第15話「楽器選び」
「二万円以内で。好みは、低音がしっかり効いてて、黒い感じのカッコいいベースをお願いします」
「はいは~い。じゃあ初心者用のあれかな~」
僕らと同じように金額を告げて、音山さんに初心者向けのベースを選んでもらう蘭子。二万円というのは、僕らと肩を並べたいからなのだろうか。蘭子のお財布事情は知らないけれど、もうちょっと出しても良さそうな感じ。
「こんな感じ~? 見た目は好みかなぁ~」
「黒いベース……。弾いてみてもよいでしょうか?」
「どうぞどうぞ~。そのために今準備するからね~」
と、またもストラップを付けてシールドを刺してと。おっ、スピーカーアンプの電源を入れる前に、ボリュームをゼロにしているみたい。あの作業は、案外大事なのかも。
「はいど~ぞ~。肩から掛けてみて~」
「はい」
蘭子は受け取って、首からストラップを通し左肩に掛ける。おお……良い感じだ……。
「オシャレでカッコいいね。蘭子、似合ってるよ」
「ああ、そりゃどうも……」
ちょっと照れくさそうに視線を逸らす。可愛いなぁ。僕もパシャパシャ写真を撮っちゃいそう……と思っていたら、譲羽がすでに撮っていた。でも、僕も負けじと撮っちゃお……。スマホのカメラを向けると、蘭子はムッツリして自然な表情が撮れなくなってしまったけれど。ざんねんだけどやっぱり可愛い。
蘭子が持つベースは全体的に真っ黒なベースだけれど、ピックガードというプラスチックの板が、まだら茶色のべっ甲加工になっていて、琥珀みたいな綺麗さがちょっぴりオシャレだ。そしてギターよりも大きく見えて重そうな印象。
「ベースのがギターより長いよねぇー。なんでだろー」
「そうだよね。何か理由があるのかな」
「うーん。初心者ならあんまり気にしなくていいかもだけど、ベース特有の低音をしっかり響かせたいなら、長い方がオススメって感じくらいかな~。でも女の子だし~、もし指が届かないとかで合わなかったら、ショートスケールのベースもあるから、安心してね~。そっちの音の方が好みって人もいるし~」
仄香と僕の質問に音山さんは応えてくれる。しかし蘭子は首を振って、否定の様子。
「なるほど。でも、私はこちらで大丈夫です」
「持った感じはでしょ~? 音の好みも大事だからさ~。さあさあ試しに弾いてごらんよ~」
「はぁ」
蘭子はちょっとやる気なさげにピックで一番太い弦を弾く。流石はベースで、僕らエレキギターの時とはちょっと音が違うのかなぁと思ったら、左の手で三つ目の四角の場所を押さえていた。ああやって押さえる場所を移動する事によって音を変えるらしい。
「おおっ! やるね~。それはアルファベットで言うところのG。ドレミファソで言えばソの音だよ~! その銀色の鉄の線をフレットと言って、押さえる場所はフレットからちょっとヘッド寄り、つまりすぐ左側がベストね~。これはギターも一緒だよ~?」
「はぁ。しかし、ピックというのはなんだかまどろっこしいです」
「そっかぁ。じゃあ指ではじいて弾いてみようか~。人差し指か中指だけで手前に一瞬引っ掛けて離すように、ベーンベーンって鳴らしてみて~?」
「はい」
音山さんにビックを預けて蘭子は中指で一番太い弦を鳴らす。さっきと同じ、ソのGの音が、ベーンベーンと鳴る。すると蘭子の表情はちょっと楽しそうに色づく。柔らかい微笑みだ。指ではじく感覚というのはよくわからないけれど、結構良い感じなんじゃないだろうか。
「オーケーオーケー! 完璧! それを人差し指と中指交互に出来るようにしたら、指弾きは完璧だよ~!」
「そうなんですか」
流石の蘭子も、褒められすぎてちょっと頬をかく。そんな様子も、ゆずりんは角度を変えてパシャパシャ撮っていた。いいね、後で写真ちょうだい?
「蘭子上手いね。前にも触った事あるとか?」
「いや、いつ百合葉を抱いてもいいように、中指のトレーニングは欠かせないからな」
「馬鹿……っ! こんなところでやめてよっ!」
蘭子がいきなり中指をくいくいっと曲げてレズネタ振ってくるもんだから、僕はつい店員さんを見てしまう。ニコニコと微笑むだけの音山さん。だ、大丈夫そうかな……?
