第03話「夏休み明けの放課後」
「うっへっへっ……。やっと完成までこじつけたぜ……」
職員室から廊下に出た仄香は、頬の汗をを拭うかのように手でこすり、疲れた笑いを浮かべる。
「『こぎつけた』……ね。こじつけるなんて悪いコトしたみたいにしか聞こえないよ」
「子ぎつねケタケタケダモノ蹴った! こじつけ漬け物個人の漬け込み! おういえっ!」
「夏休み明けだから、調子がいいねー仄香はー」
「へっへー。そうであろうそうであろう!」
と、自分の言い間違いを恥ともせず、堂々と胸を張りなんなくはねのける仄香ちゃんなのだった。その羞恥心が無いんじゃないかという鋼の心、僕も欲しいものだ……。
「仄香、無い胸を張ってどうするんだ?」
「無くてもいいじゃん! 張らせてよ!」
「どうせ貼るなら、育乳パッドでも貼るんだな」
「むきーっ!」
「ふっ、当たらんぞ仄香」
一方で、そんなアホの子を馬鹿にする美少女も居るもので。大人ぶってるけど、実は全く大人らしくない蘭子ちゃん。仄香の腕振り回し攻撃を長い片腕で押さえる。なんだかこういう構図、よく見るなぁ。
午前授業の放課後になって、仄香はやっと課題の修正を終えて提出したのだった。横でヒヤヒヤ見ていた僕らも一安心。
「仄香ちゃん、アタシと一緒にやった筈なのに、いっぱい間違えてるんだモノ……。アタシも間違えてるんじゃないかなって怖くなったワ……」
体を両腕で包み身震いする譲羽。その気持ちは分かるなぁ。一緒に解いていた相手なら尚更。自分も同じミスをしていないかチェックしたくなる。
「ゆずりんとはペースは一緒だったけど、内容まではちゃんとチェックしてないからなー。それがミスよなー」
うんうんと何故か誇らしげに頷く仄香。終わったから、さっきまでの焦り顔はサッパリしている。
「わざわざやり直してから提出なんて偉いね。ただ、そもそもそんなにズレてるなんてだけど……」
「いやぁもう焦ってたから仕方ないんだよー。二度あることは三度あるって言うし~っ!」
「注意力散漫なだけだろう」
「注意力が三万? 十万くらい無いと足りないかなー」
「十万とか数値の話じゃなくてね……?」
なんのステータス数値なのそれ……。器用さとか運とか? 三万とか計算がめんどくさそうだ。
「でも、短い時間でよく終わらせたわよねぇ~。今日のほとんどが全校集会と、役員決めだったのにぃ~」
「へっへ~ん。そんなこっとっはー手っ前っ味噌ー。答えを丸写しするのは慣れてるのさ~」
「そんな事は慣れなくていいよ……」
将来悪い癖が付きそうだ……。でも、嫌なことを楽に終わらせるという効率の良さが……? いやいや、自力で終えられていなかったよね。
「まあ~? 能ある鷹は頭隠さずって言うしっ! あたしは本気を出してなかったから、間違えただけなのだ!」
「隠すのは尻ね? 本気……う~ん」
「本気……ねぇ」
「本気……か」
僕も咲姫も蘭子も一様に唸る。頭空っぽだからこそ隠さないのかな……。アホの子だった。
「ともかく。そんなもの、最低でも授業が始まる前の朝のうちに終わらせるモノじゃないか? 仄香は朝飯を抜いてでも、見直す時間を取るべきだったと思うが。どうせゆっくり食べてきたんだろう」
「いやいや。そんなの、本気を出せば朝飯前ってやつだからねー。あえてよっ! あっえってっ! へいっ! 朝飯前に朝飯舞い! 朝飯なうから朝飯ゴー! お昼に和え物怯まずゴー!」
「今日はお昼ご飯は食べないよ? もう下校時間だからね」
「えぐっ! そうだったか……。みんなとのお昼ご飯はまた来週かぁ……。待ち遠しいなぁ……っ。ぐぬぬっ、このお昼ご飯楽しみパワーはどこにやれば……」
「まあまあ。土日を挟めばすぐに来るんだから」
謎エネルギーを発散し切れてない仄香を宥める。そう。夏休みが明けたばかりだと言うのに、今日は金曜日だったりする。担任の楓先生曰く、生徒たちのダラけ防止の為らしい。確かに、夏休み気分のまま授業に望まれても困るだろうからね……。夏休み課題も実は必修じゃなくてプラス点扱いだし、この学校は生徒への思いやりに溢れている。
「さぁーて。そんじゃーお昼が無いと分かった事だしー。下校の続きを再開だー! 帰るぜおういえっ」
「そ、そうだね。下校の時間だし」
呆れて笑う僕の周りを仄香が回る……。夏休みのパワーをそのまま持ってきたんじゃないかってくらいのハイテンションだ。もしや課題を終えてテンションがあがってるの? 楽しい娘だなぁ。
「それとも下校はスズキにするというのかー?」
「意味が分からないよ……。魚の?」
「ノーノー! バイクの話よっ! ぶぉんぶぉーん! 課題を終わらせたあたしは止められないぜ~っ」
「新学期そうそう元気な子ねぇ。うらやましいわぁ」
「まあ、静かなのよりは、楽しい方がいいかもな」
「仄香ちゃんのエネルギーは……スゴイ……。意味は分からないケド」
「いつも一緒にいるユズも分からないんだね……」
「あたしの人生は縦横無尽だからねー」
「それを言うなら傍若無人でもありそうだな」
「いぇーい! 縦横無尽傍若無人ボンバー!」
いつも以上に自由な仄香に、みんな呆れるように笑いながら、走り出した仄香の後を歩いて一階の下駄箱へと向かう。
しかし、途中で折り返してきた仄香。どんどん僕に近付いてきて……?
