第90話「ガムシロップの海」
結局、僕らはデザートとドリンクバーだけの注文で済ませることに。お腹が冷えそうだけど、それは温かいお茶でも飲めばいいやと思っていると。
「ドリンクバーどうしちゃう? アールグレイしちゃう? それともアールグレイしちゃう? それともまさか! アールグレイしちゃうと言うのか!」
しつこい位にさっそく、紅茶が飲みたい様子の仄香ちゃんであった。
「どれだけアールグレイがいいのさ……。良いと思うよそれで……」
「はいよー。行って来もうするマンスリィー」
ひらひらと手を振ってドリングバーを汲みに行く仄香を送り出す。変な歌を歌う仄香リズムも慣れたものだ。
二人きりなので、片方が荷物番ということで、僕は席で待つ。しかし、この店には通常のジュースだけでなく、その場で豆を挽くドリップコーヒーや、十五種類にもなる紅茶や緑茶や季節のおすすめ、そしてフルーツ系のフレーバーティーなどまで扱っていたりするから、二人で見に行って楽しむのも良かったかも知れない。でも、テンション上がった二人では、どれもこれも試してみたくなり、結果お腹がタプタプになる未来が見えてしまう……控えめにしないとね。
そんな風に思っているうちに、仄香がトレーを持って席に戻ってきた。意外とティーポットは一つしかなく、砂時計がサラサラと落ちていく。三分計って蒸らすとは、なかなか侮りがたい美少女だ。まあ、その隣の波々のイチゴオレが風情も味わいも吹き飛ばしそうなんだけど。色的におそらく、ココアと混ぜてあるやつだ。イチゴチョコみたいな良い香りを漂わせている。
しかし、よくみたらもっと気になる物がそばに。ガムシロップがいちに~さん……ろ、六個っ!? どれだけ入れるのこの子っ! 甘党寄りの僕もビックリだ!
「なんと! こちらは通常の甘さ倍ルグレイ! になります! あと一分ちょっとで出来上がります!」
「倍って……茶葉がってこと? 砂糖入れても苦くなりそうだなぁ」
「へっへー。そんなアナタの為に素敵なアイテムが……!」
「まさかこれ全部入れるの……」
「ちょ……素敵なアイテム紹介コーナー始めようとしてるんだから、邪魔しないで!」
「はいはい」
なんだか楓先生のノリを更に吸収してしまったみたいだ。
「なんと! こんな苦そうな倍ルグレイに、味の変動を楽しませてくれるこの素敵なアイテム達を投入していきまっす!」
「はぁ……」
呆れつつも、楽しそうに紹介する彼女を見守ることに。そんな仄香はシロップを次々と開けてカップに注ぐ。
「ここでシロップ砂糖? の海を作ります!」
「ガムシロップね……」
せめてシュガーシロップとかなら近かったんだけどなー。やっぱり間違えちゃったか惜しかったなー。でも気持ちは分かるなー。ガムシロって単語、普段使ってないと馴染みがないからなー。
トポトポとカップに入れていく彼女。透明の綺麗な液体が底に溜まっていく。しかし、ガムシロップの容器は以外と最後まで出にくいもので、そんな最後の一滴までふるい落とすように彼女は入れる。そうすると……?
「なんか泡立ってるけど」
「この泡立ちこそがのどごしを良くする味なんだよ! 分かってないなぁ~」
「ビールじゃないよ?」
ガムシロップののどごしってなんなんだろう……。ドロドロじゃんか……。それ以前にかき混ぜて溶かすのだから、泡立ちなんか意味がなかったりする。
そうして、いよいよポットのアールグレイをカップに注いでいく。う~ん、濃厚な香りが立ち上って……濃いのが分かる……。これは絶対に苦いやつだ……。
「はいゆーちゃん!」
「えっ? 僕のにガムシロは入れないの……?」
「えぇ~? 必要だった?」
「そりゃあ……僕、甘党だもん……」
ちょっとふてくされてみる。まさか自分の分だけに六個入れるだなんて、思わなかったよ……。でも、その素振りは確かにあった気がする。
「ごめんごめーん! 六個が多いって言ったから、要らないのかと思ったー!」
「極端すぎるよ仄香は……」
僕は呆れて注いでもらったカップを手に取ろうとする。しかし、その手を仄香が両手で包み込み……?
「そっれっとっもっ? 今からあたしが甘くなる魔法を掛けてあげよっかぁ~?」
「いや、要らないかな」
「ひどぉい! 飲んだあとにゆーちゃんとちゅっちゅすれば、すーごく甘くなるっていうのにぃ~」
「こんな所でそんな百合百合サービスは求めてませんっ!」
全く。理にかなった名案はやめて欲しい。百合百合が世界を甘くするなんて、この世の真理なのだか、そんな事を言われてしまえば、ちゅっちゅどころか、ぶっちゅ~と長いやつをしてしまうじゃないか。いけない。僕までレズテンションに飲まれて冷静さを欠いちゃあいけない。
とりあえず、仕方がなしに僕は濃い色のアールグレイを飲んでみる。うん、苦い。こんな苦いのはひと思いに飲み干した方がいいかな……。やっぱり僕は、薄めに作られた紅茶の方が好きかもしれない。こう、心に染み渡るようにホッとするような感じで。
一方で、紅茶を入れ終わってスプーンでかき混ぜた仄香は、そのカップを口にすると……?
「うえっぺ! 甘すぎる!」
定番のボケであった。




