第13話「楽器屋さんの音山さん」
そしてついに、待ちに待った放課後。授業中は真面目に勉強したい僕でも、流石に上の空になりがちだった。そうなってしまう程にも、突然降って湧いたようなバンド話、ギターを買う話に夢中になってしまっている。
軽音楽部の子たちにざっくりと購入のコツを訊いて、僕らは楽器屋さんへ。唄佳ちゃんたちもギターを買った場所で、ギターボーカルの事からドラムの事まで知識の広い店員さんが初心者大歓迎と言わんばかりに丁寧に教えてくれるから、下調べはあまり要らなかったそうだ。
街の大通りから、商店街に入っていく。休日だったらたまにくるこの場所も、平日だとそこまで人も多くなく、みんな学校帰りの学生ばかりに見えた。
西日がちょっと眩しくなってきた平日の夕方。まだ働き盛りの大人たちが来るには早い時間だから、空いているのだろう。楽器屋さんの外からでも、店内に人が少ない事は丸わかりだった。それでも、店員さんは二人見えるから、色々と楽器について質問しても問題無さそうだ。
「いらっしゃいませ~」
「いらっしゃいませー」
ガラスの扉を開ければ、こだまするように店員さんの声が続く。一度、僕らお客さんに対して笑顔を向けるその雰囲気は、僕らも緊張せず訊けそうな気がする。いくら唄佳ちゃんたちがオススメしてくれた店とは言え、怖い店員さんだったらどうしようかと思ってたから。
「すっごい量だー! ギターだけで百本くらい並んでんじゃないっ?」
「百本はないと思うけど、圧倒されちゃうよねー。じゃあーまずはギターからかな」
「そうだねー。そうすっかー」
店員さんの挨拶に会釈をし、仄香の先導に僕らは店内の大半を占めるギターコーナーへ。ギターコーナーというか、ギターショップの中に、ベースコーナーやキーボードコーナーや、ドラムコーナーがある感じ。そのくらい、物量ではギターが山ばかりに立ち並ぶ様子が視界に飛び込んでくる。
壁のフックにギターが掛けられていたり、金属の頑丈なラックにギターが掛けられていたり。本当に凄い量だ。上下二段に分かれているから、少し上を見上げる形になる。
「うっひょーっ! カッコイー! これのギザギザヤバくない!? もう悪魔的メタルだよねぇー! ゆずりん、こーゆーの好きでしょ!」
「まあ……。テンプレ感あるケド。好き……」
「面白い形だね。見る分には、僕もこういうの好きかな」
仄香は黒くてトゲトゲしたギターを指さして、譲羽も僕に言うように顔を向けて言う。なんだ、僕と共有したいのかな? 可愛い中二っ子だなぁ。確かに中二心が擽られニヤケてしまうデザインだから、僕も好意的な感想を。
「でも、こんなカッコ良くて五万円なんだねぇ。初心者ギターはみんな無難なデザインで、それ以外は十万越えのかっこいいやつなんだと思ってた」
「思ったより色々デザインがあるわよねぇ。これなんか、女子向けって感じのデザインだしぃ~。しかも、安ぅ~い」
咲姫が指さしたのは、床のギタースタンドに立てられた派手なピンク色のギター。本当に、プロというよりも僕らみたいな学生初心者バンドが使ってそうな見た目。無難な形だから安いのかなぁ。
「咲姫はこれなんかどう? 黄色ベースにハートがいっぱい並んでるギター。ちょっと可愛いでしょ」
「ちょっと奇抜な色合いがオシャレで良いわねぇ~。形も太った鳥さんが羽ばたいてるみたいで可愛い~」
「へぇ、太った鳥かぁ。言われてみればそうかも……。咲姫にはそんな風に見えるんだねぇ。なんだか面白い」
こういう曖昧な形って、人それぞれの感性が見られて良いものだ。僕なんか、昔やったRPGゲームの、ハルバードとかそういう武器に見えたもん。ギターをぶんぶん振り回して戦う様子がね。浮かんじゃったよね。元々ゲーム脳だから……。ゲームをやめてもゲーム脳は治らないものだ……。
「百合葉ちゃん……それ……買わないノ? 似合いそう……」
「でも四万だしなぁ。二万円足りないよ。僕の好きなギタリストのモデルだから、欲しいには欲しいんだけどね」
「じゃあアタシが残り二万円を……」
「ダメダメダメ! ユズにはお金は出させないからっ! それに二万円なんて額は重いよっ!」
「アタシの推しが、少しでも素敵になるなら……その為の投資は欠かせナイ……。それだけなのに……」
「そ、それでもね……? 僕は好きな子に必要以上にお金を出させたくないんだ。ごめんね?」
それよりも、僕はユズにとっての推しなんだ……。王子様で恋人で推し? 二次元キャラや三次元アイドルみたいで気恥ずかしいけれど、でもそういう立場になっていいものかと、ちょっと違和感がある。
