第29話「らんたんとお昼」
「なんだ。私は食堂でヴァイオリンの優雅な調べを聴きながらランチと決まっているのだが」
ああ、あそこクラシックかかってますもんね。食堂なのに紅茶やケーキの種類がやたら豊富なのもまた笑ってしまうけど。それカフェじゃん。ご飯もついでに食べられるカフェじゃん。
一歩間違えれば紅茶とラーメンの香りを同時に嗅ぐことになってしまうけれど、それもお嬢様方に合わせた趣味なのだろうか。お上品さと庶民さが変に入り混じった異空間だ。
「蘭子ちゃん、誰かと一緒に食べるの?」
「いや、一人だが」
一人か、案の定だなぁ……。ちなみに、僕の問いに対してしなやかに人差し指をビシッと決めるの、ホント可愛さ溢れるよねこのイケメン女子は。
「いいじゃな~い? わたしもクラシックは好きだしぃ~」
「ほう」と期待げに蘭子は一言。
「あそこの雰囲気は良いよな。モーツァルトのヴァイオリンソナタ。賑わう食堂の中にあっても上品な気分を味わえる……」
「そうよねぇ~。ヴァイオリン良いわよねぇ~」
「午後のひとときを過ごしたい時の……。そんな曲ばかりだと思うんだ。あれだったら食事だけでなく、時間いっぱいまで読書するのも悪くなさそうだ」
「あ~、そうかもしれないわねぇ~」
話が進むにつれ、目が泳ぎあせあせとしだす咲姫ちゃん。んっ? この感じ……姫さま、話についていけてないんじゃない?
「好みは人それぞれだと思うが、なんとなく響かせるのとは違って、美麗なメロディーと軽快なリズムをこちらの意識を削ぐこと無く心の奥にまで響かせる……そんなところが私は好きなんだ」
「へ、へぇ~」
相づちがド下手である。さて、にわか咲姫ちゃんはどう誤魔化す?
と、思ったのだけれど、
「おっとすまない。私も大して詳しくないのに、つい熱くなってしまった……自分の好みを一方的に語るのはよくないな」
などと、蘭子ちゃんトークもそこそこに、あえなく話題が切り上げられたのである。良かったね咲姫ちゃん。
「大丈夫よぉ。わたしなんて曲名なんて全く覚えてないしぃ。たしなむ程度よぉ~」
えっ、曲名覚えないの? わりと重要なんじゃないのそこ。
でも確かに、クラシックってソナタだかハ長調だかイ単調だか、似たような名前ばかりでよく分からないもんね。気持ちは分かる。覚える気が起きない……。
「たしなむ程度で良いんだ。変なウンチクなんぞ考えず、二人でクラシックと紅茶を心ゆくまで楽しもうじゃないか」
クラスメイトにも噂されているほどの美貌をもつ、薔薇の君と白銀の姫――貴族被り者同士、気が合ってしまったようである。んんんー、なんだったの? 今までの苦悩は……。
というか、蘭子をそんなに語らせるなんて羨ましいな――と、ちょっと嫉妬もあったり。
だがそこに、今までだんまりだった仄香が口を挟む。
「ちょい待ちぃ! あたしらも居るんだぞぉー!? もっと分かりやすい話をぉ!」
「ああ仄香、居たのか」
「居たよぉっ!」
「あんまりにも小さかったものだから、見えなかった。すまないな」
「らんたんが大きいだけだしっ。それならゆずりんも見えなかったって言うの?」
「譲羽は……まあ可愛いからな。いつだって視界に入れているさ」
そういうと蘭子は譲羽に手を伸ばし、なでなでとする。されるがままのゆずりんも気持ちよさそう……てかいつの間に手懐けたの……? 仄香ともノリノリだし。
「ふっ……。たまには良いかも知れないな」
ゆずりんを一通り撫で回したかと思えば、満足そうに息を吐きそう言った彼女。スッと立ち上がりドアの方へと歩き出す。
「どうした? 食堂へ行くんじゃないか?」
「あ、ああ。行く行く」
意外とあっさりであった。仲間にするのは難しいかなぁーと思ってた予見が完全に破られ戸惑ってしまう。
そうして、それぞれ昼食の準備をし終えれば、五人揃って教室のドアをくぐる。
「らんたんイチ押しのクラシック楽しみだぜぇー」
「アタシも……ヘドバンポイント探す……」
「ヘヴィメタルじゃなくてクラシックだからねー? ゆずりん」
「ノー。ノれればなんでも頭……振レル」
「そういうことかっ! メタル魂だぜっ!」
などと、仄香と譲羽ズンズンとノリながら歩みを進める……あの子らメタラーなのかな……。
そんな二人を追い抜け咲姫が前に進み出たかと思うと……。
「さあてぇ~。行きましょお~」
「え……あっ、ああ」
戸惑う蘭子に腕を組み始めたのである。




