第107話「百合葉の良いところ」
夕方にもなると暑さはだいぶ和らぎ、吹き込む風を心地よく浴びながら僕らは帰路に着く。
アブラゼミの激しい大合唱は、いつの間にか哀愁ただようヒグラシとキリギリスの合奏に切り替わっていた。そのうちコオロギも鳴きだし、秋の匂いを漂わせてくるだろう。
「心地良い風だ。フィールザウィンドだな」
「ああ、うん。風を感じるね……」
横に並ぶ僕に向かって、キメ顔で言っちゃう蘭子ちゃん可愛い。本人はキマってるつもりなのかもだけど、そのキザナルシストっぷりは、ただただ可愛いとしか言えない。
そこに強い風か吹いて、つい僕はスカートならぬ、長めのハーフパンツの縁を押さえる。隣に同級生が居る事で制服の癖が出てしまった。
「百合葉ぁ? 今日はスカートじゃないのに、なんで押さえたんだ? なぁ?」
「う、うるさいっ。ついだよ、つい」
あざ笑うように口角を釣り上げて言う蘭子。まったく、この子は目ざとい。恥ずかしいからツッコまれたくなかったのに、よく見てるな。
「ところで今日のパンツ何は色だ?」
「今日のパンツは……って言わないよ? セクハラしてんじゃないよ……」
もしや、スカートだったらめくれ上がった隙に覗いてたのだろうか。怖いな……。
「緑だろう? いつもそうなのだから、百合葉のこだわりくらい分かっているさ」
「くっ……。くだらない事を覚えるもんだね……」
流石にまた、スカートを押さえるみたいにハーフパンツを押さえてしまった。この子はどこで僕のパンツをのぞいてるか油断ならない。
「くだらない事でも、私は百合葉の事ならなんでも知りたいんだ」
「だからってパンツまでは知らなくてもいいわっ」
言われてちょっと恥ずかしくなった。彼女の肩に肩で小突く。
「なんだ百合葉。照れ隠しか?」
「照れてないよ、どこで照れるんだよ……」
この子はすぐ自分の都合の良いように解釈するなぁ……。そのポジティブさを見習いたいもの。
「私はな? 百合葉の事をすべて知り尽くして、どんな時でも百合葉を守りたいだけなんだ」
「僕のプライバシーを守ってね!?」
まったく愛が重すぎる……。ちょっとは嬉しいんだけどさ。人間として、事細かくまで知られるとなると恥ずかしいのだ。
「永久の愛を誓った妻の事ならすべて知りたいと思うのも当然じゃないか」
「度が過ぎてるよッ! っていうか、僕をさらっと妻にしてるんじゃないよ! 永久の愛を誓った記憶はないよ!?」
「僕をさらって妻に? なるほど、百合葉はそういう展開が好みだったか。咲姫からの略奪婚の末に、ヨーロッパの田舎で二人、静かに暮らすのもありだな……」
「さらっと! さらってとは言ってない! すーぐ勘違いして妄想を膨らませるんだからアンタはっ!」
「落ち着いて百合葉。冗談。冗談だからさ」
「蘭子は口調が本気だから怖いよ……」
「私はいつでも本気の真面目だぞ?」
「冗談じゃなかったの……どっちなの……」
「いいじゃないか、ちょっとした将来の想像くらい。したい気持ちは本当だがな」
「略奪婚はやめてね?」
「大丈夫だ、現実的じゃないのだから」
そもそも、この国じゃあまだ同性婚すら認められていないのだった。さっきの図書館でも同じ事を思ったのに、すぐこの有り様。蘭子の妄想に付き合ってると、同性愛が当たり前の世界に居る気分になる。んっ? それは良い世界なのでは? とても良い百合百合ザワールド。百合の聖域。白百合サンクチュアリだねっ。
「蘭子ってさ、僕の事ずいぶん好きだよね。僕もそんな素直な蘭子の事が大好きだし嬉しいけどさ。ちょっと異常なレベルだよ」
「異常じゃない、正常さ。当然だろう。こんな素敵な子を前にして、結婚したいと思わない方がおかしい」
「そ、そう……」
その愛の異常性を訴えた筈なのに、素直に好意をぶつけられてしまった。僕が悪いみたいで、こはずかしいモノだ……。
