第71話「花火で揺れ動く心」
「はいっ、花火どーん」
「花火がドーンッ!」
「ロウソクどーん」
「ロウソクドーンッ!」
「火消しバケツどーん」
「火消しバケツがドーンッ!」
「最後にわたしのビールが入ったクーラーボックスがどどーんッ!」
「クーラーボックスドドンパドーン!」
楓先生が言うとともに出していく素敵なアイテムセット。半分酔っ払いのテンションに仄香もノリノリで、オウム返しのように放つ単語。完全に子供のノリだ……。でも、大人になってもこういうノリを大切にした方がいいのだろう。見ていて楽しそうだし。
「じゃあバケツに水を組んできますね」
「ノンノン。その必要は無いのだぞー? 百合葉くぅーん」
「そ、そうなんですか?」
僕が気を使って先読みしようとしたのだけれど、不必要だったみたいだ。でも、水なら目の前のバーベキュースペースで汲めるのに。
疑問に思っていると、先生はクーラーボックスを開け、ビールをかき分ける。まだ入ってるんかい……。
「はいっ。クーラーボックスの溶けた氷をどーん」
「なんとぅ先生っ! そんな手がぁ!?」
「か、賢イ……賢スギル……っ」
「ふふふっ。そうだろうそうだろう」
楓先生が氷の入ってた水袋をバケツに入れて、ハサミで切ればあっという間。バケツに水が溜まるのでした。仄香と譲羽がハイテンションで盛り上げていく。ドヤ顔の先生はやはりどこか蘭子に似てて、やっぱり血の繋がりだなぁって思った。
「そしてっ。最近は電子タバコの流行りで使われなくなったライターで、ロウソクに火をつけるっ」
「つけるつけ~るつけるマジック!」
そうして、先生は慣れた手つきで銀色のライターをこする。火花が飛んで炎が上がり、地面に置かれた手持ち花火用のろうそくが灯される。なんだかこういう、暗闇の中で火を見るのは懐かしい感覚だ。
と、その幻想感に浸っていると、横で見ていた蘭子が僕の方を向いていたので、見つめ返す。
「なに?」
「百合葉の恋心にも火をつけてあげよう」
「いや、要らないかな……」
「そうか……」
だって僕のハートは既に蘭子ちゃんのせいで轟々に燃えているんだもん。たまに激しく萌え盛っちゃうくらいにさ……。クールな顔なのに、悔しそうに歯を噛みしめるのもまた、萌え萌えポイントだ。
っていうか、上手い事言ったつもりだったの? そういうのは咲姫ちゃんの専売特許だよ? それとも、特許の穴をかいくぐって、ギャグとは別路線で責めるというの? かわいいね? かわいいよ?
「へいっ! ハートに火をつけて! ロウソク気をつけて!」
と、歌いながら仄香は早速花火をあさり始めていた。譲羽も、まとまった花火を一つ一つ取りやすいように分けている。
「ほらほら。君たちも早くしないと、仄香に花火を全部使われてしまうぞー?」
「いやぁ、僕らは……」
と咲姫と蘭子と、顔を見合わせる。
「いやも何もないだろう。顧問であるわたしが自費で買ってきた。だから命令、やれって言う事さ」
「んな横暴な……。ありがたいですけどね」
言われて僕らも花火を取りに……。うぅーん、こういうのは保護者目線で見ているのが好きだったんだけど、仕方がない。
仄香はもう既に選んでいたようで、ろうそく相手に両手の二本を向けて、火を付けている。
「よっしゃあ! 仄香オンザファイヤー!」
「仄香ちゃんそれ、ゲームの技名に……アリソウっ。アタシも……負けてられナイッ。炎の精霊よ、今しばし、その豪炎を貸したまえ! イフリート! ……アワワッ!」
「おっと危ない」
譲羽が叫んだ瞬間に花火に火がついたのは良いのだけれど、しゃがみっぱなしだったか、譲羽は後ろにコロンと転げるところだった。僕が支えなかったら火傷をしていたかもしれない。
「大丈夫? 気をつけてね」
「あ、ありがとう……百合葉チャン……っ」
花火を足元のコンクリートに向けて譲羽が不器用なハニカミ笑顔でお礼を言ってくれる……。この笑顔のためなら何度だって助けたい……いや、それは譲羽の成長が……いやしかし、この子のためならいつだって助けなければ……ぐぬぬ。
これが親心というやつかっ!
そんな僕らの様子を見てか、蘭子はちょっと唇を尖らせる。
「精霊を扱う召喚師も、転んでしまってはまだまだだな」
「まあまあ。ユズちゃんらしいじゃないのぉ~」
「む、まあ……そうだな」
嫉妬なのかイジっているのか。恐らくは前者の気持ちの蘭子に、珍しく咲姫が宥める立ち場だった。クールな蘭子ちゃんも女子高生。嫉妬深い咲姫ちゃんも女子高生。大人か子供か、揺れ動く感情の狭間でフラついてしまうのは、僕にも言えた事かもしれない。
早く大人になりたい。でも、先生の言うような子供心ではしゃぎもしたい。でも、それがまた恥ずかしくも感じる。
そんな複雑な歳になってしまい物思う頃。大人になったら、もっと割り切って行動できるのだろうか。
花火一つで感慨深く思う僕なのだった。




