第18話「楽器初心者の練習法」
電車でみんなと別れ今は家に。残暑の少し残る季節に、大荷物じゃあ汗がひどい……。パパッと体を吹き終わってから、家着に着替えて、ちゃちゃっと晩ご飯を作る。そして、急いで食べ終えて部屋で待つお宝の元に……。このドキドキ感は、急いでるからじゃない……。
「う~ん、カッコいいなぁ……」
黄色を基調にして周りを橙色が覆うギター。名前はフォンくん。六本のネジみたいなペグがギターヘッドの左右に並び、その横に、音を正しく調整するためのデジタルチューナー。
この辺の細かい機材はおまけでもらったものだ。同じくおまけにもらえたギタースタンド上で、光が降り注いでいるかのように見える瓜型のギターを手に取る。シンプルな黒いストラップを左肩に掛けて、僕の首からぶら下がる。鏡に映る僕の姿は、なかなか様になっていて、少し心が躍ってしまう。
パワーコードだったかな。ドとソ、レとラみたいな組み合わせ。調べたら、第一音がドだとして、第五音のソの音との相性が最高らしく、それぞれの音毎に相性の良い音があるそうだ。そのたった二音を押さえるだけでもロックでカッコいい響きになるのだという。まずはそれが弾けるようにしないと。
イヤホンへと出力出来る小さい機械をギターに接続し、片方だけ耳に掛ける。ボリュームはよく分からないけれど、僕やギターネックに一番近い側がフロントボリューム、その左下がリアボリュームというらしく、ソロやらロック調やらで使い分けるらしい。とりあえず、ソロなんて小難しい事は後回しで、リアボリュームとやらをメインに使おう。
ボリュームをほどほどにあげてチューニング。正しい音かを確かめるチューナーは、生音でも拾ってずれているかを表示してくれるみたいだ。ノートパソコンで調べた画面を見ながらチューニング。EだのAだのと表示の針が真ん中にくるよう合わせていく。
そして、綺麗な音が出せるようになった気がする。そこで、パワーコードとやらに挑戦……。音山さんに聴く前から、一通り初心者の練習法は調べてあったのだ。だから、音山さんの話を聴いて、頭ではちゃんと理解出来ているはず。人差し指の二個右一個下に薬指を……。
「ぐっ……手が痛い……し、届かない……」
ジャーンという音すら難しかった。いや、軽音楽部に行った時からは気付いていたけど、思ったよりも辛い練習になりそうだ。
まず、手首を曲げるのが辛くて腱鞘炎になりそう。そして、指が開かず届かない。パワーコードというのはネットで調べて、指の形は理解したのだけれど、そんな簡単な二本だけのコードでも、指が開かないなんて……。
「くっ……。じゃあこれならどうだっ!」
僕は机の中からいくつかまとめ買いの裸消しゴムを取り出し、ちょうど良い厚さで並べて指の間に挟める。そうすると、無理やり開かれて、辛いけれど良い開き癖が付きそうだ。
パワーコードは細い側の……一弦から四弦、もしくは、一弦から三弦と太い六弦を軽く人差し指で振れさせて、音が鳴らないようにするみたい。初心者向けのサイトを見ながら再確認。それじゃあまずは、人差し指に一弦と四弦を……軽く乗せて……。
「ああ難しい。でも、出来ないこともなさそう……。この慣らし作業だけで時間を食われそうだなぁ」
しかし、僕はいち早く覚えないといけない。突然楽器を始めるというのは大変な事だ。そこでもし、僕がみんなより先に覚えてみんなに教えたらどうだろう? ふふふっ、僕の評価はうなぎ登りだ……。みんなの目にはカッコ良く映るだろう。
難しいこともなんなくこなすイケメン女子、うぅ~ん、憧れるなぁ。ならば、効率と要点を抑えて、とにかくやるっきゃない。
僕は、利き腕じゃない空いた右手で、色付きシールを取り出し、CDEFGABと書く。ドレミファソラシの順番だ。ドはリーダーだから赤色。レはレモン色。ミは緑色、ファは……ファンタジーとかファンク? ピンク? とか悩んだ結果として桃色、ソは空色、ラはラッパの橙色、シは白色と、パッと見で音の場所が分かるように片手だけで書いて貼っていく。これで、いざシールが無くなった時でも、何となく位置を覚えられているはず。
