第80話「アルコールアレルギー」
「まあ、さっきーが良い匂いだろうとさー、あたしらが香ばしいのは変わらないんだけどねー」
咲姫の良い匂い嗅ぎ大会が一息ついて、仄香は自虐的な笑みを浮かべる。確かに、元々の煙たさはほんのりと漂うばかりだ。根本的な解決は何一つなされていなかった。
「ソレじゃあ……制汗スプレー……スルの?」
「そうよなー。ちゃん咲姫さきちゃん貸しておくれぇーっ!」
譲羽が問い、そして仄香が元気よく頼みだす。しかし、渋い顔をする咲姫ちゃん。
「えぇ~? ちょっとそれわぁ……」
「なんだ! わたしの匂いはわたしだけのものよぉ~? っていうやつなのかぁっ!?」
「いやぁ、消臭がメインだから、そんなに関係無いのだけどぉ……」
呆れながら咲姫ちゃんは返す。でも、咲姫が渋る理由はよく分かる。
「ここで貸すっていうのがねぇ……。公共の場よ?」
「あっ! そうだったか!」
「今思い出したの?」
もしや公共交通機関慣れしていないお嬢様なのだろうか。ありえそうで怖い……。
そこて、コホンと咳ばらいをして、一言物申したげな蘭子ちゃん。
「公共の場でスプレーをするのは確かに論外だが、それ以前に、アルコールアレルギーというモノがあるらしく、制汗スプレーや、汗拭きシートなんかでも発作が起こるのだそうだ。だからなおの事、こういう公共の場で使うものじゃない」
「そっかぁ。迷惑かけちゃあ駄目だもんねー。ありがとー、さっきー、蘭たん」
と、仄香は肩を落としてちょっとしょぼくれた様子。流石に反省したのだろう。でも、そんな様子の彼女じゃあ、僕が面白くない。
「そもそもさ、仄香の肌が見えちゃうかもだから、注意してね?」
「やぁーんっ! ゆーちゃんあたしのチラリズムを心配してくれてるのー!?」
「そうだよ?」
と、途端に元気になるものだった。こういう百合百合展開にはすぐに乗ってくるのは、彼女の楽しいところだなぁ。
「そういえば、二人は家に帰るんだね。今は寮生活じゃないの?」
「そうよー。まあ、寮に居てもいいんだけどー、たまには実家で過ごしてても良いかなーってゆずりんと!」
「歩いても帰れるケド、公共交通機関で帰りなさいって言われテル……。めんどい……」
「そうなんだ。ゆっくり過ごしてね」
「やー。もー。洗濯物くさいってゼッタイ文句いわれるー。寮だと部屋にあるから二人でテキトーなのにー」
「確カニ……。汚れてるから、ひとこと断らないとイケナイ……」
「そりゃ大変だね……」
普通、家事をしない分、実家の方が過ごしやすいと思うんだけど。二人の仲が良いのか、好きなようにできるからなのか。なんにせよ、寮生活が楽しそうで良かった。
そんな燻され煙たい僕らは、次々と電車を降りて、それぞれの家に帰るのだった。




