第104話「図書館での課題競争」
蘭子が寝息を立ててから十五分ほど時が過ぎて。突然、彼女が大きく息を吸ったと思えば、体を起こし、僕の膝から離れる。
「もう起きるの?」
「ああ、私は少しの仮眠で眠気を取れるように訓練しているからな」
「訓練って何さ……」
髪を払いながら言う蘭子にツッコむ僕。今、ドヤ顔しなかった? 実は軍隊とかにあこがれるミリタリー系の中二病も入っていたりするのだろうか。蘭子ちゃんの迷彩服……う~ん、似合うっ。
「さあて勉強を始めるか。とは言っても、私は分からないところはないのだがな。教えてもらえない立場だ」
「そうなの?」
「課題で出された分を解ければ良いと思っているからな。ただ、スピード不足は否めないから、素早く確実にこなせるようにはなりたい。夏休みの課題を復習しよう。百合葉も終わっているだろう?」
「ああ、もちろんだけど……」
次の瞬間には、黒い皮製の肩掛け鞄から、夏休み課題とノートを取り出していた。さっきまで寝ていたのに即座に勉強のスタイルになり、切り替えが早いなぁと思って、ただボケーッと見てしまう。
「なんだ、アホみたいな可愛い顔をして。百合葉は勉強しないのか?」
「あ、うん……やるよ」
唖然として口をぽっかり開けていたのを見られて恥ずかしい……。僕もリュックサックから勉強道具を出して、蘭子に並んで勉強をすることに。
全部の問題、解けはする。あとは、どれだけ間違わず、リズムよくスムーズに解いていけるか……。
問題文を見ただけで答えをイメージするのが苦手だから、日本史に取り掛かってみる。蘭子は古文だ。うんうん、古文ってちゃんとやらないと難しいよね。
と、ガリガリガリっとノートに書き出していく。重要なのは問題文中の重要語句と答えとの連想だ。年代を見れば起こった出来事を、国名を見れば大まかな登場人物を。問題文が一瞬で脳内にイメージ展開されるように、脳裏に焼き付けないといけない。声には出さず口の中で少しだけ動かして書き出しつつ重要語句を復唱復唱……。
そういえば……あれっ?
と思っていたらパシャっと小さな音がなった。なんだ、スマホのシャッター音?
「勉強中の百合葉は面白い顔をしているんだな。これはいい」
「バカっ。あとで消しといてよ……? それよりもさ……」
「ああ、百合葉も気付いてしまったか」
そう、二人並んで仲良くお勉強。その字面はとても微笑ましい百合百合なのだけれど……。
「やっぱり図書館じゃなくて、家で勉強の方が良かったね」
「そうだ。通話しながらでも出来たし、なんなら一人の勉強となんにも変わらない」
「そうだよね……。蘭子もちゃんと一人で勉強できるもんね……」
今さら気付いてしまった事実。そう、咲姫と同じように二人でお勉強だったのだけれど、蘭子ちゃんはちょっと抜けていて、わざわざ図書館で二人でやる必要性を考えていなかったみたいだ。
まあ、そういう日常を愛したいと思っていたのは僕だけれど……。このままだと、図書館での意味はない。
「今日はランチも行ったし、デートとしてなら及第点だけどね」
「いや駄目だ。ついでとは言え、図書館で勉強をしようと言ったのだから、勉強もデートらしい事を……うむむ……」
「まあまあそう堅く考えないで。眉間にシワが寄ってるよ?」
「むっ……」
蘭子のほっぺをつついたら、ちょっと声を出して黙ってしまった。面白いのでつつき続ける。どんどん赤くなる頬。このイケメン女子、かわいいにも程がある。
「や、やめないかっ」
「だって蘭子がかわいいんだもん」
「うぐ……」
またちょっと呻いて黙ってしまった。そんな蘭子ちゃんはついに耳まで赤くなったので、つっつきボーナスをゲットした気分。今なら百合値が二倍だぞぉ~?
「そんなに勉強にこだわりたいの?」
「そ、そうだ。他の子たちは百合葉に教えてもらったのだろう。咲姫だって。しかし、私は教えてもらってない。不公平だ」
「だって蘭子も頭が良いからね……」
試験の成績こそ僕や咲姫よりも劣るけれど、蘭子も効率よく理解はちゃんとしているのだ。しかも、理系教科に強い当たりが被ってしまいそれ以上教える事はなくて、教えたがりな僕も困る……。
でも、この前うちに勉強しにきた咲姫と理由が一緒って、なんだかこのライバルちゃん達はかわいいなぁ。
そんな事までシンクロするのだろうか。でも、なんだかんだ一緒にいる時間も長くなってきたから、考え方も似てくるのかもしれない。
喧嘩する、百合ップルふたり、シンクロし。
はいこの俳句百合百合テストに出ますよー。季語は喧嘩と百合ップルと二人とシンクロですよー。ってそれは全部だね! 全部百合百合だねっ! 世の中年中百合百合な季節に溢れているねっ!
そんなお馬鹿な事を考えるのはやめて。さて、どうやって蘭子と百合百合なお勉強タイムを過ごそうか……。
「それじゃあさ。課題をすごい短い時間で解いていって、あとで二人で答え合わせしようよ。そしたら競争みたいで面白いでしょ?」
「百合葉と、競争……? ふふふっ、そうだな。勉強で百合葉を打ち負かしてみるのも、悪くないかもしれない」
と、蘭子の闘争心に火が付いた。この子は、自分を大人だと言っておきながら競うのが大好きだからなー。そういう所もかわいいよなー。かわいいんだよなー。
「それじゃあ、教科は古典と世界史ね。解答用紙閉じてー、ノート開いてー? よーいどんっ」
「くっ、百合葉ちょっと早いぞ。二秒出遅れた」
「そんな二秒如きで勝ち負け決まらないってー。ほらほら早く解いて解いて」
「なんと卑怯な……。見損なったぞ百合葉。そんな君をコテンパンに叩きのめしてやる」
「はいはい。出来るものならねー」
そうして僕らのお勉強百合百合は始まるのだった。百合……? 女子二人の競争って、お互いに負けないよう意識しあう点とかなんだか百合っぽくない? 百合っぽいよね?




