第37話「役割分担と百合」
泳げるプールと遊べるプールと分かれている市内のプール。
磨り硝子から差し込む日光に照らされて、僕らは人が少ない四角いプールの縁を陣取る。
「ビート板では泳げるんだよね? じゃあ僕の手を掴んで泳ぐ練習をしよっか。無理な力を入れないで、脚の動きを乱さない事が肝心だよ」
「それは分かりやすい……カモ」
だけどそこで、みんなをキョロキョロ見渡す譲羽。どうしたのだろう。
「あっ、もしかして、教える人数多いからプレッシャー感じちゃう?」
「いや……注意して聴くから、ダイジョウブ。みんな一緒の方が楽しいシ……」
「うぅ、ユズはいい子だねぇ……。出来なくても仕方がないんだし、とにかく分かりやすいように教えるようにはするねぇ……」
僕の事が好きなはずなのに、この子はみんなも優先してくれる……。どれだけ強くなったんだ……。平和の象徴だ……僕のハーレムのマスコットロリだ……。
だなんて、幸せを噛みしめていると、離れたところからひそひそ話が。聞こえてるけど。
「今日のゆーちゃんは喜怒哀楽がはげしーなー。そう思わない?」
「やっぱり不思議な気分よねぇ……」
「喜びと楽しさが現れやすい気がするな」
「まさに喜びと楽しさでいっぱいなだけだよ……」
仄香と咲姫と蘭子に困惑の目で見られるも、僕は正直に話す。本当はもっとクールに演じたいんだけど、今日はテンションが高いのか猛暑で頭がやられてるのか、どうにも本音がダダ漏れでしまう。
「なら、みんなには何をしてもらおうかな……。周りから見て気付いた点とか……?」
流石に集団で教えるとなると適切なのか不安だけど。僕が小首を傾げつつ言ったのが伝わったのか、仄香が手をパンッと叩いて注意を向けさせる。
「違うねっ! みんなでゆずりんを手伝うんだよぉ! 蘭たんが腕持ち担当ねっ!」
「私は強いからな。おやすいご用さ」
胸を張って『強い』アピールをする蘭子。しかし、水着で露出の多い巨乳を、胸を張っちゃったら気になるもので。
「頼もしいよっ。蘭子っ」
「――ッ! 私にセクハラするなっ」
その黒いビキニの上からポンと叩いたら、ガードされてしまった。しかし、セクハラされて嫌がる蘭子ちゃんの顔……でも、耳まで真っ赤で、自分が攻められる立場になると、案外恥ずかしいんだろうなって。
「ああ……やっぱり蘭子はかわいい……」
「今日の百合葉は変だぞ……」
「楽しければ変で結構だよ。それでっ? 仄香、他の担当は?」
僕が話を遮ってしまい、仄香と咲姫がポカンと口を開けていたので、役割分担の発表を促す。
「あー、んーとねっ。さっきーは手を叩きながら『ジャバジャバ』って口で言って、ゆずりんの脚のリズムを誘導するっ!」
「あっ……。すごく、助……カルそれッ」
「で、でもぉ~? そ、それは恥ずかしくないかしらぁ……。うぅ~ん、将来の百合ちゃんの子供を育てる予行演習と考えればぁ……うぅ~ん……」
仄香による変な担当を言い渡され、顔がひきつる咲姫ちゃん。しかし、譲羽が嬉しそうなので、困っているようだ。ここは僕の一押しをっ。
「僕はそれで良いと思うよ」
「とっても似合うよっ! 咲姫ちゃんママ!」
「そして僕のママになってね? 咲姫」
「なんか意味が違うぅ! 何言ってる……のよぉ、まだそんな歳じゃないわよぉ……。うゆぅ、とにかくやればいいんでしょ~もうっ」
顔の前で両手のグーを作って怒りを表現する咲姫ちゃんだった。ママに年齢なんて関係ないのにね? 関係あるかな?
「いやぁ~偉いぞ咲姫ちゃそっ!」
「偉い偉い。母性だね、かわいいね」
「うぅ、褒められて嬉しい筈なのになんだか変なキブン……」
仄香に続いて僕も褒めると、困惑する咲姫ちゃん。本音を言っただけなのになー。おかしいなー。それでもやっぱりかわいーなー。
「よっし! んで、ゆーちゃんは全体の動きを確認! ブレてたら教えてあげるのっ!」
「監督みたいなものだね。言葉で説明するのは得意だよ。……それで、仄香は?」
僕にはまともな役割が振られ一安心。でも、あとは何をするのだろう。
「あたしはゆーちゃんの隣で楽しい単語を言って、盛り上げる係!」
「な、なるほど……! それは大事だね」
「へへ~。でっしょーっ!?」
仄香らしい返答だった。確かに僕は教えられる側のモチベーションを上げるのは考えていなかったから、良い着眼点なのかも。しかも仄香らしいポジションである。この子のリーダーシップも馬鹿に出来ないものだ。
みんなをリードさせてしまってちょっと悔しいけれど、でも、譲羽もみんな仲良くを目指してくれているのだ。こんな所で、仄香に嫉妬する必要はないし。楽しくレッスンといこうじゃないか。




