第32話「唄佳ちゃんとデート」
劇の主役が決まったあとの放課後。
そんな毎日毎日スタジオで練習もしてられるワケもなく、僕らは各自宅で自主練習という事に。しかし、僕の美少女たちにそんな個人練習を言い渡しておいて、僕が今一緒にいるのは……。
「こ、これからデート……。た、楽しみだよねっ! 百合葉ちゃん!」
「そこまで楽しみにされると、ハードルが上がって怖いなぁ。ただ服を選んだり、カラオケ行ったりするだけでしょ? そんなに楽しみにする事あるのかなー」
「そ、それだけでも楽しみなのっ! もうっ! 百合葉ちゃんったら、いけずなのかなっ!?」
冗談じみて言ったら、唄佳ちゃんにポカポカ叩かれる……。彼女は咲姫ちゃんと同じ背丈なのだけれど、ちょっと痛いのがまた違って面白い……マゾじゃないって。
今回のことはもちろん、咲姫と蘭子にはかなり文句を言われた。しかし、行くのは決まってしまった事だし、この子はこんなにも楽しみにしてくれているしで、強行したのだった。ヤンデレ気質のあるあの子たちをさり気なく撒くのに疲れたよ……。蘭子ちゃんの単文メッセージの嵐と、咲姫ちゃんのLIMEの鬼スタンプで通知がうるさいから、仕方なしに切っておく……。
今は学校から駅に向かうバスの中。同じ女子校生たちに囲まれて、空調の効いたバスから窓の外を見る二人。まさか、あんまり会話した事がない子と二人きりで遊ぶなんて……。それとも、女子の間じゃあ普通? 元ぼっち族だがら、女子の普通ってのが分からない。
でも、先週から結構話した方か。僕のハーレムメンバー以外とも仲良く接せられるように、コミュニケーションは積極的に取っていかないと。それが女にモテる女の為すべき事だ。今のところ、僕がぐいぐい押される場面ばかりで情けないし。そんなの、イケメン女子と呼ぶには程遠い。
とにかく、今は目の前の子を楽しませないと。でも、先週からの今週で、何を話したら良いものやら、あんまり見当がつかない。無難に楽器の話から広げるか……。
「ギターボーカルって難しいよね。手で弾きながら歌うっていうのが。そんな事を出来るなんて唄佳ちゃんはすごいよ」
「うーん、そうは言っても結構たいへんだったかな~。かなり練習したよ~?」
「そんなに頑張ったんだ。どんな練習したの?」
僕が訊くと唄佳ちゃんはう~んと天を見るようにうなる。しかし、なんにも思いつかなかったみたいで、ガクッと首を落とす。なんだか可愛い。
「うう~、頑張ったとは言っても、やる事は普通だけどね~。弾いて歌って。弾いて歌って」
「へぇー。意識した事とかあった?」
「う~ん、歌を覚えてギターも弾けるようにするってだけだってぇ~。無意識で歌を完璧に歌えるようにする。無意識でギターも完璧に弾けるようにする。その二つをくっつけて、ギターを弾きながら鼻歌混じりに始める感じかな~ギタボらしい練習は。完璧じゃないとギターとボーカル両方やるときに頭真っ白になって手が追い付かなくなるから、二つを同時に慣れさせるまでが長かったんだよね~」
「そっかぁ。そんなに頑張って練習したんだね。すごいね」
「そ、そうでも……あるかなっ! えへへっ、百合葉ちゃんに褒められるとすごく嬉しいなぁ……。百合葉ちゃん、 顔も声も美形だから、すごくドキドキするっ」
「あ、ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」
唐突に僕が褒められ返され、困惑してしまう。全く、イケメン女子には遠いなぁ。しかしこれは女子校特有のノリなのだろうか。それともやっぱり彼女もそのケが?
