第60話「バーベキューの余韻」
「椎茸……まだカナ……」
「水分が出てきたら食べ頃ね。あんまり長く焼くとしなしなになっちゃう」
肉も一通り焼き終わって、野菜類をまったり焼く時間に。譲羽がじぃっと椎茸を見つめる。
「きのこから水分が出てくるとかイヤらしいな百合葉は」
「食事中くらい下ネタ抑えられないの? アンタは」
僕を辱めたいだけなのだろうけど。美味しい食べ物が汚く見えて嫌になっちゃうなぁ。でもそれでもやめないのは、僕の気を少しでも引きたい蘭子の気持ちなのだろう。それを嫌えないのも、僕の悪いところだ。
食べ頃になった椎茸にざっくり割り箸を刺して、一口大に引き裂いて食べる。大きく歯で噛み砕くように食べる。蘭子ちゃんも一応女の子だし、なんの当てつけにもならないだろうけど。男を嫌っている筈なのに、男みたいな下ネタを言うのはなんなんだろうね一体……。
「うぇー。今焼けてるのピーマンだけかよぉー。はい、ゆーちゃん。あげる」
そう言って仄香は、僕にピーマンを押し付けてくる。
「少し焦げてくたくたになったところを、タレに付けて食べるんだ。焼きピーマンも甘みがあって美味しいんだよ?」
「信じらんないなー。ゆーちゃんのミカクはおかしいんじゃないのぉー?」
「はいはい。こんな美味しいものを食べられないだなんてもったいないね」
と、僕は仄香が押し付けてきたピーマンも食べる。っていうか、取らなければ良かったのに。もしかすると、僕に押し付けたくて摘まんだのかもしれない。可愛い美少女だ。
そんなうちに、トウモロコシが香ばしい匂いを立て始める。そろそろかなとトングでひっくり返す。うん、良さそうな頃合いだ。
「トウモロコシって食べにくいわよねぇ。口の周りが汚れちゃうぅ~」
「そうだよねぇ。いっつも汚い食べ方になっちゃう。綺麗に食べようとするとすごく疲れるし」
咲姫は手にしたキッチンペーパーでトウモロコシの持ち手を作って、クルクル回しながら言う。スーパー美少女意識の高い咲姫ちゃんらしい悩みだ。
「キレーに食べる方法!? そんなの簡単よぉ!」
そこで仄香がバンっと机を叩く。備え付けの木製だから良いけど、プラスチックの安い机だったら、一気にお皿がひっくり返りそうだ。
「仄香、トウモロコシ得意なの?」
「もー得意よねっ! スーパー得意よねっ!」
食べ方に得意も何もあるのかは分からないけど、サンマを食べるのが上手いみたいなものなのだろう。
「ほう。じゃあ美しいトウモロコシの食べ方を見せてもらおうか」
「モラオウカッ!」
「へいへい見せてもらおうか王冠! 見せてあげようか羊羹!」
蘭子と譲羽が煽ると仄香は、王冠みたいに頭の上にトウモロコシを掲げたり、羊羹みたいにトウモロコシをゆっくり切るフリをしたりと、忙しい子だ。
「まずは一列なんとかキレーに食べる!」
「その一列が難しいんだがな」
「仄香ちゃんの前歯……器用……」
見せてくれたトウモロコシは、一列だけ綺麗に粒が無くなっていた。蘭子も譲羽も感心してはいるのか、興味深そうに見つめている。
「そして!空いた一列の上の列に前歯を差し込んで! えぐる! えぐふ!」
言って仄香は一列ずつ上に移動するように綺麗にコーン粒の列を剥ぎ取って、口の中に入れていった。大量の粒をほっぺたに溜め込むその姿は完全に……。
「リスみたいだね……」
「リスだな」
「リスよねぇ……」
「リスの食事風景……」
「おっ? それはあたしが可愛いって事かな!?」
僕も蘭子も咲姫も譲羽も、微笑ましいような苦笑い。その間に、譲羽がスマホのカメラでササッと盗撮しているのが見えた。音もなく、普通に通知を確認したようにしか見えなかった……。そうやって僕らの写真を盗撮してたんだね……。盗撮の正体見たりスマホかな。
「それでも口の周りを汚さないのは大変よねぇ。仄香ちゃんみたいに大口開けて食べられる子が羨ましいわぁ~」
あっ、咲姫ちゃんそれ皮肉だよね? 仄香に女子力低いって言ってるようなものだよね?
「ホントよぉー! 美味しいものは美味しく食べれるのが一番!」
なんて、仄香には通用していなかった。場の空気を悪くしたくないからあえて読まなかったのかもしれないけれど。
「ちょっとずつ食べるのは大変だけど……アタシは挑戦して見セル!」
「そっかぁ。僕は銀のスプーンでえぐって、お皿に溜まったのを食べるかなぁ。そうしたら綺麗には食べられるから」
「うぅ~ん。わたしもそうするぅ~」
「私もそうするか」
譲羽は小さな口で仄香の真似をし、僕と咲姫と蘭子は上品……というか、口の周りが汚れない食べ方に。こういう姿に違和感があるのは自分でも自覚あるけど。
「ちょちぃーっ! それは邪道よぉ!」
「えっ? そんなに?」
変だと思うけどさ。でも、仄香ちゃんはそういうトコ、こだわりがあるみたい。
「焼きトウキビにかぶりついて味わう! 農家の人たちの愛情を口いっぱいに詰め込める! この道産子魂が分からんと言うのかぁ!」
「それも立派だけどね……。食べ方は人それぞれでいいと思うよ」
彼女のこだわりも可愛らしいものだけど、自由にさせて欲しいモノだ。まあこういう食べ方の議論は、キノコタケノコのどっち派論争みたいなお約束だとも思う。
「仄香、トウキビって方言らしいぞ?」
「へぇ~。沖縄にはサトウキビとかもあるのに不思議ぃ~」
「そ、それがどうかしたのかなっ! 蘭たんっ」
蘭子の豆知識に咲姫が目をまるくする。一方で、仄香は嫌な予感と言わんばかりに警戒して、両箸を構えて戦闘のポーズ。戦うの?
「私は千葉出身だから、田舎くさい娘がワンワン吠えても、何を言っているのか分からんなぁ」
「なんだとぅー!? 都会モンだからってそんなにおっぱい大きくしやがってぇ! このおっぱい魔神めっ!」
「それは君の食育が足りないせいだ。ほらほら、焼け残った肉があるから、存分に食べると良い」
「ぐぬぬ……っ。食べてやるよぅ……食べ尽くしてやるよぅっ!」
「これもだぞ? 焦げたピーマンだ」
「うぐぅ……負けるかよぅ……」
そう言って、焦げかかって誰も食べなかった肉の塊たちを、仄香がガツガツと口にかき込んでいく。ピーマンも顔をこわばらせて食べる。それでも蘭子は、焦げた野菜を次々と追加していく。ちょっと可愛そうでもあるけれど、面白いし可愛いし放っておくことに。
「今からいっぱい食べても、成長はしないんじゃないかしら……」
「女子の胸の成長は高校生でだいたい決まっちゃうらしいし……。もう無理だよ仄香、諦めなよ」
「くそうっ! あたしは思う存分おっぱいを揉みたかった! こんなあるのかどうか分からないサイズじゃなくて! 柔らかなお肉を揉みながら寝る生活を送りたかった!」
「――ッて、僕の胸を揉むのはやめてっ!」
もしかしたら、その胸のサイズ感が仄香のレズを悪化させた原因かもなぁって、ちょっぴり思ったり。




