの写真、見テ」
「あ、ああ。ごめんね。準備できたんだね」
腕を伸ばしたユズにカーディガンの袖を引っ張られて、甘々な気分から僕は脱する。彼女が強引に他の子の邪魔をするのはちょっと珍しい。
やっぱり写真というステージだと、譲羽が前に出たがるのだろうか? 自分の好きな事だと積極的になる美少女……いいよねぇ~。
「じゃあユズの写真を見よっか。どんどんメッセージで載せちゃって」
「分カッタ」
ふんすと鼻息を鳴らして、彼女はスマホ画面を注視する。自信があるのだろう。さてさて、なにが来るかな?
「まずは、屋上からの町並み。ここの学校は丘の上なだけあって、どんな時間帯でも綺麗な風景が見らレル……」
「おおー」
「次に、湖畔に浮かぶ月と葉っぱ。月と水というありがちなテーマ。デモ、その綺麗を見てしまったら目を奪われるのは必然……」
「おお~」
「木のうろに居たリス。緑の背景に茶色と白という自然らしい色彩バランスの黄金比。そこに黒く光る目がまたチャームポイント」
「おお~っ」
「そして、夕暮れの誰も居ない教室。これも定番だケド、夕暮れと学校というのは良い被写体。ただの日常風景なのに、いつもとは違った幻想を見せてクレル……」
「おお~っ!」
「まだまだあるケド、以上……っ」
「おお~っ!!」
最初は僕が声をあげ、そして仄香、咲姫、ついには蘭子とみんなの歓声が重なり、パチパチと拍手が起こった。まさかの解説付き連投だった。説明を含めて聞くと、なるほどそういう視点で見ていたのかと納得されされる。
「みんな良い写真だ。流石だよユズ、やっぱり写真を撮るのが好きなんだねぇ。立派な写真集になりそうな勢いだよ」
「うへへ……アリガトウ……」
「ユズはなんか、写真の勉強とかしてるの?」
「いや……なんとなく、良い感じに見えたのを撮ったダケ……。知識はないケド、それでも、自信はアル」
「それはすごいね。やっぱり、ユズの写真をメインに飾って行こうよ」
「ウンッ……!」
それはいつもの不器用なニヘラ顔じゃなく、素の笑顔だった。ああ……眩しすぎて浄化されそうだ……。この彼女の笑顔のために、写真部の展示を進めた意義があるのかもしれない。
その笑顔を守るためにも、この展示も最後までしっかりやり遂げないと!