「じゃあさ、そんなに僕が好きなら、僕のいいところあげてみてよ」
悪戯心て言う。ニンマリと笑い、蘭子を試すように。
「百合葉の良いところ? 無限に出るが、大丈夫か?」
「無限? そんなの無理でしょ。とりあえず言ってみて?」
「そうだな……」
考える素振りの蘭子。なんだ、すぐ出ないんじゃん。こういうのは言ってる事が大きいだけで、案外浮かばないモノなのだ。ふふん、全然あがらなかったら、それをネタにイジっちゃおうっと。
「何よりな? 可愛い」
「えっ、ああそう」
そんなのが最初に出てくるとは意外だった。すごい考えていたから、もっと性格面をあげてくるのかと。
「それでな? 私に向ける表情が可愛い」
「かわいいしか無いの? あれだけ大口叩いといて僕の魅力は顔だけ? ねぇ、蘭子ちゃん」
少し煽るように言う。僕自身は女らしいとはとても思えないけれど。
「私にだけ冷たい」
「それはアンタが僕を困らせるから……って、それは良いところなの?」
「私には素直だという証拠じゃないか」
「随分ポジティブなんだね……」
確かに間違ってはいない。咲姫や譲羽にはあまり冷たい態度を取れないからね……。いっつもふざけてばかりの仄香ならともかく、そんな事をしない可愛い子たちには、冷たく当たるのも難しい。意外と鋭いなぁ……。
「そして私を叩いてくる」
「ドMかよッ」
つい叩いてしまった。蘭子のむき出しの肩に、僕の手が当たってさらりと落ちる。イケメン風味も強いけど、肌もすべすべで綺麗だ。やはり美意識も高いのだろう。
「ドMだとかそんな安直な発想をするんじゃない。つまりだな、普段から肌を触れ合わせて問題ないという事。肉体関係を持つためにも大事だろう?」
「ええ……」
そんな発想はアリなの……? 彼女の肌に触れた手をつい押さえてしまう。
「そうやってアンタはすぐレズトークに持ってく……。世の中ホモレズだらけになるよその理論は……」
まあ僕はそんな世界もウェルカムだけどね。やはり、男は男同士、女は女同士で結びつくのが、一番収まりがいいのだ……。
「まだまだあるぞ? 普段微笑んでいる顔からして可愛い。うねっている髪も可愛い。あごの先が可愛い。唇も可愛い。穏やかな口調なのに、焦るとちょっと言い方が刺々しくなるのも可愛い。女なのに女好きで、すぐ目移りしちゃうところも可愛い。人の良い点をすぐ褒めるところも可愛い。私の事が大好きすぎて、ツッコミの手が全然痛くないのが可愛い。レズのくせにエッチな事が苦手なのもまた可愛い。すぐ赤くなって可愛い。もっと挙げるか?」
「ちょ……そのくらいで……」
言われすぎて、顔から火炎放射が出そうなくらい熱かった……。この子、意外と抜けてるかと思っていたけれど、見た目の通りの鋭さで、僕の至るところまで見てるなぁ……。僕自身も気付かなかった点も多いよ……。
「なんだ百合葉。君が好きな所を挙げろと言ったのに、恥ずかしくなったのか? また一つ、百合葉の可愛い所を見つけてしまったな?」
「う、うるさいっ」
彼女の肩を肩で小突く。まったくこの子は……愛が重い……。
でも、とても嬉しいのが本音だ。ハーレムなんて馬鹿な事を言っているのに、こんなにも僕を愛してくれるだなんて。
と、心の中でほっこり温かい気持ちになっていたら、道は僕は蘭子と別々の帰路に差し掛かる。少し寂しいけれど、騒がしかった今日も終わりだ。
「じゃあ僕の家はこっちだから。今日はなんだかんだ楽しかったよ蘭子。ばいばい」
「ああ、私も愛しの百合葉と一緒に居られて幸せだった。またな」
帰る前に感想を一言。そして、別れの言葉を口にする。そういう蘭子の素直に好意をぶつけるところは好きでもあるし羨ましいなとも思いながら、お互いが手を上げ視線を外し、それぞれの家へと帰るのだった。




