第41話「順番と百合」
「じゃあ滑りに行こっかなぁー。僕は一人でいいから、みんなの中でペアを組むと良い……よ……」
一緒に滑ると末永く幸せになれるという定番なジンクス。誰と一緒にウォータースライダーを滑るか。迷いに迷った結果、とぼけた発言を敢えてしちゃったモノだから、美少女達の空気がピシャリと固まったのが分かった。ああもう、やっぱり修羅場からは逃れられないのかな……。
「いた……っ」
そこで突然、仄香からガシッと捕まれる僕の右腕。
「ゆーちゃん? なんであたしらから逃げようとしてるのー?」
「えっ? そんな事は……」
「だって逃げたじゃん? 逃げたでしょ、逃げたよねぇ!」
「ちょっと仄香……!?」
微笑んでは居るけど目がマジだ! これ結構怒ってるやつだ! 頭では分かっていながら、選択肢を間違えたのだ僕は……っ! だって、喧嘩とかして欲しくないじゃん!? みんな仲良しハーレムが良いじゃん!? うわっ! 左腕も咲姫が掴んできたぁっ!
「百合ちゃんはわたし達の気持ちを知っておきながら、それに向かい合おうともしないで、目を逸らすのねぇ~。いけない子よねぇ~? どんなお仕置きをしましょうかしらぁ~っ」
「ちょっと……! 咲姫ちゃんさんっ!? なんでお仕置きされる流れになってるのっ!」
「それはウォータースライダーで流されるんだから当たり前よねぇ~」
「面白いのかよく分からないギャグで誤魔化さないでっ!」
まずいまずいまずい。怒ってる! これじゃあ残った二人は切り捨ててでも、仄香か咲姫の二人を選ばないと宥められないじゃないか! どうやってこの場をしのげば……。
そんな焦りまくりな僕とは正反対に、冷静な表情て咳払いする蘭子。
「誰が百合葉と滑るかよりも、みんなで一緒に滑った方が確実じゃないか?」
その一言で、なぜか大火事が鎮火された気がした。助かった……のかな?
「はっ? 蘭たん天才の者か?」
「天才の者ってなんなの……アホの者だよ……」
「みんな仲良しが……イチバン。蘭子ちゃん、やっぱり頭イイ」
「そうだろうそうだろう」
「まあ、それでいいよ……」
そして、僕が一緒に滑る事に関しては、もうすでに拒否出来ないようだった。まあ、みんなの気持ちが平和的に収まるのなら……。意外と馬鹿に出来ないアイディアだ。
ただ、ジンクスの為にみんなでって……。お間抜けにしか見えないなぁ。
「それで、滑る順番だけど……」
僕が言うと、そこで一同がまた、ハッと息を吸う。
「考えて居なかったな。とりあえず、ジンクスが叶えばいいと思っていたから」
「でも順番大事よなー。だってさー……」
そうして集まる視線。主に、僕の胸元に。
「百合ちゃんのおっぱいを感じるか、当てるか……よねぇ?」
咲姫ちゃんらしからぬ、爆弾発言だった。この子、こんなにレズレズしかったかな?
