第19話「やりたい曲」
「なあなあ。ゆりはす達もバンドを始めるってなぁ~? 学祭が楽しみだなぁー」
「ふっ、奏でる音のレボリューションで、自信の美学を昇華させるがいいさ……。オレのカッコ良さには敵わないだろうケド」
「応援ありがとう。茜さん、葵くん。僕ら頑張るからね」
二人に微笑ま手を握って感謝を伝える。すると、そんな返しの行動に照れたのか、茜さんも葵くんも、頬を染める。珍しいなぁ。たまには積極的に触れ合ってみるもんだ。
昼休みが始まった頃、席の後ろに楽器を置いていたからか、茜さんと葵くんに煽られるように応援されたのだった。やっぱりあんな大荷物を置いとくと目立つなぁ。本当は目立つことは好きじゃないのだけれど、百合ハーレムのためならと思えば仕方がない。
何かを言うでもなく、夏休み前から当然の行動のように、みんなが僕の席に集まる。そうして食堂へ昼ご飯を食べに行くのが定番だ。
食堂へと先に歩みを進める仄香が、後ろに振り返りながら歩く。何かを言い出す前触れだ。
「そういやさーソイヤッサー。曲ってどーするの?」
「ソーラン節にしちゃ~う?」
「それならソイヤッサーじゃなくて、ドッコイショーの方が合うかもね……」
「……ッ!? ソーランメタル……良いかもシレナイっ」
「確かにそれは面白い試みだが」
なんて冗談じゃなさそうな冗談を飛ばす。そういう自由なバンドも、いつかやってみたいモノだ。楽器を弾きながらソーラン節みたいに踊る……。面白そうだ。
「僕はみんなでやりやすい曲を三曲ほど見つけたけどね。その中から二曲やれれば良いかなと思ったんだ。あとで聴いてみる?」
「はぁっ! 仕事が早いなぁ! あたしはみんなで楽しめればなんでもいいよっ!」
「ゆ、百合葉ちゃん……。その曲は何……?」
僕が言うと、仄香と譲羽がキラキラとした目で見てくる。うんうん、この期待される感じ、たまらないなぁ。
「うん、曲は後でのお楽しみという事で。青春パンクが一曲、ガールズロックが一曲、ボカロが一曲かなぁ。全部出来るとは限らないし、後半二曲は、簡単に弾けるようにアレンジするかもしれない」
「百合葉は曲のアレンジが出来るのか。すごいな」
「そうよねぇ。音楽知識が元々あったのぉ~?」
珍しく蘭子に褒められる。そして、アレンジなんて大層な事を言ってしまったから、咲姫に問われてしまう。
「いやさ、ちゃんとした知識はないけど、それっぽいアレンジは出来そうかなって。なんちゃってアレンジだよ」
「へぇ~。でも、それをやろうだなんてすごいわねぇ~」
「へへへ。そうでしょ?」
なんて、自信の根拠なんてないのに、僕は照れてドヤ顔をしてしまった。失敗を恐れないのは良いことだけど、調子づく事はないようにしたい。
「それで? みんなはやりたい曲とかある?」
僕も後ろ向きにのまま歩いて、みんなの顔を見て問いかける。それぞれがすぐには案が出ず、首をひねるばかり。
「あたしはーあるにはあるんだけど、初心者には難しいみたいだから、諦めるよー」
「そっかぁ。出来そうな曲からやるっていうのも大事だからね」
提案者の仄香が出す曲が無いのは意外だった。本人の言うとおり、みんなで学祭にバンドをやれれば満足なのだろう。
「わたしも無いわねぇ」
「みんなで楽しめるならそれでいいさ」
咲姫も蘭子もないようだった。しかし、蘭子のみんなで楽しむという精神が育まれているのは、とても嬉しかった。出会った当初の冷酷さは何処へって感じだ。
「ユズは? 何かやりたい曲ある?」
僕が問いかけたとき、元々ひねっていた首をさらに傾げるゆずりん。うんうん、その仕草だけで萌え萌えポイントはなまる満点だなぁ。転んでしまいそうなくらいに傾いてる当たりが高得点だなぁ。
「アタシは、エッジの効いたデスボイス曲がやりたいケド、声も演奏技術的にも無理だと思うノ……。だから、百合葉ちゃんのボカロ曲に、期待シテル」
