第38話「スイミングレッスンと百合」
「そうそう、その姿勢のまま。蘭子は少しゆっくりめに引っ張って」
「分かった」
「ユズちゃん脚が乱れてるわよぉ~。リズムを保ってねぇ~」
「おうおう! 良い感じだぞぉゆずりんっ! 上手くなればみんなで遊べるぞぉー!?」
「本気で泳ぐ遊びはないと思うけどね」
四人が一人に泳ぎを教えるという妙な風景が見られるプールの一角。僕らは譲羽への泳ぎの指導で夢中になっていた。案外これも悪くないものだ。
「つ、つかれタ……」
しばらくして、譲羽の脚が止まり休憩時間に。しかし、見ていた感じではもうこれ以上同じ練習をする必要があるか疑問なくらいまで、譲羽の泳ぎが安定してきたので、次にどうするか考えないと。
「だいぶ良い感じに仕上がってきたんじゃないか?」
「ユズの動きもなめらかになったと思うよ。どう?」
「うん……。なんだか泳げてきてる……実感……」
「それは良かったわねぇ~」
「めっちゃええぞぉー!」
プールサイドに座り、僕らは譲羽が成長を実感出来ている事に大満足であった。
しかし、そこで蘭子が「ふむ」とあごに手を当てて考える。かわいい。
「クロールはどう教えるんだろうな。腕の動きが大事だから、私が引っ張る訳にもいかないし」
「脚を持つのとかはー?」
「でもぉ、脚のバタ付きで前に進めるんでしょ~? 多分、難しいじゃないかしらぁ」
「動きを確認してから、実際に泳ぐしかなさそうだね」
「う、うん……。ヤッテミル……」
みんなが悩む中、譲羽は不安そうに頷く。ダメだ、彼女の不安を払拭しなければ。
「ユズ。泳ぎは水中だけしか練習できないワケじゃないんだよ。今、こうやって座りながらでも、動きの確認が出来るからさ。確認しよう」
「そ、そうナノ?」
「そうだよ」
「そうなのかーっ!」
仄香が一番驚いていた。実践あるのみって感じの彼女なら、水中に入らない練習だなんてビックリなのかも。
「リズムで覚えるのが一番だよ。僕は左利きだがらなのか左手がスタートなんだけど、左ー右ー左ー息継ぎー。って歌うようにやったら良いと思うよ。いーちにーぃさーんしーぃって数字を数えるみたいにさ。そして片腕をあげるたびに両足一回ずつバタつかせてね。ここまでは分かる?」
「わ、分カル……。動きでなんとなく……」
僕が縁に座りながら実践して見せたから、理解が進んだみたいだ。やっぱり、耳からだけの情報よりも視覚情報も加えて説明しないと一発で把握するのは難しそうだ。
「それで、四回目で、出してる腕とは逆の方向を向いて息を吸う。息を吸う時には首を上げるんじゃなくて、首をひねって吸う感じ。体の真ん中の軸を曲げないでね」
「真ん中の軸……?」
「体の幹って書いて体幹って言うのかなぁ。頭のてっぺんから両足先の間まで、一直線でブレないようなイメージ。あんまりグネグネすると不安定になるから」
「な、ナルホド……。わかるカモ」
僕がグネングネンと揺れて見せて、彼女はコクと頷く。他の子たちも、僕の教え方に興味があるのか、はたまた面白がっているのか、黙ったまま聴いている。
「それで、ユズはどっちの手から出す?」
「わ、ワカラナイ……」
「水の中じゃなくていいからさ。水に入った後に自然に出る手は?」
「た、多分右……?」
「それなら右手から始めた方が違和感がないかも。水に潜らないで、いーちにーぃさーんしーぃって数字を言うみたいに、みぎー、ひだりー、みぎー、ひだりーって手を出してみて?」
「こ、こう……?」
「そうそう良い感じだね。それで、筋肉に無駄な力が入らないように、なめらかに、速さを変えないで続けてみて」
「こう……こんな感じカナ」
「良い調子だね。そしてそれをしながら、四拍目で腕とは逆の向きに首をひねって息継ぎをするんだよ」
