第20話「選曲会議」
食堂の角地で一息ついて、弁当箱を包んで帰ろうかなと思ったとき、僕は肝心な事を忘れていた事に気が付く。
「っと危ない。曲の話をするの忘れるところだった」
「あっ、そうよねー! 選曲会議めっちゃ大事じゃん!」
「楽器の話になったからぁ、その後にしようと思って忘れてたわよねぇ~」
「意外と忘レル……アルアル……」
と、うっかりな僕に、仄香と咲姫と譲羽も忘れていたようでうんうんと頷く。しかし、何も言わずに残った子が一人。
「蘭子も忘れてたの?」
「さあ。私は思い出すも何も、考えてすらいなかったが」
「そ、そっかぁ」
強がり以前の話だった。その方が蘭子らしいマイペースさだけど。
「それでー!? ゆーちゃんがやりたい曲はなんだ!」
机をバンバン叩くろのか。昼ご飯時の喧噪が抜けてもまだ女子たちの甲高い笑い声などが響く食堂では、やはり仄香の机バンバンは気にされる事は無かった。自由で良い学校……なのかな。
「やりたいっていうよりも、僕が知ってる範囲で盛り上がってやりやすそうな曲を選んだんだけどね」
「なぬっ! ゆーちゃんがやりたい曲じゃないのか! ライブはやりやすさよりも好きという気持ちで勝負だぞぉーッ!?」
「いやいや、誰も好きじゃない曲とは言ってないからね?」
「ぬぬっ。そうであったかー。失礼でござったー」
忍者のようなおちゃらけた言い方で、ニンニンと指を重ね謝る仄香。確かに好きじゃない曲を選ぶ必要はないのはごもっとも。でも、ちょっと早とちり気味だ。
「それでさ、みんなでイヤホンで聴いて欲しいんだけど、誰かイヤホン持ってない? 二つ挿せる接続端子は持ってきたんだけど」
僕は言ってみんなを見渡す。でも、反応は思わしくなく、首をひねる子ばかり。シンクロしてて可愛い。
「アタシのは……実体を閉ざす事に成功した蒼き牙……。だから、使えないカモ……」
「私も無線イヤホンだな。ドアノブに引っかけたりしないから楽なんだ」
「そうよねぇ~。わたしは持ってきてないけどぉ、有線イヤホンは持ってないかなぁ~」
なんと、ユズも蘭子も咲姫も無線イヤホン派だった。有線の取り回しの良さが好きだから、僕は断然有線派だったのに! 意外と僕の方がマイノリティー側になっているのかも……?
そんな風にショックを受けていると、にまにまと笑いかける蘭子ちゃん。
「ふふふっ。百合葉は有線イヤホンなのか。時代遅れだなぁ」
「ゆーちゃんのイヤホンドアピーン見たい!」
「ああ、ドアノブに引っ掛ける姿は是非みたいモノだ。きっと滑稽だろうな」
「やらないよそんな事……」
みんなの前ではね……。家ではしょっちゅうやらかすから、イヤホンは必ずブレザーやカーディガンの下を通すようにしたし。
「それで? 仄香も無線イヤホンなのか?」
「あたしはスマホのスピーカー直よっ! ほらっ!」
バンッと机を強く叩いて、仄香は音楽を流しつつイヤホンを取り出す。うん、白の有線イヤホンだ。
「仄香も時代遅れじゃないか……。なに当然のように百合葉をバカにしてるんだ……」
「だって楽しいから!」
「うむ、違いない」
「やめてね?」
蘭子も仄香も、僕をイジりたがりで困ったものだ。好かれるのはいいんだけど、カッコ悪いから、ちょっと気持ちがモヤモヤ。
「それよりも、公共の場で音楽流すのもダメだよ?」
「うぅ~ん、ロック魂が不完全燃焼だけど、まあ仕方ないかなー」
なんとか納得してくれた様子。うんうん、物分かりが良いのはよい事だ。
そして一息ついたのを確認して、僕はスマホの音楽アプリを起動する。
「それじゃあ。仄香のイヤホン貸して? 僕のイヤホンを咲姫と蘭子に。仄香のイヤホンを仄香とユズに使ってもらうから」
「ぬぬっ! それは恋人つなぎってやつでは!?」
「ちょっと違うなぁ」
「あれー?」
「言うならイヤホン半分こ……ね?」
カップルがやってるイメージが無いわけでもないけど、友達同士でも見かけるから……大丈夫だよね?
