第01話「夏休み明けの関係性」
意外ともう夏が終わってしまったのか。なんだか曇りのような晴れのような、そこまで暑くない日。秋の始まりのような涼しい風が吹き込む。
教室に入って久しぶりに鞄を掛ける感触。久しぶりに座る椅子の肌触り。久しぶりに撫でる机の滑り心地。長い休みから明けて、僕は見慣れた風景を懐かしく思っていると、
「おはようよう!」
「オハヨウ……。新たなる時代の……黎明……っ」
「おはよう。仄香、ユズ」
「おっはよぉ~う」
「おはよう。朝から元気だな」
僕が一息ついたころに、仄香と譲羽が教室に入ってくる。僕に続き、咲姫と蘭子も朝の挨拶。
夏休み開けての新学期であった。僕の席に自然とみんなが集まるのも、何かの習性みたいに思えて、なんだか可愛く見える。
「いやぁー。始まっちゃったよね、学校。もう毎日がエブリデーだねっ」
「そうだね……。毎日が休みのホリデーだったのが、毎日が平日、ウィークデーだね」
「そうっ! 多分それっ! ツッツッツッヘイッ! 昨日まではっ毎日ホリデー! 今日から始まる毎日ウィークデー!」
と、夏休み前と変わらず妙なダジャレラップを飛ばす、いつもの調子の仄香であった。しかし、なんだか昨日見たときには気が付かなかった事実が……。
「仄香……なんだか焼けたね」
「えぇ~? ゆーちゃんがあたしに焼きもち焼いちゃうってぇー?」
「日焼けだよ。日焼け。ここの所がガサガサだよ?」
「うぇー。 剥かないでよー」
「剥かないよっ」
仄香の二の腕をつんとつついたら、変な怒られ方をされてしまった。確かに、日焼けの肌を剥くのって気持ちいいけどさ。他人のは流石に剥かないよ……。
一応、もう良い歳なんだから、肌には気を付けて欲しい。
そんな仄香の二の腕は、表面酷い肌荒れのようにところどころ皮が剥けた痕が。昨日は課題に夢中で気が付かなかったなぁ。
「いやぁーもう、あれよね。家族とも海行っちゃってね、一皮剥けたよね」
「なんだか違う気がするけど、そうなんだね……」
それで大人っぽくはなったんだろうか。変わってないような気がするけど。
「なっんっかっ? あたしの大人可愛い魅力も増しちゃったかなぁーって」
「いや、仄香は全く大人っぽくなってないよ。これっぽっちも」
「うぇー。そこは嘘でも褒めてよぉー」
「はいはい。仄香ちゃんは大人可愛い。大人可愛い」
「うぐぐ……。褒められてるはずなのに、全然そんな気がしない……」
「そりゃそうだよ……。自分で言わせたんだから……」
全く一皮剥けなかった仄香ちゃんなのだった。
「それとさー。お腹が黒くなっちゃったー」
言って仄香は制服をめくってキュートなおへそを見せてくる。おへその線が縦に引っ張られ、でべそと言うには程遠い。へその緒を切った看護師さんが上手かったのと、仄香が痩せ体型だからだろう。とてもキュートで美しい……。
と、見とれている場合じゃない。うん、確かに腕の浅黒さがお腹にも見られるけれど……。
「仄香は腹が黒いのか?」
「腹が黒いんだよー」
「そうか。じゃあ仄香は腹黒キャラという事で」
「なんだなんだー? 色黒キャラみたいなやつかー? たっしっかっにっ? 大人可愛いあたしは、色黒ギャルみたいなセクシーさを切り開けるかもなー」
案の定、蘭子にイジられたのに全く効果は無く、仄香は変な方向に勘違い全力疾走なのだった。止めるタイミングに困る……。
「腹黒いのはむしろ蘭子の方だよ……。仄香、腹黒いのと色黒とは違うからね?」
「ううん?」
僕が言うと、仄香は腕を組んで首をかしげる……。かわいいなぁこのアホの子は……。
「お腹が黒いのとは別に、腹黒いっていうと、計算高くて、表面上とは違うよからぬ企みを裏でしているような人の事だからね。つまりは、良くないキャラだよ」
僕が指摘してあげると、仄香はパンと手を叩いて納得の表情を。
「なるほどー! つまりはつまるつまるところはー? ゆーちゃんみたいな人かっ!」
「うっ……」
言い返せなくて、押し黙ってしまった。僕は何か誤魔化しの言葉を色々と考えるけれど、こういう時にハッキリと否定出来ない時点で、腹黒い事を証明してしまっている……。
「確かにそうよねぇ……。百合ハーレムだしぃ……」
「百合ハーレム……。日本は一夫一妻制……。本当は良くナイ……」
「微笑む顔の裏では百合ハーレムを目論んでいたのだからな。全く、油断ならない娘だ」
「うぐぐっ……」
仄香に続いて、咲姫も譲羽も蘭子も、ジロッと見てくる……。可愛いけど、なんだか責められてるようで心地よくないなぁ……あれこれ、責められてる? 責められてるんじゃない?
