第77話「線香花火」
譲羽の四連ロケット花火は無事に終わり、辺りには静けさが舞い降りる。ちゃんと空に打ち上がったから、今回はお咎めは無しだ。最初からロケット花火の存在に気付いていれば、事故も何も起こらなかったんだけどなぁ……。
そんな静かな夜の中、外灯に照らされた僕らは、最後に残った線香花火をポツリポツリと光らせていた。
指の先でチリチリ鳴る線香花火。もうみんなのテンションは落ち着いて、五人が輪を作るみたいに丸くなって、それぞれの花火が落ちないように、じっと見つめている。
「この香りがまたいいんだよねぇ……。ああ、夏だなぁって」
「なんだ百合葉、線香の香りが好きなのか? ババ臭いな」
「どうとでも言えばいいよ。この日本人の侘び寂びは好みの分かれる独特なものだから」
うぅ~ん、アロマ好きの蘭子ちゃんなら分かってくれると思ったんだけどなぁ。お香とかの趣味は無いのかもしれない。
「そもそも、線香花火の匂いは嗅ぎすぎると有毒だから気を付けるんだぞ?」
「あっ、そうなの? いっぱい嗅いじゃうところだったよ」
ちょっと残念な気分。やっぱり家でお香を焚いた方がイイのかな。最近はお洒落なラベンダーとかローズとかもあるらしいし、若者向けの良い感じの香りもあるかもしれない。
「うわぁー。ワビサビボンバー」
「仄香ちゃんの、落チタ」
「ボンバーよなぁ。ワビサビってるわーホント」
「その発言からは侘び寂びの欠片も感じられないよ……」
相変わらずワビサビという単語が大好きなのか、仄香は変な言葉を言いながら線香花火の終わりを告げる。そうやって、うるさくしてるから落ちやすいんじゃないかとは言わないでおく。
しかし、仄香が終わったことを皮切りに、みんなのもどんどん落ちていく。意識すると落ちやすくなるよね。
「んんー? みんなも終わったのかなー? よぉーっし。じゃあ次はみんなで、誰が最後まで残るか勝負ねー。最後まで残った人はっ! 優勝商品としてっ! ゆーちゃんのおっぱいを揉める権利が貰えます!」
「またその流れ!? 僕に損しかないよっ!」
「えーっ? 減るもんじゃないし良いじゃーん」
「気持ち減るわっ!」
余裕でメンタルがえぐれる気分だ。しかし、そんな僕に反して、大きな口でニタリと笑う美少女と、口に手を当てて上品に笑う美少女が。
「百合葉の胸を……直揉み? これは本気を出すしか無さそうだな」
「うふふ~。その大きな胸の秘密を暴いてあげるわよぉ~?」
「ほらー! 仄香のせいで蘭子も咲姫も変なスイッチ入っちゃったじゃん! それに、僕が勝ったらどうするの……!」
「えっ? みんなの前で自分の胸を揉めばいいじゃん? 直揉みするといいぞよー?」
「それはなんの羞恥プレイかな……」
自分で揉んでる分、余計に変態感が増すよ……。痴女だよそれ。仄香はもうすでに手をわきわきさせてるし。
「ゆーちゃんだってゆーちゃんの巨乳な美乳を揉めるんだからお得でしょー?」
「そうだぞ? 持つ者は持たざる者に慈悲の心をもって恵まなければ、罰が当たるからな」
「それは蘭子もだよね……?」
「それとこれとは話が別だ。とにかく、自分も他人も揉めてウィンウィンだろう」
「その理屈はおかしい!」
口振りからして揉める人数が増えてない? それに、なんで自分のを揉めてお得だと言うのか。
でも、毎晩胸を揉み揉みして寝てるんだから――だなんて、間違っても言えない……。いやだって、胸揉むと落ち着けるじゃん? 寝付けない夜も、とりあえず揉んどけば、なんだか安らげるんだ。そんな話をしたら、僕のお泊まりごとに仄香に揉まれそうだから、言える訳がない。落ち着けるのは揉む側であって、揉まれる側じゃないのに。
