第32話「真夏とセクハラと百合」
「あっつ……」
熱気でゆらゆらと揺れて見えるアスファルト。滝のように流れ出る汗。地面に垂れる前に、ハンドタオルでぬぐい去り歩く。
流石の僕も、こんなに暑くては、パーカーやポロシャツみたいな中感を出せる服装を選べず、ノースリーブスで薄地の通気性の良いやつを選んだ。だから、これでもし汗だくになっちゃえば、胸のラインが丸出しだ……。恥ずかしくないように、センスは常に煽りっぱ。タオルは常に拭きっぱで、パタパタ拭き拭きと大忙しな手元だ。
うちの近くのバス停から乗り換え無し一本で行けるとはいえ、やっぱり、外に少しでも出たら暑い……。
もう、全ての家が地下鉄に直結になって欲しい。そうしたら、外の暑さにも寒さにも苦しめられる事なく移動が出来る……。
子供の頃には暑さなんて気にならなかったんだけどなぁ。
それは僕が、木の棒にエクスカリバーとか名付けて振り回しちゃう系の、わんぱく少女だったからかもしれない。夢中に遊んでいたら暑さも意外と気にならないものだ。
そんな僕も今じゃあ女子高生。中性ファッションを目指している身として、野暮ったくならないように気をつけたいもの。たとえフェミニンを捨てようとも、美意識は捨てたら負けだと思う。センスには気を使って、天気や湿度も考えて……ああなんて女はめんどくさいんだ。
でも、女だからこそ楽しめる事もあるわけで……。
「おはよぉ~う、百合ちゃん」
お洒落可愛い僕の美少女、咲姫ちゃんだ。僕の座るベンチまで軽やかに駆け寄ってくるヒールの音は、心地良い天使のマーチみたいだ。
「おはよう咲姫。今日も暑いね」
「そうよねぇ。猛暑日にもうしょんびりってねぇ……」
「……はぁ、もう……好き」
「ちょっ……いきなりなんなのよぉ~」
恥ずかしそうに肩で小突かれて幸せ気分に浸れるここは、プールの受付前広場のベンチ。冷房がそこそこに効いていて、極楽天国だ……。
早くも待ち合わせにやってきた美少女は、完全に肩も首元も露わにし、スカート部の裾が透けて見える白くてふりふりワンピース。向日葵の飾りを付けた、もはや真夏の妖精……。今日はプールで撮影会か何か? 僕の脳内メモリー撮影会しちゃっていい?
そんなテレビから出てきたかのような美少女が、オヤジギャグ……。かわいい……可愛すぎる……。
みなさーん! こんな美少女だけど、僕の子なんですよー! 男になんかあげませんよー! 女の子は女の子と付き合うべきなんですよー!
余り物? そんなのは知らない。男は男とホモしてろ! それが一番平和っ!
そんな優越感に浸っていると、あからさまにカツカツと足音を鳴らす子が。
「くっ……負けてしまったか……。二人とも早いな……」
次に来た美少女は、高身長クールビューティ蘭子ちゃんだ。
「蘭子、何そのサングラス」
「良いだろう? 私に似合うと思ってな」
「そ、そう……」
めちゃくちゃ似合ってる! すごくクール! んで、それを自慢ちゃう辺りが可愛い!
夏だからなのか相変わらず、巨乳と頭身が際立つ日本人離れしたプロポーション。流石に昼間っから全身黒ずくめだと暑いのか、胸元の大きく開いた白いシャツに、灰色デニムのショートパンツだ……。へそ辺りのゴツいベルトがむしろエロさを引き立てている……。しかも筋肉の付いた太股ががっつり見えて、めっちゃエロい……のにかっこいい……。なんだか羨ましい……。
「なんだ百合葉、私が美しすぎて見とれてしまったか?」
「うん、えっちだね」
「……はっ?」
いけないいけない。ついつい本音が出てしまった。真夏で露出が多いからなのか、セクハラしてイジりたくなってしまう。
でも、案外蘭子がキョトンとする顔が可愛いので、このまま続ける。
「いやぁ、蘭子はセクシーだねー。めっちゃえっち。素敵。かわいい。えっち」
「え、えっちという事は無いと思うが……」
「そんなことないよぉー? 蘭子はめっちゃ女の魅力プンプンでエロエロだなぁー」
「ややや、やめろっ! そんな男みたいなイヤラシい目で私を見るなっ!」
「やめてって蘭子~。ペシペシ叩くんじゃない~」
あぁ~。可愛すぎる~っ!
珍しく顔を真っ赤にして怒る蘭子ちゃんだった。セクハラでもなく、グーでもなく、ペシペシ。両手の平手で、ペシペシ。う~ん、かわいすぎる。もうやばい……鼻血出そう……それは暑いからか。
「くっ。百合葉に視姦されてしまった……。今度からもうちょっと厚着にしてこよう……」
「好きな服装で良いのに……。いつもセクハラするのはどこの誰なのさ……」
蘭子が真夏に無理して厚着だなんて体調が心配になるし、何より、蘭子ちゃんのクールビューティファッションを味わえなくなっちゃうじゃないか。
と、僕が脳内でもツッコんだところで、咲姫ちゃんの視線がザクザク刺さるようになってきたのでやめる。
「わ、わたしに足りないのはおっぱいかしらぁ? それとも身長~?」
「咲姫はそのままでも充分かわいいよ」
「それじゃあ勝ち目が無いままじゃない……」
「えっ? なんだって~?」
「なんでもないわよぉっ!」
「いった……!」
くはない。痛くはないけど、つい言ってしまった。咲姫ちゃんのサンダルのヒール部分で、軽く踏まれてしまったけれども、嫉妬の裏返しだと思うとむしろ心地良い……いやいや、僕はマゾじゃないよ?
そこで、僕は咲姫ちゃんの足に注目した。
「咲姫の足エロいね」
「今日の百合ちゃんはいったいなんなのぉっ!?」
「いぃッたぁ! ごめんって! レースアップって言うのっ? 編み上げのサンダルかわ……いいしっ! ペディキュアが良いグラデーションの桃色で、すごい丁寧で素敵だなって! スネぇっ! 脛を狙わないで!」
「じゃあ素直にそう言えばいいじゃないのよぉ!」
「ただ二人をイジりたかっただけで! ちょっ、痕になるから!」
この前の海でほんのり焼けた脛の部分が、余計に赤くなりそうだ。
だが、僕がガードしようと縮こまると、咲姫ちゃんの猛攻が止み、黙り始める。何を考えている……?
「な、なにかな……?」
「へぇ~? イジりたいからって、セクハラしていいのねぇ~?」
「百合葉の分際で生意気な。これはセクハラ十倍……いや、百倍返しだ」
「や、やめてねぇ!? あひゃひゃっ!」
プールの受付前広場のベンチの上。珍しく息の合う二人に挟まれて、くすぐりセクハラの嵐にあったのは言うまでもない。




