第102話「パスタとお馬鹿なナルシスト」
ずんずんと前に進む僕の横に、駆け寄り並んだ蘭子。目指す先は相談する必要もない、図書館だったのだけれど……。
「図書館に行く前に、ランチでも……どうだ?」
「あ~。いいね。そこでパフェ二杯おごっても~らおっ」
「うっ……。さっきのは言葉のあやで……まあいいか」
怒りを忘れ調子の良い事を言う僕にたじろぐ蘭子。財布事情はギリギリでも無いけど、いっぱい奢れるほどじゃないと見た。なんだかこういうやり取りも愛おしい。いや、奢らせることではなく。
今日は図書館に行って勉強したり、本を読んだりするという日だった。予定というか、定期的に本を予約して、返してまた借りてという、曖昧な習慣。
「途中にイタリアンカフェがあるだろう? そこにするか?」
「そうだね。そのくらいがちょうど良いかも」
ちょっと僕に頭を傾けて言う蘭子ちゃん。彼女の低音の効いたアルトボイスが耳の奥を震わせる。セクハラせずにこの調子でも良いんだけどなぁ。
しっかりと声変わりのした男子みたいに、お腹の底を震わせるようなことはないのだけれど、僕はこのくらいの方が好きだ。僕の鼓膜を揺らすいい心地。実は声フェチでもあったり。寝る前に通話して、眠くなってきたときの彼女の落ち着いた声なんかは国宝級だと思う。それを僕が独り占め……うへへ……。
到着したのは一軒家の一階の広さのようなカフェ。白と茶色を基調にしたシックで落ち着いた空間だ。入り口の黒板にはカラフルなチョークで、本日のおすすめが描かれているのも、おしゃれポイントが高い。
冷えすぎないようにほど良く空調が効いている。今日も今日とてハーフパンツだけど、ひざ掛けは要らなさそうだ。
「さて、私は海鮮パスタにするが、決まったか? 百合葉」
「蘭子早いよー。もう少し考えさせて?」
「あっ……すまない……。迷う時間が嫌いなものでな……」
「気持ちは分かるかなー。じゃあ僕はカルボナーラに決めたから、ウェイターさんを呼ぶよ?」
僕は片手をあげて店員に目配せ、すみませんと一声かけて注文する。
「もうちょっと時間を味わお? じゃないと、せっかくのデートなんだから、ゆっくり過ごしたいよ」
僕が言うと、彼女は少しびっくりしたように目を見開く。
「今日って、本当にデートと考えていいのだろうか……。私はそれでも嬉しいが……。デートってこう……。観光スポットを巡ったり、お互いの服を探しにショッピングとかを指すのだと思っていたが。私は私の好みでしか物事を判断しないから、デートコースもプランも何も考えていない」
唇を結び眉根を下げ、首を傾げる蘭子ちゃん。ああ、なんと愛おしいんだ。
「僕も頭堅いから、その気持ち分かるよ。でも、そんな深く考えなくてもいいんじゃないかなって思ってきたんだ。こうまったりと一緒に過ごすだけでもデート。それでいいんじゃない? 僕は蘭子と一緒に過ごせるだけで楽しいよ?」
「な、なるほど……。そうなのか……。こんな簡単にデートが出来るのなら、夏休みは毎日誘えば良かった。あれこれコースを考えてはやめていた自分が馬鹿らしい」
「ふふふっ。蘭子はかわいいなぁ」
「なんだと? 今、なんと言った?」
僕が頬杖をついて微笑み言うと、蘭子はちょっと恥ずかしそうに問う。そういうところが可愛いのに。
「だって、たかだか僕を誘うのに、そんなに考えてくれていただなんてね。ありがとね」
そう言って僕は、向かいに座る蘭子の額にキスをする。実はこの体勢が難しく、頭の中で構図をシミュレーションしたものだけれども。
「わ、私が不器用なのが可愛いというだけじゃないかっ。そんなの、クールな私には似合わないっ」
「似合う似合わないじゃなくて、かわいいと思ったから言ったのに」
「知らん知らんそんなのは。さっさとメニューを決めろ」
頬を赤くしてぷいとそっぽを向く蘭子ちゃん。口調も雑荒くなっちゃって、かわいいなぁ。
やがて注文した品が届き、それぞれが手を合わせいただきますと。長い横髪を左手で避けながら蘭子は器用に食べる。その一方で僕は……。うぅ~ん、巻きづらい……。パスタは好きなんだけど、フォークで巻いて音を立てないというのは、かなり神経を使う……。あっ、また麺を落としちゃった。
そんな僕の葛藤を見ていたのか、蘭子は心の底から安らぐような溜め息を。
「ああ、百合葉……結婚してくれ」
「えぶっ! け、こけ……けっ、こ、けっこん!? なにがどうなったの急に……っ」
「落ち着いて。ニワトリか、君は」
冷静に突っ込まれてしまう僕。あまりにも唐突だったので、麺を吹き出すところだった……食べていなくてよかった……。
「なんなの突然……。流石にビックリだよ……」
「いやな? 私も、不器用にパスタを食べる百合葉が愛おしくてな? これが百合葉の気持ちだったんだなって」
「う、うん。分かってもらえて結構……。でも、流石にそんなカッコ悪い所で惚れられたくないよ……。上品に食べられないのはなんだか悔しいし……」
恥ずかしくて僕はうつむくと、蘭子は覗き込むようにして見てくる。うぅ~ん、蘭子のそんな顔も可愛くて、でも僕は情けなくて恥ずかしいぃぃ……。
「悔しいのか。それもかわいいな?」
「た、たしかに……っ! 僕は、相手のイヤな所を受け入れたり、不器用な所も愛せるようになったら本当の愛かなって思うけど……っ。直せるところは直したいなって思うんだ……」
「無理に直さなくてもいいぞ? 百合葉は私にとってパーフェクトな存在なんだから。私も、君にとってのパーフェクトな存在になりたいがな」
「はいはい……がんばってね……」
とは言いつつも、照れてしまって上手く麺が飲み込めなくなった。僕のために完璧に自分を仕上げる蘭子ちゃんとか、カッコ可愛すぎるなぁ……。完璧を追い求め過ぎて鬱とかにならないと良いけど……いや、そんな蘭子ちゃんを存分に甘やかして僕に依存させるのも……。ふふふっ、イケないね陰湿な妄想は。
ともかく、性格の美少女らしさは薄いけれど、こういうお馬鹿なナルシスト相手のデートも、不思議な百合百合で楽しかったりする。