「それは事実なんだけどー、さっきーの口から聞くとめっちゃヤラシィ子に見えるわー。ヤッラシィーッ」
「咲姫は優等生なイメージが強いからね……中身はともかく」
「でも、銀髪ゆるふわポニーテールな見た目とか、キャバ嬢みたいに派手だよな。変態王国のスケベ姫」
「咲姫ちゃんの、エッッッッッチ」
「へいっ! サノバビッチ!」
「今更なんなのよぉ!」
みんなが悪ノリしてエッチな咲姫ちゃんをイジるモノだから、咲姫ちゃんは両手をグーにして膝の前に伸ばし、怒りを露わにする。でもそのポーズ、かわいいよ……。盛り乳で無理して作った違和感ある谷間がよく見えて、哀れかわいいよ……。
そんな姫様を哀れむように、蘭子がふぅっと嘆息する。
「変態姫様はともかく、譲羽や仄香では小柄すぎて怖いな。そして、咲姫が先頭でも、細くて頼りない」
「だ、だからなんなのよぉ……」
「つまり、私は強い」
「それがどうしたっての……?」
咲姫にツッコまれても妙な返答の蘭子。彼女もウォータースライダーにドキドキしているのだろうか? ジンクスさえ叶えばいいって言ってたし。
「強い者が先駆けとなった方が良いだろう? そして、後ろは軽い者の方が良い」
「へぇ。それで、本音は?」
「ふふふっ。私に抱きつくように百合葉が滑れば、百合葉の生おっぱいの感触を楽しめる」
「正体を表したねこの変態……」
呆れてモノも言えない……。それに生じゃない、水着だし……。
でも、軽い子が後ろの方が良いに決まってる。蘭子の案に反対意見は出せないようで、他の美少女たちも押し黙るしかないようだ。
「じゃあ身長が高い順でいっか。他三人もいいでしょ?」
「うぐぅ……まあしゃーないかぁ。あたしはそれでいいや」
「みんなが一緒で、丸く収まるなら……イイ!」
「わたしが当てる側なのねぇ……。それでもいいわよぉ」
「でも、咲姫のおっぱいは偽物だから、当てて意味があるのか分からないけどね」
「……うぅ~ッ!」
納得する一同だったけれど、僕が咲姫に当然のツッコミをしたら、顔を真っ赤にして悔しがる様子の姫様……。ああ、可愛いよ姫様……。だけど? あれっ? どうしたのだろう。涙目で僕を睨み付けて……。咲姫は自分の胸に手を差し込んで……っ!?
「咲姫……っ! 待って待って……!? 今パッド出しちゃったら、おっぱい出ちゃうから! 水着サイズが合わなくなるからっ! だから投げるの我慢してっ!」
「知らないわよぉ~っ! 気に入ってたのにぃ! 百合ちゃんのばかぁ!」
「投げたら僕が困るから! だから落ち着いて!」
仕方なしに、僕は彼女の胸元をかばうために抱き寄せる。すると、周りから茶化される声が。
「ひゅーひゅー。羨ましいなぁー。ニセチチ投げようとしたらおっぱい当ててもらえるんだからなぁー」
「ふっ……。貧乳らしい、皮肉なものだな」
「咲姫ちゃんご乱心……でも、仕方が無いワ……」
仄香も蘭子も譲羽も、呆れたようにやれやれと笑う。僕の行動が許されたようで良かった……。
そうしているうちに、荒ぶっていた咲姫の呼吸が整い始める。
「ごめんね、その水着かわいいもんね……。似合ってるって言わなかったの謝るからさ。自分の体は大事にしてね……?」
「そうなのぉ、巨乳の方がバランスよく見えるんだけどぉ……。えへへぇ~百合ちゃんのおっぱい柔らかぁ~い」
あっ、なんだか母性に目覚めちゃいそうだぞっ。目の前の子はただのレズなのにだぞっ。
「じゃ、もういいかなっ」
「やぁ~ん、もっと感じたいのにぃ~」
「でも、時間だからね? 我慢してね?」
「はぁ~い……」
もはや子どもをあやすママになった気分だ……。んんん? 咲姫ちゃんもよくママって言われてるから、僕はお婆ちゃんになるんじゃない? それは如何なものかな?
ともかく、そうこうしていられない。閉園時間は迫っているし、目の前に並んでいた女子たちも、もうウォータースライダーに滑り始めている。
「さっ、順番来るよっ。みんなで並ぼう」
そうして、目の前の人が滑り降りて、蘭子の番に。後ろに僕、咲姫、仄香、譲羽と続いて、一緒に滑ろうとしたのだけれど……。
「あのぉ~。滑るときには一人ずつでお願いしま~す」
「あっ……」
係のお姉さんに止められてしまう僕らだった。
ジンクスと言われるまで有名になったのに、事実はこうもあっけなく否定されてしまう。そういうのもまた、一人歩きした乙女達の噂らしくて、可愛いらしいものだ。




