第24話「ドコドコドラムレッスン」
恥ずかしいのを誤魔化すように、つんつんな律華ちゃんは仄香の右足を掴む。そして、シャーンタンツンツンツンタンツンと仄香が歌いながらエイトビートを繰り返し刻むのに対し、律華ちゃんが仄香の脚を握って、ダッッッダダッッと脚のリズムを入れていく。仄香の手のフレーズもちょっと乱れたけれど、すぐに整って普通のロックドラムに聞こえてきた。
「あれっ! あたし出来てんじゃない!? めっちゃぽくない!? ぽくない!?」
「すごいね仄香! ちゃんとして聞こえる……出来てるじゃん!」
「へっへー。そうでしょー」
僕が褒めると、仄香は調子づいて少し叩く手を速くする。しかし、それに合わせて脚の速さも速くなる。
「うえっ、ちょち速いなー」
「仄ちゃんが速くしたんだから当然でしょっ。アタシがまだまだ続けてるから、感覚を掴んでね。太ももを上げて踏むというよりは、親指の付け根で縄跳びを跳ねるように、着地した時にたまたまペダルを踏んじゃったーみたいに。体重はお尻に掛けたままねっ? 頭の上から紐で引っ張られてるみたいな姿勢っ」
「うぇー。覚える事が多いー。縄跳び? 紐で引っ張られる?」
「脚で踏むっていうのは縄跳びの感覚なのよっ。ペダルのボードに対して、ピョンピョンッとねっ。でも、脚には体重を掛けないで、上から紐で引っ張られるように姿勢は良く。この基本が出来てると、ドラマーとして技術が安定するわよっ」
仄香がイジるから火がついてしまったのか、律華ちゃんは途端に饒舌になってドラム教育を施す。でもすごいなぁ、理屈としてはしっかりしてと思うし、比喩がよく伝わる。ドラムをやる人って、直感的なタイプばかりだと思いこんでいたけれど、案外考えてドラムを叩いている子なのかもしれない。
「詰め込み教育だぁー。でも頑張って覚えるしかないなー」
「頑張って、仄香っ」
「うぇーい。頑張っちゃうぞー」
うんざりしそうになる仄香だったけれど、キリッと覚悟するように彼女は意気込みだす。うんうん、良い調子みたいだ。
「ヨシッ。脚の感覚はもう良さそうねー。後はスティックの持ち方! その筋肉任せな叩き方だと、指の皮がやたらと剥けたり、肘が腱鞘炎になったりするから、スティックの先を人差し指の第一関節に乗っけて親指で押さえるみたいに! そして、手前にスライドさせて、ちょうど自分が叩きやすい位置を探すのよ。分かった?」
「こ、こうかなー。なんとなく分かったけど、叩きにくいなーこれー」
「最初はそんなモノよっ。でも仄ちゃんはドラムに飽きる事は無さそうだし、技術の話をさせてもらったの。スティックは握るんじゃなくて、引っこ抜けない程度に摘まむ感じでねっ。あとは残った三本の指でリバウンドをさせたり、腕全体で振り下ろす時と、上げる時の動作でしなやかに叩いたり、手首のスナップでスティックを拾い上げてまた下ろすような動作まで出来たら、ドラムとしては充分よっ」
「うぇー詰め込み過ぎるよー、りっちゃーん」
「大丈夫っ。分からなくなったらまた訊きにくればいいのよっ。とにかく、今はなんとなくでも感覚を掴めたら、大万歳だから。ほらほら。脚を踏みながらエイトビート刻んじゃいなさいっ!」
「うー、はぁーい。スパルタだけど耐えるしかなーい! あたしのツーバスの為にもっ!」
そんな仄香のツーバス発言に、律華ちゃんは、体をぴくんと反応させる。
「ツーバス? あなた、ツインペダルでツーバス踏みたいの?」
「そうなんよっ! 学祭でツーバス出来たらカッコいいなーって!」
「仄香そんな事考えてたの……」
「もちろんドラムをやりたいのもあるけど! でも一番はツーバスよっ!」」
律華ちゃんの問いに仄香はグーッを天に掲げる。ようやく仄香の手足は完全に止まる中、僕はちょっと呆れ声で言う。だって、ツーバスと言ったら……。
「でもそれってすごく大変じゃない? ハードロック・ヘヴィメタルの代表じゃん。女子高生に踏めるのかな……。しかも仄香は華奢だし」
「むむーっ! やるったらやるんだぞう!」
僕が言うと、仄香は勢いだけの反論をする。確かに気持ちは分かる。僕だって、お父さんが残していったCDの、古いハードロック・ヘヴィメタルをたまに聴くし。前奏でギターの繰り返されるフレーズに合わせて踏まれるドコドコツーバスとか大好きなのだ。