「さて。じゃあ店員さんに訊こうか。唄佳ちゃんが言うには、ここのお姉さんが初心者大歓迎で丁寧に教えてくれるらしいから」
「そうだねー。見てるだけも楽しいけど、なんも始まらないもんねー」
と、僕らはギターの整備をしている店員のお姉さんの元へ。近づくと、ストレートの長い茶髪に、桃色に染めた一房が映える。根っこの色ムラがあるから、エクステじゃなくて、がっつり染めているのだろう。この人の髪色に対する本気度が伺える。店員さんとしてギリギリラインの化粧の濃さで、バンドが好きそうな人だ。
「いらっしゃいませ~。何かご用でしょうか?」
「あのぉ、姫百合女子学院の軽音楽部の子たちの紹介で来て、僕らもバンドを始めようかと思ってるんですけど……」
「ああっ、もしかして唄佳ちゃんのお友達っ!? バンド始めるのってワクワクだよねぇ~。話は聞いてます~! あっ、私は音山と言います~!」
と、元気にニコニコと、本当に嬉しそうに笑う音山さん。エプロンの名札を見せてくれる。派手な見た目の割にピュアな感じだ。
そんな店員さんと連絡先まで交換していたのかぁ。唄佳ちゃんやるなぁ。ギターのメンテナンスに必用だからかもしれないけれど……。
僕らの件を唄佳ちゃんが気を遣って連絡してくれていたみたい。あの子も純粋そうだし良い子だなぁ。今度お礼を言っておかないと。
「それで? ギターを始めるのはどの子かな~? みんな? 多分、一人二人だよね~?」
「はい、僕とこの子に――」
「わたしと、この百合葉ちゃんでぇ~っす!」
と、食い気味に咲姫が手を挙げる。ついでに僕の紹介。そんなにアピールしたかったのかな。
「ああ、百合葉ちゃんっていうのね~っ! アナタはー?」
「わたしは、咲姫、と言いまぁ~っす! よろしくお願いしま~す!」
「はいはい、百合葉ちゃんに咲姫ちゃんねぇ~。二人とも綺麗だから、良いギターのコンビになりそうね~」
「やぁ~んもう~っ! 店員さんったら口がうまぁ~い!」
「やだぁ~。ホントの事だから~!」
と上機嫌でハイテンションな咲姫ちゃんと、店員さんも同じくらいハイテンションなのだった。
「それでどうするのかな~? ギターはオソロ? 色違い? それともあえて別々にしちゃぁう?」
「そうなんですよ。その話もしてて、お互い好きな音の物で歩み寄っていこうかって話してました」
「何それかわい~っ! 良いよねそういうの~! なんかザ青春って感じ~。そういうノリで始めちゃうの、お姉さんも好きよ~?」
「ははは。分かってもらえて何よりです」
なんだか僕らの気持ちをすごい理解してもらえてる感じだ。まさに、青春したいからバンドをやるっていう安直な発想。そういう安直さが、本気の人たち、店員をやるような人たちに嫌がられないか心配だったのだ。
「そういうお友だちのノリで始めるの、大事よ~? なんだかんだ、音楽が好きで始める人は頭堅くて、ノリが合わなかったりするも~ん。それよりも、みんなで楽しくやっちゃお~う的なね~? そういう気軽さでバンド始めるのも、アリアリよ~」
「そうなんですか。音楽が大好きで始めないと、怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしました」
まさに僕が思っていた不安を宥めるように言われたものだから、僕は音山さんに素直に感想を言ってしまった。すると彼女は、寂しそうに微笑む。
「居るんだよねぇ~。そういう人たちって確かにさ~。でも、音を楽しむで音楽だよ? みんなで音を楽しめた方が良くない? って……。それなら、すぐ投げ出しても良いから、とりあえずやっちゃお~的なね~? あっ、これさっきも言ったかぁ~。とにかく、楽しんだもん勝ちさ~。それだけでもみんなはエラいっ! 良いことだぞ~?」
「あははっ。ありがとうございます」
つい自然と笑ってしまった。彼女の人の良さと楽しさのお陰だろう。音楽関係なしに、良い人に巡り会えた気がする。
「ままま。こんなエラソーな事言ってるけど~。私は別にプロレベルで上手い訳じゃないからね~? でも、他人の音楽に口出しするのは、どーせ周りと上手くいってないハンパ者ばかりだからっ! 本当に上手い人たちはみんなで楽しむ気持ちを大事にしてくれるからっ! だから安心して!」
「はいっ。音山さんに相談しに来て良かったです!」
僕が言うと、流石に照れ臭かったのか、音山さんは頬をポリポリかく。そして、所在なさげな視線を宙に漂わせた後、思い出したようにパンと手を叩く。
「はははっ。そういやまだギターの話すら進んでなかったね~。さてさて、君たちに合うギターを探そっか~」
「お願いします!