「あっ! 危ないっ!」
「はいっ! 正面衝突事故はっせーい! でもゆーちゃんのおっぱいエアバッグのお陰で無傷でーっす!」
と両手を広げて言う仄香ちゃんなのだった。なんなんだ今日のこの子のテンションは……。
「おっぱいエアバッグとな? 今の衝撃で仄香の頭が壊れたか。百合葉のおっぱいは常に出してくれていないと、揉めないだろう。愚か者が」
「壊れてんのは蘭子もだよ……」
何さ、おっぱいエアバッグって。発想が馬鹿丸出しだよ。おっぱい丸出しにしないよ……。
「ダイジョーブッ! あたしはもともと壊れてますから!」
「壊れてますカラ……?」
「壊れてますから?」
「壊れたマスカラぁ~」
「ツッツッツッへいっ! せっかく化粧をばっちり決めてもマスカラバサバサまつげがモサモサ」
仄香の言葉に譲羽が乗って、そして蘭子と咲姫が乗り出したら、もう止まらない。本日何度目かのラップタイムだ。
しかし、今更だけれど、僕は仄香に申したいことがある……。ラップが終わって、いつもなら僕が感想を言うタイミング。静かになって、僕は落ち着いて息を吐く。
「それよりも仄香? 廊下を走ると危ないって、前に注意されたよね?」
「へぇーん。実はおっぱいエアバッグをやりたいだけで……。あれっ、ゆーちゃん、もしやもやしのもしかして、怒ってない……? よね?」
「……関係性にひびが入ったかな」
「ごめんなさいごめんなさぁいぃーっ! 接着剤でくっつけるからぁ!」
「そんなので直されちゃあ困るよ……」
どこまでもボケる子である。実際に駆け足でぶつかられたら危ないのに、そのアホさに免じて許したくなってしまう。せっかくの注意が意味があったのか分からなくなってしまった。
まあ、仄香なりに怪我しないラインは見極めてると思うけどね。
「いやぁさぁー、夏休み中みんなと会えなかったわけじゃん? だから、今日ひさびさに揃って、テンション爆上げ爆音部だからさー」
「そこはバイク部じゃないんだね」
「軽音部に対抗する部活よっ。爆音部っ!」
「耳が痛くなりそうな部活ねぇ」
「まあ、騒がしい仄香には似合っているな」
「重低音を聴かせた……重音部もライバルに、居ソウ……」
と、意味の分からないボケに乗っかるみんな。こういうまったりとくだらないトークを広げる感じ。確かに懐かしいかもなぁ。仄香がテンションをあげるのも、分かるかもしれない。
「ヴンッ。アヴン」
「仄香。咳払いうるさいよ?」
「へへっ。バイクのチューニング中……サっ。迷惑にならないよう、大人しく……ねっ」
「それを言うなら、エンジンふかし中じゃないの……」
ツッコミたいのに、ボケ知識そのものが怪しい……。まあ、こういうノリコント娘に何を言ったって無駄だろう。楽しいからいいや。
しかし、そんな楽しい時間もあっという間、仄香たちの寮はすぐそこで。またみんなで放課後の部室に集まるのが楽しみだなぁと思いつつ、咲姫や蘭子と雑談して帰るのだった。




