第31話「海帰りのバスと百合」
海臭い体はしっかりシャワーで洗い流して、すっきりした気分で揺られている。
夕焼けが差すバスの中。一番後ろの席に座る僕ら五人。
「見テ。今日のベストショット……」
一番右側の席から体を仄香に預け、譲羽がスマホを僕らに見せようとする。
「うぉっふぉーっう! ゆずりんおっぱいが揉み放題だぜぇ!」
「揉んじゃ……ダメ」
「うぐえぁっ!」
ペシリと叩かれる仄香。これは意外な一面を見てしまった。ユズは仄香に体を許してはいないようだ……。いや、みんなの前だからという理由もあり得るけど。
「へぇ、撮ってたんだ。海でも大丈夫な機種なの?」
「ソウ。防水に対応シテイル」
僕の問いにしたり顔で大きく頷くユズ。そうして、仄香の薄い胸に体を預けつつ、写真を見せてくれる。
「この画像が……お気に入リ」
「な、なんて所を撮っているだ……。消してくれ」
「イヤ。みんなの、思い出」
「むぅ」
怒る蘭子。しかし、口にするだけで、譲羽を叩いたりスマホを奪おうとしないのは、僕との差別が……。うん、愛してるからこそ僕には強く当たるだけだよね? そうだよね?
肝心の写真では、走る蘭子に仄香が投げつけたワカメがびっしり。足にもお腹にも腕にも付いているから、模様に見える。
「ふふっ。蘭子が虎みたい……」
「し、仕方ないだろうっ。仄香が性懲りもなくワカメを投げて来るんだから」
「うふふっ。この蘭ちゃんったら面白い顔~。美人が台無しねぇ~」
「なんだと? 咲姫」
笑う僕に弁明する蘭子だったが、煽るように馬鹿にする咲姫を睨み付ける。だが、譲羽がスマホを操作して、次のページへ。
「咲姫ちゃんのも……アルッ」
「なんだ。姫様もワカメが顔に張り付いて無様じゃないか」
「うゅ……ッ! ユズちゃ~ん? そういうのは今すぐ消しましょうねぇ~?」
「無駄。これはクラウド保存が、施されてイルッ!」
「そんなの知らないわよぉ~? 消させなさいねぇ~?」
身を守る譲羽。迫る咲姫。その間に座る仄香が、咲姫に両腕をクロスしてガードする。
「無駄無駄無駄のダムラッシュよ! ダムダムダムして黙らっしゃいよ!」
「じゃあダムラッシュしちゃ~う」
「おっほぉう! 咲姫ッチくすぐり駄目ッチだぜ!」
変な声で笑いつつも、仄香は身をよじり咲姫の猛攻を防ごうとする。新しい組み合わせで見てて面白いなぁ。
「ムダ。ハッカーでも無い限り消せやしない……ワッ」
「そぉう? じゃあ頑張って消しちゃおうかしらねぇ~」
言って咲姫がくすぐったくて縮こまった仄香の背に体重をかけて、譲羽のスマホを取ろうとする。
「ああっ! ユズりんに手を出すのは許さんぞ三蔵! ぐえっ、つーぶーれーるー」
「そんなに重たく無いわよぉ!」
「そういう問題じゃないと思うなぁ……」
「うわぁっ! 取ラレタっ!」
「うふふっ。写真はどこかしらねぇ~」
そうして、ついに譲羽のスマホを奪い取った咲姫。素早い操作で、画面をスライドする。
「うぐ……咲姫ちゃんめ、許すマジ……」
「こんな扱いひどい! マジマージユルスマジよっ!」
「なんなのその早口言葉は」
しかし、そんな声を仄香が上げたとき、バスの中で車内アナウンスが流れる。
『お客様。ご乗車の際は、他のお客様の迷惑にならないよう~』
※ ※ ※
恥ずかしい思いで座っていた僕らも、黙ってしまえばあっという間に今日の疲れに飲み込まれていく。しばししてスースーと聞こえ始め、そして二つ目が重なり、やがて三つの寝息が調和し始めようとしていた。
「む? 寝るの早いな……」
「二人とも疲れたんだね」
「そう……よねぇ……」
ぼやくように呟いて、咲姫まで完全に寝てしまった。よっぽど疲れたのだろう。みんなで走り回ったし、僕もちょっと眠たくなってきた。
「今日は、楽しかったな。百合葉」
「うん。人生で一番楽しかった瞬間かも知れない」
「そうだな……。私もそう思う」
しみじみと言うと蘭子も賛同する。良かった。彼女も今日という一日を存分に楽しんでくれたのだ。
「これからも、みんなでどんどん楽しもうよ。一番楽しい瞬間を、一緒にいっぱい増やしていこうね」
僕が蘭子を見ると、彼女は優しく目を伏せた。長い睫毛が夕日を浴びてきらきらと揺れる。
「百合葉が目論むハーレムは置いといて。こういう日々は……良いものだな。一人で過ごさない、みんなとの思い出。そんな中で、私は愛する人と一緒に居られる」
「でしょ? だからみんな仲良くを目指してるんだ」
「綺麗事みたいに言うな……」
呆れる蘭子。しかし彼女はそこで黙って、僕の頭に頭を預ける。そこで、すぅ~と匂いを嗅ぐ音。
「髪の毛パッサパサでしょっぱいな」
「食感みたいに言わないでもらえる?」
「でも、君のなら、悪くない……」
「僕に甘えるなら今のうちだよ」
「そうだな。今は百合葉を独り占めだ」
蘭子がそう言うと、目を瞑っているはずの咲姫が呻き始める。
「百合ちゃんはわたしのものよぉぉ……だめ……」
「ふふっ」
「はははっ」
笑い合う二人。不器用だった彼女も、だいぶ表情が柔らかく自然になってきた。これも、百合ハーレムのお陰だと思いたい。独りぼっちで閉じこもろうとしていた美少女にも、この青春を届けられたなら。
人生初とも言える青春。百合ハーレムな青春。夕紅に染まるバスの後ろ座席に五人。
こんな楽しい青春をいつまでも、続けたいなって思った。