「なるほどね。ユズの好きな曲だといいなぁ」
「うん。でも、楽しみは後にとっておくカラ……っ」
「そうだね」
そう言っているうちに僕らは食堂の一角にたどり着いた。そして、学食組が食べ物を求めて席を離れていくのを眺めつつ、弁当組である咲姫と女児アニメの主題歌の話で盛り上がるのだった。
※ ※ ※
弁当やら総菜パンやら学食やらを食べ終わった僕たち。弁当とは言っても、僕は前日のおかずの残りと冷凍食品オンパレードによる楽ちん弁当だ。ブロッコリーやらカボチャやらオクラほうれん草やらと野菜をふんだんに入れてるし、きっと健康を害することは無いだろうと。
そんな僕らはそのまま、すいていく食堂に残って雑談していた。みんなで囲うように、譲羽が楽器屋さんで撮った写真を見せてくれているところ。コンパクトデジカメは疲れるからなのか、最近はもっぱらスマホ撮影……。うん、学校の備品だもんね。扱いにくいよね。いよいよ写真部らしさが無くなってきてる……。
でも、とりあえず僕は場所が欲しかっただけだしっ? 百合百合部なんて作れないしっっ?
「あー、このゆーちゃんカッコいー! LIMEでアルバム作っといてよー」
「ワカッタ……素敵な百合葉ちゃんをまとめてみセルっ」
ユズのスマホ画面をのぞき込む仄香が、机をバンバンと叩いてテンションをあげる。食堂にそんな音が広がっても、この学校の子たちはマイペースなのか、全く気にされる素振りはない。嬉しいのやらなにやら。
「変な写真はやめてよー? あっ! これ駄目!」
「ええー? いーじゃん! 面白いし! なんならスタンプを作っちゃう?」
「変顔がずっと残るのはイヤだよ! 消してね? ユズ?」
譲羽がスマホ画面をスライドさせると、目閉じかけの変な顔の僕の写真があったのだった。そんなものは残って欲しくないから、ユズにウインクして削除を要求。
「なんだ、間の抜けた良い表情の百合葉だな。あとでシェアしてくれ」
「こういう顔ってなかなか見られないわよねぇ。ちょっと見るのが癖になっちゃうかも……」
「二人ともやめてね?」
蘭子と咲姫まで、ニマニマと僕を煽る始末。うう~ん、僕の写真で盛り上がるのは、ハーレム主として正しいのかどうか……。
「でも、アタシたちは写真部。日常の一風景を切り取るのが本業……だから、みんなの写真や風景は、余すことなく残すノ。だから消せナイっ」
「そ、そっかぁ。僕の変顔が残るのは残念だなぁ……」
彼女がそこまでこだわるのなら仕方がない。それにしても、彼女はちゃんと、写真部としての活動を意識してくれているみたいだ。写真を撮るのが好きとか? ともかく、活動が口先ばかりじゃなくなるし、僕らの思い出写真も増えて、嬉しいことだ。
「それでさー」
仄香がタカタカタンと机をリズミカルに叩いて僕らの注目を集める。こういう時は、話題を変えて何かを言う合図だ。
「ホントーにゆーちゃんがみんなに楽器を教えてくれるのー? ゆーちゃんギターでしょー?」
「大丈夫だよ。なんとかするさ」
「ホントにー? アントニー? ホントにアントにー?」
「アントニーって誰……。ともかくね、みんなで頑張れるように、僕が急いで覚えた事を教えるだけだよ。学祭にみんなでバンドやるためにもさっ」
「そっかぁー。そこまで言っちゃうなんてー、頼りになるなー」
「仄香の頑張りも必要だからね?」
「うぇー。頑張るのはつらいなぁー」
と、唇を尖らせる仄香。バンドやりたがりの言い出しっぺとはいえ、練習や頑張りというような堅苦しいは苦手みたいだ。ならば尚更、努力とかそんな堅苦しい練習にならないようにしないと。
理屈で教えるのは得意だけど、楽しさを伝えるというのはどうにも苦手だ。そこも考えて、みんなで楽しめるバンドにしよう。