指を開く慣らしの作業も、色付きシールにアルファベットを書いて覚えるのも、ギターを買う前にネットで下調べした情報だった。そういう風に練習する人がいるらしい。その情報を見て、理にかなっているなぁと思った。だから、未経験の内容でも、出来ないと思ってるわけじゃない。
小学生だって指先を見ないでドレミファソラシとリコーダーを吹けるように練習するし、鍵盤ハーモニカに目印シールを貼って始めるんだし、シール量が多少増えたくらい良いだろう。そんな事よりも、どこを押さえているのか理解せず、直感的に指先に覚えさせるのが遅くなる方が効率が悪い気がした。
「あれっ? 良い感じの音が出た! うわぁっ! カッコいい~!」
ジャーンとロックギターらしい音が出せた。よし、今の指の位置をしっかり覚えて、指を開いて持ちっぱなしの練習を……。
「でも、この慣らし作業……ダルいなぁ」
左手は埋まっているけれど、右手と両足が空いている。考える頭も残っている。この余った時間で、アニメを見るか、他の楽器の練習方法を調べるか……。
「よぉっし。楽に練習する方法が見つかりそうだ」
僕はネットでメトロノームアプリをダウンロードして、スマホ片手に検索するのだった。内容は、ドラム、初心者、練習法で。
※ ※ ※
初心者の練習法を調べ尽くして翌日。僕はちょっとフラフラになりながら登校。いつもより遅い時間だ。教室に居た仄香が真っ先に僕の元へと飛んでくる。テンションは高めみたいだ。
「おはよーゆーちゃん! ……どったの? 目の下クマひどいよー?」
「いや、ちょっとね……。ギターの練習をし過ぎて」
「うぉ~っ! ガチやる気じゃーん! あたしも、ドラム練習パッドを机の上に置いて練習したよー」
「おっ、いいね。仄香も頑張ってるじゃん」
「へっへー。みんなでバンドやりたいって言ったのはあたしだからねー」
「うんうん。仄香のお陰で楽しくなりそうだよ。ありがとね」
「な、なんだか照れますなー」
と、撫でたりしてちょっとした百合百合タイム。元気っ子はこれだから癒される……。一気に眠気が吹き飛びそうだ。
しかし、そんな僕らとは対象に、咲姫と譲羽は低いテンションみたいだ。どうしたのだろう。
「おはよー。そんなに落ち込んで、何かあった?」
「何かって言うか……ねぇ」
「キーボードが……難しカッタ……。左手のコードが出来る気がしない……。アタシは結局、過去と同じ敵を倒す事が出来ないノ……。情けない女……」
「そんなに思い詰めなくても大丈夫だよ。なぜなら、僕がついてるからね」
なんて言ってユズは、僕の席に座ってぐったりと机に突っ伏す。宥めるために僕はユズの頭を撫でる。突っ伏したままでも、この子の癒しになれたらなと。
しかし、この様子なら、咲姫も練習が思うように進んでないと見た。じゃあ、蘭子はどうなんだろう。
「蘭子は? 練習は難しかった?」
「んっ? いや、やってないが」
「えっ? やってないの?」
「ああ。調べるのも面倒で、やらなかった。だから百合葉、調べて教えてくれ。あれこれ試行錯誤するよりも、習った方が効率良い時もある」
「全くアンタは……」
楽器屋さんで結構良い感じに弾けてたというのにこの子は……。こんなにめんどくさがりだったのか。そういえば、蘭子の学力ならトップクラスに入っていない事に違和感だし、元々めんどさくがりなのかもしれない。それと、僕に教えてもらいたがりなのか。
「でも蘭たんの気持ちも分かるかなー。れんしゅー方法調べんのってよく分かんないしめんどいもーん。だから、あたしはドラムっぽく叩いて遊んだって感じかなー」
「そっかぁ。やっぱりみんな難しかったんだね」
仄香の言葉に、他の子も頷いていたから、みんな同意見なんだろう。いくら秀才とて凡才とて、新しい事を始めるのは大変みたいだ。ならばやはり、僕が一歩踏み出すしか無さそうだ……。
「それじゃあみんな、放課後に軽音部の部室に遊びにいこ? 練習方法を見つけていこうよ」




