第19話「リンゴ飴と百合」
「やっぱ屋台って言ったらリンゴ飴だよねー。美味しいんだろーなー」
僕が咲姫と蘭子に叫んじゃったからなのか、譲羽と喋っていた仄香が振り向いて言う。……タイミングバッチリだなぁ。ある程度はハーレムを割り切って、空気を読んでくれているのかもしれない。
「仄香はリンゴ飴食べたことないの?」
「うんっ。お祭り来ても他の物食べ過ぎて、結局リンゴ飴を食べ損ねるんだよねー」
「ああ……分かるわそれ……」
焼き物をついつい食べ過ぎちゃうんだよなぁ。焼きそばタコ焼きフランクフルト。ホルモン焼きやイカ焼きなんかまで食べちゃえば、お腹ははちきれそうでスイーツな気分じゃなくなるんだ。リンゴ飴は別腹にはならないみたい……。
「仄香ちゃんもリンゴ飴初挑戦……? ならば、アタシと共に、初リンゴ飴の契りを交わそうゾ」
「ゆずりんイイねッ! やろうぞやろうぞ!」
なんて、漢の約束みたいに、握っていた手を離し腕をガシッと組む。この子たちの妙な歴史モノのノリはなんなんだろう……。世界史の点数はボロボロなのに……。
そうして着いた屋台前、仄香が列に並び注文する。
「リンゴ飴ふたっつ! 大きい方で!」
五百円が二つだから、ちょうどの千円札を渡し、店番さんからリンゴ飴をもらう譲羽。受け取ったその手の先には、大きなリンゴが重たそうに二つ。譲羽が持ち、その間に仄香は財布を手提げポーチに入れるのを見て、ふと思う。
「大丈夫? おっきなリンゴの方で。食べるの大変だよ?」
「へーん! あたしを舐めてもらっちゃあ困るねっ! 普通のリンゴは丸かじりヨユーなんだからこれもヨユーよっ!」
「多分、イケル!」
「そ、そう……? そんなに自信があるなら……」
止めはしない……。だって他にまだ食べてない空腹だしね……。意外と食べきれるのかもしれない。
「あっ、あたしはゆーちゃんの大事な所とかペロペロ舐めたいけどねっ! うひょうっ!」
「エグいセクハラやめんかいっ!」
僕のツッコミ手刀はかわされてしまった。まったくもう……この子は隙あらばセクハラだ。
そうして、仄香と譲羽は一口食べる。もぐもぐと、赤くなった唇で首をひねる。
「あれー? 思ったほどじゃなかったかなー」
「まあまあ程度……カモ?」
言って二人は歩きだしまた二口目。しかし、歩行者をかわしながらだから、見ていて危なっかしいったらありゃしない。
「こらこら。食べながら歩くんじゃありません。転んで喉に割り箸刺さったらどうするの」
「はーい、ママー」
「百合葉ちゃん……ママ? 似合ウ」
「もうママでいいよ……」
潤滑油やガソリンよりはマシだしね……。
そう僕が苦笑いしていると、咲姫ちゃんが僕の肩をちょちょんと突つく。かわいい。
「あっ。あそこが空いたわよぉ~? 座ったらどうかしらぁ」
「んっ……? ちょうどいいね。ありがとう咲姫」
咲姫が指さした先のベンチに向かう。もちろん三人掛けなので、食べている仄香と譲羽が優先だ。そして、残る一人分の空間。
「咲姫も座ったら?」
「えっ? いいのぉ?」
「だって、咲姫は下駄じゃない。疲れたでしょ」
「そうねぇ、じゃあ甘えさせて貰おうかしらぁ。ありがとぉ~百合ちゃん」
「いいよ、このくらい」
だって絶対疲れるじゃん下駄とか。絶対に履きたくない……。僕なんかオシャレの欠片もないから、ライムグリーンと白が映えるランニングシューズだ。だから、そんか僕に見せたくてオシャレをしてきてくれた彼女を、少しでもいたわってあげたい。
でも、お姫様を演じる咲姫だけど、こういう時は遠慮するんだなぁ。やっぱり根は真面目なのかもしれない。
そこで、コホンと咳払いする蘭子。
「おい百合葉。私にも気遣ってくれ」
「ん……? 君はどの辺が疲れたのかな……」
「うむ……特に心臓のあたりだろうか。だから、胸をマッサージしてくれ。そうしたら、十倍で返してあげよう」
「不平等な取り引き過ぎない!? それはアンタがセクハラしたいだけでしょっ!」
「私の筋肉混じりの胸よりも、百合葉のもっちりした胸の方が揉みがいがありそうだからな」
「じゃあむしろ比率が逆だよっ!」
なんて、ていの良いセクハラなんだ……。そんなの許されたら、世のオヤジ達が真似しかねないじゃないか。
そんなオヤジがいようモノなら、僕はオヤジ狩りで報復してやる。女を性的消費する恨みは恐ろしいぞ……。
もちろん、女同士であれば何も口出しはしない。だから、セクハラしたいオヤジ達はみんなタイにでも行って、性転換と全身整形をしてくればいい。
そんな世界破滅の妄想をしている間に、仄香たちはリンゴ飴をずいぶん食べ進めていた。でも、半分くらいのところで、仄香はふぅとため息をつく。
「ゆずりん……やばない? これ……」
「ヤバい……砂漠のオアシスが枯れかかっているミタイ……」
「それはどういう喩えなの?」
でも、気持ちは分かる。綺麗なリンゴ飴。それを食べれるだなんて幸せだなーと思ってひとかじりした時、後悔するんだ。ハズレを引いてしまえばモサモサ地獄。たとえ美味しくても、祭りの真っ最中にリンゴ丸かじりだなんて飽きてくるだろう。
だから僕は聞いたんだけどなぁ。経験者が止めに掛ける言葉も虚しく、綺麗で美味しそうだからという理由で大きい方を選んでしまう、あるあるなのかもしれない……。