「そうね……。確かに、女子高生には厳しい道よ……」
律華ちゃんが深く頷きながら言う。何か思うところがあるように。
「でも、地道な練習を重ねたら、ゆっくりなフレーズだけどアタシは出来た! 世の中にはもっと速く踏める、細身の美人なドラマーさんだって居る! だから仄ちゃんにも出来るわよっ!」
「はっ! 律ちゃんもイケるクチかっ!」
「そうよっ! だから全力で応援して上げあげる! 道のりは長いわよォー?」
「やるっきゃない! やってやるぜあたしは!」
律華ちゃんも仄香も意気投合しやる気満々だった。僕はただ訊いてるだけの立場になりつつあるけど、ちょっとその講義の様子を見ていたい……。
「そんじゃー! コツを教えて! 何をやればいいのかなっ!」
「まずそうねぇ。アタシも速いの出来るワケじゃないケド、ツーバスも脚先で軽くピョンピョン跳ねるみたいに。でも、実際にペダルから完全に脚先を離してたら追い付かないから、体の軸がブレない程度に体重を少し乗せて、ペダルを親指の付け根辺りに吸い着かせておくみたいなっ? 難しいのよ、コレッ」
「なるほどなぁ。それが意識する事かー。実際の練習はどうすればっ!」
前のめりになって仄香は訊く。律華ちゃんも、仄香に対して前のめりになって、教える気満々だ。
「そこでネ? ドラムを前にしない、家とかでの練習が大事になるのっ。まずは今、しっかり覚えといて……!」
「な、なるほど! その技とはっ!」
「両かかとと床に付けたまま、右左とリズムが狂わないようにパタパタ。すねの筋肉が痛くなる練習よ。これをね、最初は一秒間BPM60っていう時計の針の早さで右左右左と計四回踏む練習から始めるの。これが安定させようとすると大変なのよっ。それを、朝昼晩、授業中でも食事中でも勉強中でも静かにやるの。静かと言っても、ちゃんとつま先が床を叩くのを意識してねっ」
「な、なんと……。一日中練習だなんて! りっちゃんやるぜぇーっ!」
「だって、そうまでしないと女子高生がツーバスだなんて大技できないものっ。女だからって、ぬるい演奏はヤなのよ!」
「ほほう……それがりっちゃんのポリシーなんやなぁ……」
仄香はうんうん頷く。すると律華ちゃんは、ちょっと恥ずかしそうにコホンと咳払い。
「話が脱線したわ……。でも、この練習は普通の家での練習から応用してるの。アタシは、滑り止めの上に、15センチ四方のゴム板を何枚か並べて叩く練習をしてるわっ。脚はもちろんかかとを付けてねっ」
「はいはーい、ゴム板を買えばいいのー?」
「案外、ドラム用の練習パッドだと、丁度よく並べられないのよね。だから、百均の滑り止めの上に、ホームセンターの一センチのスポンジ材と五ミリのゴム板を張り付けたモノを、並べて叩いて練習してるの。多少音はなるけれど、電子ドラムの打撃音よりは、周りの迷惑になりにくいのよっ」
「ホームセンター! 今度要って買ってみる!」
仄香はテンションの上げを表現するためにクラッシュシンバルを叩く。初心者の筈なのに、なんだか似合ってるなぁ。普段からエアドラムしてたりするからかな?
「と、ドラムの練習方法は以上よっ。あとは練習あるのみだケド、他に質問は?」
「無い! とにかく今は叩きたいぞうっ! 早くドコドコドラムレッスンをしておくれ!」
「そうよっ、その意気! ツーバスへの道も、まずは基本のエイトビートから! はいっ叩く! 最初にクラッシュシンバルを叩いて、右手で右側の大きなライドシンバル。そして左手は真ん中のスネア! 右足のバスドラムは、クラッシュシンバルを叩いた時には大体必須! そして二周目四周目とか偶数周でスネアを叩く前、右手のリズムに重なるようにドンドンと! はいはい! シャーンタンツンドンドンタンツン!」
「うぉー! 詰め込み過ぎだー! でも頑張っちゃうぞー!」
ちょっと疲れ気味だけど、仄香はまだまだ頑張るみたいだ。完全に練習にのめりこんでる。これは僕が見に来る必要はなかったかな。でも、詰め込みながらも為になる練習方法だった。お嬢様学校なのにホームセンターだなんて、律華ちゃんも案外庶民派だなぁ。
完全に二人のドラムの世界に入ったのを確認して、僕は、まだ教えていない蘭子の方を見る。




