第57話「バラ肉と百合」
「やばいよ! バラ肉に火が燃え移ってる!」
「アワワ……大変……」
「バラ肉バラバラバーニングファイヤー!」
「消火だ消火。さっさと消火しないといけない」
「消化? お肉なら今、お腹で消化してるよ?」
「そっちの消火じゃないわよぉ~っ!」
なんて、慌てふためく僕らと、呑気な仄香だった。焼き肉で焦げる事の怖さを知らないね? 端で黒い暗黒物質になる恐ろしさを……。
そんなプチ事件の間も、離れた席で楓先生がニヘラァというだらしない顔で、ワタワタする僕らを見ていた。いざという時に責任を持つ保護者になってくれるのだろうか。心配だけど、まあ大丈夫だと信じたい。
いや、でも完全にお酒飲んでるし、一応、勤務時間外だった……。じゃあ、僕がなんとかするしかないか……。
網が悲惨に焦げる事もなく鎮火し、また次の肉を焼き始める。これは先生の大好きなセセリだ。
「コレは確か……胸肉側ササミ?」
「違うよぅ! 確かアサリだよぅ!」
譲羽も仄香も間違った解答だった。確かに語感は似てるけどさぁ……。
「セセリね……。ササミじゃないし、アサリは貝だし」
「アサリは貝だし! あたしは好きだし! お肉の買い出し! 味付け本ダシ! 先生呼び出し! あたしは駆けだし!」
「ダジャレラップにするんじゃないよ……」
なんてそんなほいほい言葉が浮かぶかな仄香ちゃん……。国語の分野が古典じゃなかったら好成績でも取れるのだろうか。ちょっと違うかもだけど。
「だしで終わる言葉か。ふむ、百合葉に中出――」
「やめろぉッ!」
蘭かの言葉に被せるように叫ぶ。なんで僕が嫌がるのにエグい下ネタをぶつけてくるのか。嫌がる僕を楽しんでるからなのだろう。それに、彼女の気持ちに答えない僕への嫌がらせもあるかもしれない。条件反射でツッコむのはもうやめよう……。
「百合葉、私が何を言おうとしたのか、言い切る前に分かったのか? 随分エッチな娘だなぁ。そんなに私の子を産みたいのか?」
「解りたくないけど解るよ……。百合本には下ネタえげつないのもあるし……」
なお、蘭子の子を産みたいかどうかについては答えられない模様。だってこの子、声がイケメン過ぎて精子出てるんだもん。耳から妊娠しそうなんだもん。どちらかというと僕がタチ側になりたいのに、妊娠させられてどうするんだ。
「じゃあ私も百合らしければ良いのだな? 百合葉の秘めたる花園の奥。二枚の赤い花びらを開いた先には百合の蜜が滴っており、そこでは新たなる生命の種子を今か今かと待ちわび濡れて――」
「それもダメっ! 耽美系の官能小説かっ!」
「私は花の話しかしていないのだが。百合葉は想像力がエッチだな? このドスケベ百合葉」
「勝手に言っててよ……もう……」
顔が沸騰しそうな位に熱い……。ナルシストが無駄に小説読んでるだけあって、物語に薔薇の花びらが舞って見えるよ……。百合なのに薔薇とはこれいかにだよ……。
そんな蘭子は無視して薔薇の花びらを……じゃなくて、バラ肉を広げてトングで黙々と焼いていく。こういう単純作業は怒りが落ち着けて良い……。
ちなみに僕は、性器も子宮も使用することのない、試験管ベイビーのまま受精卵が育ち、赤ちゃんが生まれる未来の技術に期待していたり。その方が母胎の負担も経るし、もしかすると、女同士の卵子で受精卵を作り出せる可能性も開けて……ふふふっ。未来が楽しみだ。
子作りにエロい事など無くていいのだっ!
そう言えば、僕も中性的と言われ蘭子もイケメン女子なのだから、僕らの子どもはイケメン女子に? ならば、子作りすればするほど、無限にイケメン女子を精製出来る? 人類皆イケメン女子計画の幕開けじゃないか。イケメン女子の錬金術師に、僕はなるっ!
男が生まれる確率? そんなもの、愛液の分泌量によって左右されるらしいから、快感を感じなければ女の子しか産まなくて済むはず……。もし万が一にも性別が間違ってしまったら、お風呂場で滑って転んだとでも言って、潰してしまえば良いのだ。
おっと、僕としたことが、蘭子との子作りの妄想をしてしまったみたい。いけないいけない。この僕が性欲にまみれるだなんて汚い事、あってはならない。僕にとってのレズのタチとは、ただひたすらに相手を快感に導く、Serviceの精神。そこに本当の愛が――。
「百合ちゃん、お肉を焼いてるのに難しい顔してるわよぉ~? どうしたの?」
「ああ、いや……。なんでもないよ」
思考の海を泳ぎすぎていたみたいだ。咲姫に訊ねられてしまった。
「百合葉は今、私に抱かれる妄想をくり広げているところなんだ。今イクところだから、邪魔しないでやってくれ」
「それは難しい顔をしてする妄想なのかな……?」
「百合葉と私の子作りなら、真面目で大事な話じゃないか」
「真面目どころか、そもそも僕らじゃ子作り出来ないよ……」
でも、蘭子との子作り妄想があった事は否定しきれない。嘘をつくのは苦手なんだ。
「へぇ~? 百合ちゃんはそういうのが好みなのぉ~。それはそれは楽しみねぇ?」
「どうして蘭子の大嘘を真に受けるの? 咲姫ちゃん?」
あと、楽しみって何かな? 顔はお上品に微笑んでいるのに、中指の動きが妙にイヤらしいよ? ねぇ? 他の爪は綺麗に整えているのに、なんで中指だけそんなに深爪なの? もしや僕を抱く気満々なの? 僕の綺麗な姫様はどこに行ってしまったの?
しかし、どんなに性欲を嫌おうと、美少女は嫌えないのである。美少女の美しさには抗えない。これをレズの業という。きっと前世は罪深いレズだったのだろうし、今も罪深い女とか言われるから、きっと来世も業の深いレズになることだろう。輪廻転生しても美少女に囲まれるなら、それは良いことだなぁ。