そうして、僕の実演通りに、彼女も真似をするが……。
「イタァ――ッ。やりすぎタ……」
「ちょっと……大丈夫? 何事も無茶しちゃダメダメだからね?」
「う、うん……。無茶、イクナイ」
そうやって、ゆっくりと譲羽に動きを指導していく。最初は両手から、そして首の動きのタイミングで合図を入れて、やがて両足もリズム良くバタ付かせられるように。
もうそろそろ、水に入っても抵抗無く泳げるかも。
そう思いつつ譲羽の動きを見ていると、その横でポッカリと口を開けて眺める美少女が。
「ほ、本格的や……ゆりはすスイミングスクールや……」
「すごいな。ここまで感覚的な事を言葉で説明するだなんて。研究でもしたのか?」
「研究って程でもないけど、自分で覚えるのに色々と考えただけさ。何事にも通じるコツがあると思うし。それを基本に置けるかどうかだよ」
「ほう。その基本とは?」
アホの子らしくただただ感心しているだけの仄香ちゃんとは対照的に、興味津々に蘭子が訊ねてくる。彼女も論理的に考えたがりな理系だからだろうか。
「今回の泳ぎだと、無理はしない。ゆっくりから始めてなめらかに動くようにする。リズムを大事にする。っていうのが基本かなって思うんだ。それを勉強に言い換えたら、無理に詰め込まない。出来る問題から確実に解けるようにする。漢字や英語、数学みたいなのは、サラサラ~っとリズムよく解けるようにする。暗記物なら、リズミカルに覚えるように書いていって頭と体で覚えるようにする。……ねっ? 共通点がありそうでしょ?」
「なるほどな……。分からなくもない……。無理なく滑らかにリズム良くか。優れたプロは万に通ずるように、万学に共通する考え方かもしれないな」
「そうだね、プロは上達の道筋を編み出すのが上手だろうし」
意外な所で面白い名言を聴けたモノだ。蘭子も雑学言いたがりだし、そういう哲学的な考え方に惹かれる性格なのかな。
「リズムってのはなんとなく理解出来た気がする……。そんな事まで考えてるなんて、ゆーちゃんが哲学者みたいや……」
「哲学というか、一応学年一位だからね……? 理解を深めるためには、人に教えられるように学ぶのが大事だと思ってて」
確かに、僕はこの学校の授業料免除の為に勉強し始めたのがキッカケだから、優等生という自覚は無いけどね。出来る事なら徹底して効率よくやりたいだけなのだ。
「人に教えられるように……ねぇ。なんて素敵な考え方なのかしら……。女ったらしの癖に、後光が差してるように見えるわ……」
「妙な奴が学年主席だと最初は思っていたが、努力と考察の結果だったのだな。私は直感で解けてしまうから、教えるのはどうにも苦手だ。女ったらしに負けてしまうな」
「それば褒めてるの? 貶してるの?」
咲姫も蘭子も、僕が女ったらしに見えるみたいだ。違うよ、君たちが可愛いから惚れちゃっただけで、誰それ構わず口説く訳じゃあ……あれ、なんか頭が痛いなぁ。
「と、ともかく。直感で体が覚えられさえすれば楽なんだよ。直感で解けるようになるまでが勉強もスポーツも肝なんだと思うから。さっ、ユズもきっと出来るようになるよ。やってみようかっ」
「ウン……っ! なんだか出来そうな、気がスルっ!」
ややこしい説明にならないように気を付けたけど、僕が体を動かしながら説明したからなのか、自信に繋がったみたいで良かった……。こんな堅苦しい考え方を普通の女子高生に話したところで、チンプンカンプンな可能性が高いから……。
でも、そういう茶化した態度にならず、みんなが真面目に聴いてくれるのは、根が良い子たちだからなのか、ちゃんと聴いてくれるほどに僕の事を好いてくれているのか。
どっちにしろ、僕の話を聴いてくれる子たちがいる。それがどんなに幸せな事なのだろう。
 




