第26話「マブダチ」
「なんだ、また君たちか」
ホントにね……。しつこ過ぎて何度目だよって思うわ……。
しかし、この数日の付き合いとはいえ譲羽がコミュニケーション苦手なのは明白であって。昨日の椅子倒し騒動があったのに……だ。それでも、蘭子に歩み寄ろうと勇気を振り絞ったゆずりんを、精いっぱい後押ししなければならない。う~ん、ゆずりんの勇気に花丸満点っ! お姉ちゃん泣いちゃいそうだぞぉ~っ。
「蘭子ちゃん、保健のノート取ってるよね? 写させて欲しいんだけど」
僕が言うと彼女は「ふむ」と考える。
「貸したいのはやまやまなのだが、あいにく私は、ノートを取らない主義なんだ」
「えっ?」
彼女の言葉に一瞬の戸惑い。
「冗談だ」
「なんだよう、もうっ」
「さっきの仕返しだ」
「あ、ああ」
そういえばイジり倒しちゃいましたもんね……。こんな些細な反撃なんて……かっわいーなぁ~。
「へいへい、そんで貸してくれんの?」
そこに、やはり気を許したくないのか、笑みも浮かべず仄香が問う。
「構わない」
「そっ。じゃあ貸してー」
乾いた態度で言う……ってか仲良くしたくないのに借りるなんて、ちょっと図々しいんじゃない?
そんな仄香に対し、蘭子は毅然とした表情を向ける。
「しかし、貸すのはその二人にであって、君にではない」
「な、なんだとぅっ!」
「冗談だ」
「まじかよ……やり手かよ……」
蘭子の手のひらの上でクルクルと踊らさせる仄香。でも案外仲良く出来そうじゃない……?
そうして、カバンから取り出したノートを顔にかざし、不適の笑みを浮かべる彼女。
「フッ、君も私の美しい字に惚れるがいいさ……」
驚きの唐突ナルシストである。しかしそれに対し仄香は耳に手を当て首を傾げる。
「えっ、何ぃ? なんだってー!?」
わざとらしい聞き返し。だが、蘭子も気にしないようでふんと得意げに鼻を鳴らす。
「君も私の美しい字に惚れるがいい」
「もっかい!」
「私の美しい字に惚れろ」
「なんか命令になってるし……」
呆れる僕。だが仄香はそれに反し……。
「あっはっはっ! 何それまじウケるんだけどーっ!」
突然、大きく手を叩いて笑ったのだ。
「字に惚れろって? やべぇどんだけ綺麗な字なんだろうなー! 楽しみだなぁ~!」
煽るように言いながら受け取ったノートを開く。さて、どんな反応を……?
「ホレたわ……」
「チョロすぎだよっ」
一通り眺めてみるみる真顔になった彼女。そして無言のまま謎の頷きをしてノートを僕に渡したと思えば、たちまちニカッと白い歯を見せ笑顔に。
「いやぁー、ゆずりんイジメる怖い人かと思ってたけど、アンタ面白いねー。気に入ったわ!」
「そうか? 面白いも何も、私は素で話しているだけなのだが」
素なのかいっ。マジの変人じゃんか気に入ったわー。変人美少女気に入っちゃうわー。
「冷たい人かと思ってたからさー。今までごめんねー?」
「構わないさ。私はなんとも思っていなかったし」
「冷たぁっ! なんとも思えよぉ!」
「別にいいだろう」
相変わらず凛とした態度の蘭子。しかし、そのやりとりには少なくとも、壁を感じられはしなかった。
その様子を見てか、譲羽がパァッとにこやかになり、うずうずしだす。
「蘭子ちゃん……そのっ。アタシたちと、友だちに……なろっ?」
突然ではあるが、心揺さぶられる純粋な気持ちを、不器用にドモりながら譲羽がぶつける。
「まあ好きにすればいい。私は私のしたいようにするだけなのだからな」
その様子に動かされてか一応了承と思われる返事。彼女も不器用だよなぁ。
「うっしゃーッ! 今日からウチらはマブダチだぜッ!」
「んっ? 君とは友だちになるとは言ってないが」
「ガーンッ! ショックだブロックだ!」
「冗談だ」
「なんだよぉう! もうっ!」
そして仄香と蘭子の早くも定着しつつあるやり取り。これは完全に打ち解けたと言って良いんじゃないかな?
「さて、譲羽に仄香に百合葉だったか。呼び捨てにさせてもらう」
蘭子は僕らを一人ずつ確認しながら名前を呼ぶ。
「オーケー蘭子。よろしく」
さり気なく僕も呼び捨て。交わす握手。不敵に笑う彼女だが嫌がってはいないな、大丈夫だ。
「よろしく……ネ、蘭子ちゃん……っ」
譲羽も握手を求める。手の大きさが成人男性と小学生並みに差があるので、蘭子が柔らかく包み込む形となっているが。
その横から、バシバシと蘭子の背を叩く仄香。
「うちもよろしきゅうだぜっ! らんたん!」
「ら、らんたん……?」
戸惑いを隠せない彼女。しかし、その様子なんかこれっぽちも気にしないで、
「そうだよ! なんかかわいいじゃんっ? らんたん」
「ま、まあそうだな。私はいつも輝いているしな。闇夜を切り裂くほどに」
仄香は謎のあだ名を無理やり押し通す。それに対し、いつもの流し目ナルシストポーズで片手を顔にかざす蘭子。
「まばゆい私が辺りを照らす……」
フラッシュかよ……。視界が開けるどころか、もう眩しすぎて目を奪われるレベル。やっぱ面白いわこの子……。
「あっはー! やっぱアンタ最高でしかないわっ!」
仄香も同意見なのか、机を叩いて笑う……いつもいつも手が痛くならないのかな……。
「そうだとも。私は最高だ」
「いぇあっ。うちらは最高! 共に最高! 共に友だち! ゆえにマブダチ!」
「ダジャレラップかい……」
やけにテンションが高いなぁ……。まあともかく仄香が気を許したようで良かった。
ともあれ、この二人は蘭子と仲良くやっていけそうで一安心である。あと残るは……。