「よっし、とりあえず勝負だ!」
「胸は揉ませないからね……? もう……」
みんなでろうそくを囲む輪の中。仄香の強引な開始の合図。五人の手から線香花火が差し出され、それぞれの穂先に火が灯る。やがてパチパチと火花を散らしだし、すぐに勝負が決してしまわないように、皆が慎重になる。
「へへーんだ! こういうのはどれだけ安定して持てるかだよねっ! 見たところ、あたしが一番短く持ってる! もはやあたしの勝利は決まったようだなぁー」
「ふんっ。せいぜい今は確信した勝利の美酒に酔っているが良い」
なんて、仄香はもう勝利を確信したようだ。その油断が命取りなんだけどね。蘭子も同じ事を思ったのか、冷静に仄香に告げる。美酒も何も、仄香は勝利すらしてないのになぁ。しかし、展開は予想外の方向に……。
「うわあっつ! あつあっつ! 火花が指にめっちゃ飛んでくるしっ! んぎゃーっ!」
ポトッと仄香の手元から地面に、火の玉が落ちてしまったのだった。
「ふっ……仄香の夢も儚いものだな。これが驕り高ぶる者の末路……。くっ、仄香のせいで落ちてしまったじゃないか……っ」
「ぶっぶーっだ。蘭たんも負けですー。末路ですー。大人しく引き下がれですー」
「馬鹿な……。この私が……こんな小娘に足を引っ張られるとは……」
仄香に続き、蘭子も火の玉を落としてしまう。ところで蘭子ちゃん? そのセリフ、完全に悪役だよ?
残るは、僕と咲姫と譲羽。先ほどから喋っていないけれど、彼女らは何を考えているのだろう。優勝商品とか興味がないといいなぁ……。
「百合ちゃんの生おっぱいはわたしの物よぉ……」
「アタシは争わナイ。ただ、自然の声を耳に傾けて、勝利の女神が微笑むのを待つダケ」
なんてことだ……。この二人も譲る気が無かったみたいだ。喋った方が不利になるこの線香花火勝負。今まで喋らなかった分、彼女らの本気度が伺える。なんでそんなに僕のおっぱい拘るんだか……。
そこに、ひゅうと強い風切り音がして、一迅の風が吹き込んだ。
「きゃっ! もぉう! やぁだぁ~っ!」
「わわっ。咲姫ちゃんうるさい……落ちちゃったデショ……」
「ユズ、争わないんじゃなかったの?」
ともかく、残ったのは僕の線香花火だけ。勝利は僕のモノとなった。
「おっめでとぉーございます! ゆーちゃんの勝ちー!」
「ありがとう……。でも、胸揉まないからね?」
「ぶっぶー。ダメですー。自分のおっぱい揉み揉みしなきゃあ許すまじですー」
「マジマージ許すまじ……」
仄香が仕切るように、僕が胸揉む権利を行使するように仕向けてくる。ユズもそんなに僕の胸揉みを見たいのっ!? くっ、そんな痴女な事出来る訳がないっ。
「百合葉が自分で生乳を揉む姿が見たい」
「そうだねっ! へいっ! なーまっ。なーまっ。なーまっ」
なんて、蘭子と仄香が煽る始末。
「揉まんわ馬鹿! そんな優勝商品は要りません!」
「じゃあ一位の座を放棄でよろしいかな?」
「だからそんなの要らな……いやっ! 放棄しない! それだとユズに揉まれちゃう」
「……チッ」
「チッって言った! 今舌打ちしたよねぇ!? ゆずりん!?」
僕らの平和のマスコットキャラも、煩悩があるみたいで、安心なのやら不安なのやら。
「自由な百合娘たちを眺めながらのビールは……いいなぁ」
視界の隅でしんみりと言う先生。もう完全に酔ってるのだろうか……。なんだかんだ、楽しんでもらえてるのなら何より……。
そうして、すべての花火が終わった。僕らを眺めながらビールを嗜むという変な性癖の先生だけれど、用意だけして後は自由に百合百合させてくれた事には感謝しないといけない。
 