「そういエバ、夏休み中、思った事があるノ。百合葉ちゃんから見て、アタシたちはナニ?」
「ううん……?」
譲羽がとんでもない事を言い出した。確かにその場その場のノリで過ごしてきたけれど、ハッキリとした関係を明示した記憶はない。
「確かにそうよねぇ~。わたしの事を好きとも言うし、一緒に遊ぶのをデートとも言うけれどぉ。百合ちゃんにとって、わたしたちはなんなのかしらぁ~?」
「そうだよー。今のまんまじゃ、友達のエンチョーじゃん? 友達同士でもデートとかチューとか普通だしー」
「ふんっ、百合葉め。やっぱり他の子ともデートしてたのか。この女たらし。この際だから、ハッキリとしたらどうだ」
「もっと関係を深める為には……主従の契約が……必要……。さあ、アナタの望みを命じなサイ……」
「んんん……っ?」
咲姫と仄香と蘭子と譲羽に、教室の隅の角に追いつめられる。ちなみに他のクラスメイトはというと、イケメン女子二人組の茜さんが「まーたゆりはすが何かやってる。飽きないねぇ」とか、葵くんが「百合葉ちゃんはモテモテだなァ。オレも負けてられないゼ」とか言いながら、女の子を口説きに行ってたりするから、僕らの百合百合は日常茶飯事で……。どうなってるの? このクラスは。流石は姫百合女子学院だねっ。名前の通りだねっ。
ともかく、周りの反応は問題ないのは助かるとして、目の前の子たちに、しっかりとした誠意を伝えなきゃ……。っと、いけないいけない。まーた真意を隠して、女たらしを働くところだった……。誤魔化しの言葉は排除して……。
「大丈夫だよ。みんなを僕は愛してるし、未来永劫に幸せにしたい。みんな僕の彼女さ」
言い切ってしまった。右から順に見回して。一人一人の目をじっくり見ていって。
「ふーん? 言ったね? 言っちゃったねー? あたし達を死ぬまで愛するってー。未来エイゴーに覚えてるかんねー? あたし記憶力にはジシンがあるしっ!」
「ジシン? 大地が揺れる方の地震かな?」
「百合葉ちゃんのセリフが歴史改変されてイル……。仄香ちゃんの記憶が……ブレブレ……ッ?」
「やめてやれ譲羽。仄香の頭がブレブレだなんて。どんなに揺らしたって、空っぽの頭じゃあブレる物も無いぞ」
「三人ともひどいぬぁ~っ!?」
プンスカ怒る仄香ちゃんなのだった。しかし、話がそれて不機嫌そうに、咲姫はたった脚をクロスさせ、細目で僕を見やる。夏だからブラウンのストッキングは履いてなくて、ものすごい色白美脚ラインでつい見入っちゃいそう……。駄目だ、ちゃんと咲姫の瞳を見ないと。
「どっちにしろ、永遠にわたし達を愛して幸せにしますって事よねぇ? 百合ちゃん。そういう事でいいのかしらぁ?」
「ハードルが上がってる気がするけど……そうだよ。もう、誤魔化さない。みんなで愛し合って仲良く楽しい百合ハーレム。冗談みたいに聞こえるかもだけど、僕が求めるのはそれだけさ」
「ふぅ~ん。まあいいわ」
咲姫が諦めたように、いや、半ば呆れたようにため息をつく。僕らの中でも強キャラの咲姫が諦めたからなのか、他の子たちも、仕方無さそうに、ぎこちなく頷く。良かった。とりあえず修羅場にならなくて。
そうだ。僕はこの子たちを幸せにする義務があるのだ。クソレズな僕と付き合ってもらってる以上は、絶対に後悔させるわけにはいかない。僕もこの子たちも、全力で楽しめるように立ち回らないと。




