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百合ハーレムの作り方  作者: 乃麻カヲル
第2部二章「百合葉と美少女たちの秋」
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第04話「夏終わりの地震」

 まずいことになった……。



 たまたま、土曜日に中古本巡るぶらり旅を一人実行した日の事だった。



 地下鉄からバスに乗らないといけないほどの交通の便の悪さ。しかし、そういう古本屋に限って、お宝書籍が眠っていたりするのだ。しかし、そんな場所で……。



 まさか地震に遭うだなんて……。



 お店やコンビニは当然停止。バスを含め公共の交通機関は全て停止。タクシーは捕まえるのが大変だけど、そもそもお金が足りない。



 やっばいなぁ……。



 周囲の人たちはみんな、車だのお迎えだのロードバイクだので帰ってしまい、コンビニ前に集まっていた人の中で避難所へ行くのは僕一人みたいだった。



 うちには車が無いから、お母さんが迎えに来てくれる事もない。結果として、保育園でお母さんのお迎えを待つように、他の知らない人たちが帰っていくのをただじっと我慢するしかなかった。あの空虚感は、この歳になっても辛いものだ。



 そうして今、目の前に広がるのは、だだっ広い体育館に二十人も人の居ない、寂しい避難所生活。ぬるい水が飲めるだけで、他には寝袋とランタンくらいしか支給されていない。人が少ないだけ密集率も低いから、人ごみが苦しくは無いにしろ、心の隙間に寂しい風が吹くように感じる。



 この規模を見るに、地震の被害が少ない場所だったから、たまたま運が悪く家で寝泊まりできなくなったとか、仕事やバイトで帰れなくなった人たちなのだろう。それでもこの人数……。遠くの土地まで一人で行くものじゃないなと痛感する。



 僕は今晩ここで泊まるのかぁ。夏の残暑はもう過ぎてしまったみたいで暑苦しくはないけれど、それぞれの寝床を分ける壁なんてものは無かった。電気は停電。まだ夕方だから明るくとも、そのうち暗くなれば残るは小さいガスのランプ。あれでトイレまで行ってあれで寝床を照らすだなんて、全く見えないじゃないか。もし暗がりで悪い人が近付いたら、僕みたいな独り者はどうなってしまうか分からない。



 すごく……怖い……。



 携帯の充電も残り僅か。せっかく持ってきたモバイルバッテリーなのに、充電を忘れるとか馬鹿の極みだ……。心細い気持ちを紛らわすために、たまにメッセージアプリを開くけれど、電波が届いてないのか、ほとんどメッセージが送信されない。もちろん電話も出来ない状況だった。



 怖い……怖いよ……。



 少しずつ薄闇が広がっていく。本当にこんなところで寝泊まりするのか。ふっかふかのお布団は? シャワーは? あったかいご飯は? 衛生面は? それ以外にも、不安な事が多すぎる。



 お母さんも仕事先で泊まり込みだったから、帰れないはず……。他にメッセージといえば、ハーレムのみんなだけど、二時間前にようやく送れたメッセージには、既読すら付かない……。みんな、電波がやられているんだろう。僕は完全に孤立無援だ……。



 咲姫……ユズ……仄香……蘭子……。みんなと会いたいなぁ。元気だと良いなぁ。



 昨日学校で会ったばかりだと言うのに、もう会いたくて震えている。連絡が出来ない1日は、連絡が出来る土日の2日間よりもずっと長いのだ。



「百合葉!」



 そんなとき、蘭子の声が。ああ、美少女が愛おしすぎて、いよいよ幻聴が聞こえるようになってしまったかな……。百合百合な美少女って麻薬みたいな作用あるしなぁ。百合麻薬、マジックリリィだなぁ。



「百合葉! しっかりしろ、百合葉!」



 んんん? どうにも鼓膜が震える感覚が懐かしい。もしや、誰かが呼んでくれている?



「大丈夫か、百合葉っ!」



「あれっ……蘭子? どうしてここに?」



「良かった。君のラインのSOSを見て飛び出してきたのさ。両親は車を置いて出掛けてたから、今なら行けると思ってな」



 そうやって僕の問いに丁寧に答えてくれた蘭子だけれど、僕の頭にはその内容が全然入って来なかった。まさか現実に彼女が居るだなんて……。ただただ寂しかった気持ちが決壊して、涙が頬を伝うのを拭うことも出来なかった。



「ああもう、よしよし……不安だったろう? 怖かっただろう? でも、もう大丈夫」



 言って彼女は僕の唇に軽く口付けて、そしてキリッと表情を整えて言う。



「安心しろ。私が来た」



 それは、百合百合な再開だったはずなのに、少年マンガのヒーローみたいにかっこよかった。



※ ※ ※



 電気の無い街。対向車が居なければ、まるで真夜中の山道を通っているんじゃないかというほどに真っ暗な道路。



 信号機も地震の影響で停電しているのかどこも付いておらず、車のライトで照らせばほんのり信号機そのものの色が見えるだけだった。まるでゴーストタウンに迷い込んだみたいな怖さがある。大きな通りなのに、人がすっぽり消え去ったような。