そして落ち着いてから、僕は蘭子の指を見る。綺麗な指なのに、全部の爪が綺麗に整っていて、特に中指は深爪気味だ。流石はレズ……侮れない……。
もしやと思い、咲姫の指先を見やる。やっぱり短い。仄香。ガッツリ短い。譲羽。元々横長で多少伸ばしても問題なさそう……。でも、レズじゃなくても深爪気味にはする子も居るか……と思ったところで僕はやめた。楽器屋で当然のようにシモ妄想だなんて、蘭子の変態遺伝子が移ったみたいだ……。
※ ※ ※
次は譲羽のキーボード選び。しかし、いきなり譲羽は十万近い物を選ぶ。
「これを……試演奏、したいデス」
「これ? いいけど、女子高生には高いよ~?」
「ダイジョブデス。いっぱいあるカラ」
「わわわっ。そんな簡単にお金を出しちゃあダメだよっ! お金は支払いの時だけね?」
「ゴメン……」
と、譲羽が財布から万札を音山さんに見せたところで僕はその手を押さえ、お札を引っ込めさせる。音山さんが良い人とは言え、外で万札を見せる女子高生は狙われないか怖いものだ。
「ハープシコード……という音で遊びたいの……デス」
「ハープシコード? ちょっと待ってねぇ~」
音山さんは壁に掛かっていたキーボードを下ろし、X字の黒いスタンド上に。そして配線周りを差して、キーボードの画面を見ながらボタンを操作し、何かを探す様子。そして見つけたようで、ちょっと音を鳴らして譲羽に席を譲る。
「さ~さ~どうぞ~? お気に召すといいけどな~」
「は、ハイ……」
譲羽はぎこちなく頷いて、そしてキーボードの鍵盤の上に手をかざす。そして、迷うことなく最初の一音を弾いて、カエルの歌を弾き出し、うっとりと音に酔いしれる譲羽。こういう音が好きなんだ。意外なもんだ。
「はえ~。ゆずりん弾けてるじゃーん」
「なんだか不思議な音だね。地中海みたいなオシャレな音だ」
「チェンバロの音よねぇ~? ヴィヴァルディの協奏曲でも、よく使われてる楽器よぉ~」
「確か、英語ではハープシコード、ドイツ語ではチェンバロと言うはずだ。なかなかオシャレなカエルの歌だな」
驚く仄香に続いて、僕、咲姫、蘭子と続く。なるほど、チェンバロの音と聞けばなじみは多少あるように感じる。ハープうんちゃらっていうから、ハープの音かと思った。関係はあるのかな。
「昔ピアノやってたって言ったけど、実は初歩的なののくらいしか弾けないノ……。左手の練習が嫌で、投げ出しちゃっテ……。猫踏んじゃったも、弾けなかっタ……」
「充分弾けてるよー。それでも弾きたい曲があるなら、これから練習すればいいし」
落ち込む譲羽をなだめる。基本の簡単な曲が弾けるなら、左手だかの練習も出来るはずだし。
「そうだよ~? 譲羽ちゃんだっけ? みんな左手で挫折しやすいからね~。もしかしたら、そっちのお高いキーボードよりも、こっちの方がいいかも?」
言って音山さんは、別の台に移動する。そこにはすでに台の上に置かれている白と黄緑の明るいキーボードが。
「こっちのはね~。練習にすっごくいいんだよ~? 何せ、押さえるところを光ってナビゲーションしてくれるからね~。しかも、最近のポップな曲も入ってて練習できるから、初心者の練習にはオススメっ!」
「それにシマス」
「はやっ」
ゆずりん即答だった。いっさい試していないのに、いいのだろうか。
「おーおー? お早い決断だね~。そんなにナビゲーション機能が良かった~?」
「ハイ……。挫折するよりも、練習しやすさだと思うノデ……。そのためなら、お気に入りの音は……我慢スルっ!」
「まあね~。確かに、こっちのハープシコードは好きじゃないかもしれない。でも、譲羽ちゃんの言うとおり、挫折はしにくいと思うから、それもまた、良い選択だよ~? とにかく試して決めちゃいな~?」
「ハイ……っ」
しばらくバンド編です。
楽器知識が半端の初心者ですが調べながら書いてはいますよ?
読んでる人が楽器を始める後押しになったりしないかな~って思いつつ。