でも、まだまだモテる要素なんて薄いと思うんだけど、こうもモテると、その幻想が壊れてしまわないか怖くなってくる。やっぱり顔と声が良いのかぁ。目だってそんなパッチリじゃないし、声は蘭子ほど低音が心地良くもないのに。僕は、僕が少しでも魅力的に映るように、必死なだけだ。
でも、こうニコニコして喜ぶなんて、なんだか素直で可愛い子だ。テンションの違いはあれど、不器用に照れるゆずりんと同じ、妹を持った感じ。いや、後輩みたいな可愛げかなぁこれは。
「そういえば、服を見たいんだっけ? 街の方まで行く?」
「そこまではしなくてもいいかな~。百合葉ちゃんも大変でしょっ。駅前のデパートで満足満足~っ」
「じゃあそこにしよっか。カラオケも近いし、いっぱい楽しめるね」
「うんっ!」
ああ、笑顔が眩しい……。この子が本当に僕の事を好きなのだとしたら、フるのがとても辛い。
※ ※ ※
駅直結のデパート。僕らが向かったところは、ワンフロア全体に服屋さんが並んでいて、見渡す限りに、服服服。いったいどころ見れば良いのか分からなくなってくるくらいに、服だらけだ。
時期が時期だから、半袖や七分丈は減って、秋服らしい抑えた露出の服が増えているのは判断つくけど、え~っと、紳士服に、女児服に……。
迷って見渡していると、カーディガンの袖を引っ張る唄佳ちゃん。
「百合葉ちゃん! 私たちが選ぶならあっちかなっ!」
「そうなの? ああ、強く引っ張らないでよ。唄佳ちゃんは強引だなぁ」
「ご、ごめんっ! 痛かったかな!?」
「いや大丈夫だよ。ちょっと強引なくらいが、女の子は可愛いし」
「はにゃはぁっ!」
はにゃは? 胸を押さえてそんな短い悲鳴を上げる彼女。それは僕の言葉に悶えてるの? 面白い子だなぁ。
でも実は、ちょっと袖の引っ張り具合が強くて気になったり。しかし、僕の事を気に入って舞い上がってる子に、水を差すわけにはいかなかった。僕がマゾで喜んでいるという話では決してなく。
「ここの服って、変に柄とか入れないでシンプルな色合いで攻めるから、私けっこう好きなんだよねぇ~。ほらっ、このパーカーとか! 百合葉ちゃんに似合うんじゃないかなっ!」
「えっ? そうだねぇ……」
言われて差し出されたパーカーは、確かに概ねシンプルな黒色だ。後ろだけ部分的に長いのが、オシャレの一環に見える……。けれど……。
「唄佳ちゃん。これ、魔法使いっぽくない?」
「そ、それがいいんだよぉっ! 百合葉ちゃんはカッコいいから! 似合う似合う!」
「そうかな? ありがとっ」
「はにゃはぁ!」
服を受け取りウィンクしながらお礼を言えば、またも胸を押さえて苦しそうな唄佳ちゃん。すっごく変な子で間違いないれけど、可愛いなぁ。
手に取ったパーカー。言うなれば、とても中二病くさい。これメンズじゃないよね? でも、一応レディースのコーナーだし……。生地も肌に優しいサラサラだ。
これを……着るのかぁ。いや、着るのに抵抗があるんじゃなくて、スカートの上だと、妙なアンバランスが……いや、アニメのやさぐれた女子高生感があってむしろアリ? タバコとか吸っちゃう?
と、思ってるうちに、唄佳ちゃんは周りをキョロキョロ見渡して突然駆け出す。そして持ってきたジーンズ。
「せ、せっかくだから、さり気に薔薇の模様が入ったデニムのパンツ! これと一緒に着てみて欲しいかなっ!」
「う、うん、わかったから押さないで? それとも、僕を無理やり試着室に閉じこめようっていうの?」
「はにゃはぁ!」
はいっ。三回目のはにゃはぁ! いただきました。この子チョロくて面白いなぁ。もっとタイミングが早ければ、僕の百合ハレームに是非とも入れたかったところ。
「とにかく着替えるね。それともやっぱり、唄佳ちゃんが僕を着替えさせてくれるのかな?」
「うぐっ……。いや、私は楽しみに待ってるかなっ。さあさあ、着替えて着替えて!」
「だから押さないでって」
四回目のはにゃはぁ! はいただけず。ぐいと僕は試着室に押し込まれシャッと閉められるカーテン。これが蘭子とかだったら、仲に入るまでが冗談の範疇になりそうだけど、彼女は流石にそこまでしないみたいだ。受け取った服を金属のフックにかけ、僕制服を脱いでブラウス姿に。
そこで、鏡に映る僕を見る。う~ん、胸が大きい分、ブラウスだけだと太って見えるなぁ。ちゃちゃっとパーカーを着て、不格好な僕の姿とはおさらばしないと。
はてさて。ジーンズの中にブラウスはインするかどうか。試着室の外では、唄佳ちゃんの足が左右に行ったり来たり。距離が近いなぁ。そんなに楽しみにしてくれているならば、やはり僕なりのベストを尽くそう。
女の子を喜ばせるのが、僕の最上の喜びなのだから。