 そんな中、どういう運転技術なのか。交差点に入っても空気の読み合いでスムーズにハンドルを操作する蘭子。マナーの守れる日本人相手だからこそ出来る芸当なのだろうけど、それをこんな美少女が出来るものなのだろうか。



「蘭子……免許持ってたんだ……。あれっ? そもそも免許って年齢が……」



「……いいか? 百合葉」



 疑問に思う僕の言葉を切るみたいに、蘭子は僕の唇に空いている左手の人差し指を押しつける。それ以上言ってはいけないとでも言うように。



「私たちは今、十八歳を過ぎた大人だ。オーケー?」



「そういう問題じゃないと思うけれど……」



 年齢じゃなくて免許でしょ免許。車の普通免許なら僕らの年齢で取れるのは……ええと。



「ちなみに、震災後に百合葉に会えない寂しさでやけ酒をした。でも、十八を過ぎてるのだからオーケーだ」



「それ飲酒運転じゃないっ!? しかもお酒は二十歳からだよっ!」



「冗談だ。運転してるんだから、揺らさないでくれ」



 突然のネタばらしに、僕の熱くなったツッコミ魂が急速に冷やされる。冷静に考えれば、嘘だって分かるじゃないか……。そうだよね、うん……。



「わ、分かってたけどさぁ……。なんだか調子を狂わされるなぁ……」



「それとも? どこか静かな所に車を止めて、この車を揺らすくらいに熱いコトをしたいのか? 全くもう……っ。百合葉はエッチだな?」



「エッチなのはアンタの脳みそだ! このセクハラ魔神!」



「ふふふっ。すっかり元気を取り戻したじゃないか」



「……まあそうだね」



 ……なんなのその気遣いの仕方はっ! ついうっかり惚れちゃうじゃないかっ! いやもう惚れてたねっ! 僕は蘭子ちゃんの事大好きだったね!



 蘭子の運転がやたら上手いなぁと思って訊ねれば、彼女は父が運転する車に乗る度に、運転の注意点を教え込まれたのだという。実際に運転しなくても、小さい頃から積み重ねた知識で、こんな非常事態でもスムーズみたいだ。頭では理解できるけど、そこには彼女のただならぬセンスを感じる。



 大きな急カーブからいつもよく見る通りに出て、ここもゴーストタウンみたいに電気が通っていないことに落胆する。この様子だとうちも停電のままなのだろう。ラジオでは復旧した地域もあるみたいだけど、ほんの一部みたいだ。



「ありがと、蘭子。僕は何も返せないけれど、でもこの恩は絶対に忘れないよ」



「ああ。それなら問題ないさ」



 もう間もなく我が家に着くから……と、僕は別れの言葉の前に言うべき感謝を口にする。蘭子も殊勝なもので、恩を返す必要が無いだなんて……。セクハラばっかりするけれど、こういう真面目な時にはしっかりした子なのだ。僕は良い友達を持ったなぁと心を温かくする。



 ……だがしかし。



「あれっ? 蘭子? 僕の家通り過ぎちゃったよ? もっと山側だよ?」



「どうした? 百合葉。今向かっているのは私の家だが」



「いやいや。ここまで送ってくれるのも助かったけどさ。せっかくだから、僕の家まで送ってくれないのかな~だなんて……」



「まさか私に車を出させておいて、体の一つすら差し出さないと言うのか」



「それ火事場の性犯罪者と思考が変わらないよっ!?」



 実際居るらしいしね……。帰れなくなった女の人を家まで送り届ける代わりに体を要求する男が……んんん? 性別が違うだけで、彼女もやってる事が変わりないぞ? 僕のクールビューティー蘭子ちゃんは性犯罪者だった?



「さっき問題ないって言ったのに! 嘘つき!」



「そりゃあ私の家に行って脱いでもらう算段だからな。問題ないだろう?」



「問題あるわ!」



 ぐぬぬ……。そういう狙いだったのか……。感動した僕が馬鹿だった……。彼女は僕が大好き過ぎて性犯罪にまで手を出す程のクソレズなのだ……。前半だけで良かったなー。僕の事を大好き過ぎて……ってだけで済めば可愛い美少女だったんだけどなー。



 そうして、徐々に速度を緩めた蘭子は、彼女の家の前に車を停車させる。くっ……今逃げなければ、タチタチのイケメン女子を目指している僕のプライドがズタズタに引き裂かれてしまう……。しかし、そんな僕の考えとは裏腹に、助手席のドアロックは外れなくて……?



「さあて。地震に負けないくらい、私たちを震源地にしないとな」



「それは不謹慎だよ! ……んぁっ!」



 その夜にどのくらい余震があったのか、僕たちは知らない。

体験談を元に書いた地震回でした。

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