今さらだけど、公共の場で同性愛アピールをする事に、意識が過敏になっているのだった。
そうして、僕の指示した通りにイヤホンが片方ずつ二組に繋がれる。それに文句言いたげに唇を尖らせる蘭子。
「私は百合葉とイヤホン半分こしたかったが。こんなぶりっこ姫様相手じゃなくて」
「仕方ないじゃな~い。これが一番ちょうどいいんだしぃ~? それにぃ、そういうのは自分から誘ってやるものよぉ~」
蘭子が煽るように咲姫の顔を見て嫌がる。一方で咲姫は大人の対応。うんうん、喧嘩ップルに見えてきてありがたやありがたや……。
一方で、仄香と譲羽は聴く姿勢が準備万端だった。例えるなら犬と猫の餌待ちの目。キラキラとしているのと、ヌボーッとただ見つめる感じが。
「それじゃあサビまで流すからね」
みんなの準備が出来た事を確認し、僕はスマホに表示される再生ボタンを押す。二つの縦長長方形が横に並ぶ一時停止ボタンへと切り替わり、再生時間が一秒ずつ進んでいく。
「あー、この歌知ってるー。なんてったかなー」
「昔の曲だが、有名だ」
「アニメのエンディングにも……なっテタ……」
仄香も蘭子も譲羽も知っていたみたいだ。うんうん頷いている。一方で、首をひねるのは意外な事に咲姫ちゃん。いやいや、ノリが古いアイドルじみてるからって、決め付けはよくない。
「わたしは知らないわねぇ……。でも百合ちゃん? こんな声って出せるのぉ~?」
「そうなんだよね。初心者一発目の曲には持って来いだと思うんだけど、何せキーが……」
僕もまた首をひねって考える。そこに仄香が、机をパシッと叩いてアピール。
「じゃあキーを変えて練習すればイーじゃん。音を下げるとか? 上げるとか?」
「……その手があったね……」
仄香に言われるまで考えもしなかった……。テストとかじゃなくてライブなんだから、正確に演奏する必要はないんだ……。
しかし、納得する僕とは裏腹に、ぷぷぷと笑う仄香。
「なになにー? ゆーちゃんまさか気付かなかったのぉー? アレンジするとかすごそうな事を言っといてー?」
「一番身近なところを見落とす。それが百合葉のお馬鹿可愛いところだ」
「灯台下暗しなんて恥ずかしいよ……」
やっばり僕がイジられる羽目に……。僕のイメージするパーフェクトに何事もこなすイケメン女子にはほど遠いじゃないか……。
「ともかくさ。この曲は歌いやすければかなり簡単だと思うんだ。どうかな?」
「いぇーい! 良い感じだぜー! エエ曲選んでくれとるなぁー」
「アタシも、歌詞が良くて悪くないと、思ッタ。賛成」
「そうよねぇ~。歌詞がいいかも。さんせぇ~い」
「うむ、皆がいいのなら、良いんじゃないか?」
「よし、良かった」
と、これでこの曲は一段落。次の曲を押す。
「それじゃあ、こっちはどうかな?」
切り替わったメロディーが耳から入り、みんなが首を揺すってノっている様子。しかし、仄香が首を左右にカクカクさせて、怪しい感じが……。
「ええ~いっ! まどろっこしい! イヤホンなんか要らなーいっ! 回収ー回収ー」
「えっ!?」
「うぇぅっ!」
言って仄香は、僕のスマホから伸びるイヤホン端子分配アダプタを抜いたのだった。そして、みんなのミミからイヤホンを集める。ノリノリだった譲羽にはショックだったみたいで、ちょっと悲しげな顔を……ああゆずりんよ、そんな顔をしないでおくれ……。
一方で僕のスマホはといと、イヤホンが抜けたら自動で音楽が止まる仕組みなので、彼女らの耳には食堂の喧噪が響くだけになる。
「なぜ続きが鳴らないっ!」
「そういう仕組みだからだよ……」
「それならばー! 再生ボタンをポチッ!」
「あっ!」
僕のスマホは、昨日動画を開いたときにボリュームが上がったままだった。その設定のままだと、もちろん……。
『きーみーがーいるなーつーはー』
「大音量だった! ゆーちゃんなかなかやるなー!」
「家で動画見てた設定のままだから……」
急いでボリュームを下げる。そんな僕の対応に、唇を尖らせ机を叩く抗議の仄香。
「うえー? 音量ないとみんなで聴けないよー」
「分かった分かった。でも、ここは公共の場所だから、ほどほどにね?」
「むー。しゃーないなぁー」
なんとか納得してくれた仄香。僕は落ち着いて、周囲に影響のでない音量にする。
「この曲いいよねー。昔、お姉ちゃんと一緒に太鼓の鉄人でやってたよー。そんな良い曲を選ぶなんてさっすがー!」
「わたしも好きー。なんか~? 懐メロ特集みたいなのでよくやってるわよねぇ~。何年前の曲なのかしら」
「確か、二千年辺り……。これは歌詞が夏の恋の甘ずっぱさが、良キ……」
「やっば、懐メロで夏のメロディーとか強すぎじゃん」
「そうだね、強いよね」
「ああ、みんなの前でやるには、認知度の強い曲かもしれないな。知ってる人が多くて盛り上がりそうだ」
案外好評みたいだ。蘭子も仄香の謎ノリに冷静に付き合ってくれているし。この曲も低い曲で、僕はお父さんの部屋の邦楽特集とかで曲を知っていたけれど、断然生まれる前の曲だ。
「じゃあ最後。ボカロの曲。千本花火」
「な、ナンダッテ……ッ!」
「ほほう! テンションあがりそうだなぁー」
再生する前からテンションをあげるユズ。机を揺さぶるほどのノリっぷりで、隣で仄香もリズムを合わせ出す。
「知らない曲ねぇ。でも、なんだか盛り上がりそう~」
「そうだな。ボカロはファンが多いというから、入れてみると大盛り上がりかもしれない」
「反応が良くて助かったよ。それじゃあ、どれか一曲練習してみて、二曲目三曲目はその後にやるかどうかって事でいいかな?」
「オーケー!」
片手をあげた仄香だけの大声が聞こえる。ひかし、他の子も、男らしく親指を立てたり、女の子らしくほっぺたの前で丸を作ったり。ユズはなんだか例外で、大きな丸を頭の上に。
よしっ。これで練習まで一歩進んだ!




