第74話「イフリートとヘビ花火」
「いくぞうっ! ねずみ花火っ」
「うわっと……。こっちに投げるのかと思った」
「へへーんだ。流石にそれは危ないって分かるもんねー」
「そんな威張らんでも……当たり前だからね?」
相合い傘から気分は打って変わって。仄香が投げたねずみ花火は、誰もいない暗闇のアスファルトの上でぐるぐる回って、パンと鳴りやがて静まる。昔はよくあれで遊んだものだ。自分の足元に投げてしまって、大騒ぎになるのもお決まりだったりする。
とは言っても、それは子供の頃の話で。大きくなってそんなドジをふむわけはない。無い胸を張る仄香にツッコミを入れたいけど、セクハラ返しが嫌なのでやらないでおく。
「こんな花火まであるんだね。懐かしいなぁ」
先生が買ってきた花火セット。小学生のプールカバンみたいな入れ物の奥には、まだゴロゴロと色物な花火が残っている。その中から仄香は、ねずみ花火を選んだようだ。
「なんか、手持ちだけじゃないっぽいー? 打ち上げ花火もあるしー。 なんだこれ……ヘビ花火ってやつかなー?」
「そ、ソレは……っ! 伝説のイフリートのへその緒!」
仄香も一緒になって中を漁る。その手には、元の大きさの何倍にも膨れ上がるというヘビ花火が。譲羽はテンションをあげて、謎設定の中二病妄想に勤しんでいる。へその緒?
「イフリートって哺乳類……なのかな」
「ほにゅー類? はちゅー類とかはにゅー類とかの?」
「半分は合ってるけど、羽生類は無いかな……」
仄香ちゃんの知識も危ういモノだ。
「へその緒がどれだけの生き物にあるかは知らないが、卵から産まれる場合でも、へその緒があるらしいぞ? 胎生……お腹から産まれる種族だけじゃないみたいだ」
流石は我らが知識担当の蘭子ちゃん。しっかりと言葉の意味まで解説してくれるという博識っぷり。記憶の確証が無い事まで伝えるあたりめちゃめちゃ理屈屋っぽいけど、大学キョージュみたいな説明だ。
「はぇ~。卵から産まれてもおへそってあるのかー。じゃあ、生卵の白い管もそれなのー?」
「いや。それはカラザだとか言って、へその緒の役割じゃなく、卵の黄身を中心に保つものだな」
「ははぁ~。卵の殻をー破ればカラザー。なるほどなぁー」
変なダジャレ歌を歌って納得する仄香ちゃんだった。単語はすぐに忘れてしまいそうだけどね。
「色々と詳しいね、蘭子は」
「いつだったか、興味が沸いて調べたものでな……」
やっぱりこの子の知的好奇心と記憶力はすごいなぁって思う。
「おっと済まない、譲羽のイフリートだったな。話を遮ってしまった」
「いや……イイの。面白い話が聞けたシ……」
と、蘭子が謝って、譲羽は、ぶんぶんと小さく手を振る。かつては冷たかったこの子がこんな些細な事を気遣えるようになっただなんて……。僕は蘭子ちゃんの成長に泣きそうだよ……。一方で、ゆずりんの優しさ溢れる返しにも泣きそうになる。不器用だったみんなは、日々成長しているのだ。
「なんでこれがイフリートのへその緒だと思ったかと言うとネ……。何千個も集めて火を放てば、それはもうイフリートの召喚のような豪炎になるからナノ……動画で見タ……」
なんともまあ現代人らしい見方だ。
「それだとイフリートの魂の欠片とかだね……。へその緒は何個も無いからね……」
「あっ……そっカァ」
ゆずりんの中二病も、ちょっと詰めの甘いところがあったり。まあ、それに一々ツッコミを入れちゃうのも、僕の悪い癖だけれども。ここは大人らしく、あらぁ~すごいわねぇ~みたいな、ママ感溢れる対応もしたいものだ……。って、それは大人の対応じゃなくて子育ての対応だろうか?
「へぇ~ごうえん~? それはちょっと見てみたいかもぉ~」
「でも、何千個も用意出来ないから……一個だけで、試す。初めて見るなら咲姫ちゃん、とくと見るとヨイ……」
「そうねぇ~、どんな花火なのかしら」
咲姫は初ヘビ花火らしい。確かに、そこら辺で買う花火では見つける事の出来ない代物だ。もしや、楓先生はそれも踏まえてこの豪華花火セットを? と見てみれば、ニンマリ頷きながら僕らの様子を見ていた。もう完全にあれじゃん。子供の遊ぶ姿を見て微笑むおばあちゃんじゃん……。本当にそう言ったら怒られそうだけれども。
「ユズ、火傷しないようにね」
「ウン。上手く着火スルっ」
と、譲羽は楓先生にライターを借りて、アスファルト上のヘビ花火に火を付ける。すると、だんだんと煙を上げ始める中で、突然、咲姫が僕の腕に抱きついてくる。
「キャッ! 何これぇ! なんだか動きが怖いわぁ~っ」
「これ、実は動いてるのとは違うんだよ。どんどん伸びてるだけでさ」
「でも、ねずみ花火とはまた違う怖さがあるわねぇ……。燃え終わった後も気持ち悪いぃ……」
「まあまあ。そういうモノだから」
あっけなく終わってしまって、僕はヘビ花火の燃え貸すを火ばさみでバケツの中に。すると譲羽が悲しみの声を。
「炎の精イフリートの欠片も、力及ばなければ、水の封印がなされてしまうのネ……」
「そうだね。ちょっともったいないけど」
そしてジュッと寂しい音を立てたヘビ花火の燃えかす。それを見て、線香花火もまだまだ残っているのに、途端に寂しい思いがした。




