第17話「浴衣と百合」
仄香の男子みたいなセクハラの魔の手を払いのけて、さて次の問題は……と腰に抱きつく感触にお腹を見る。藍色の着物から覗く陶器のようなムニっとした雪肌の手を撫でると、抱きつく力が強まる。
「ユズー? このままじゃあ見えないよ」
「なんか……ハズカシイ」
「えー? いまさらぁ~? これじゃあ妖怪スガリツキだなー」
「アヒャヒャッ……やめ、ヤメテ百合葉ちゃん……っ」
お腹が苦しくなってきたので、ほぉ~らっと言ってその手をくすぐる。そうして、抱き付く体との隙間に指を割り込ませて、その絡みつくロリっ子妖怪を引き離す。
「はぁーい、捕まえたっ。いけない子はムニムニの刑だよぉ?」
「あーゆりはひゃんやめへー」
僕は例によってお仕置きムニムニ。
「可愛い姿を見せてくれないと駄目でしょー?」
「ウヘェ~」
こうして向かい合って、ようやくその可憐なお姿を拝むことが出来る……。鮮やかな朝顔を型どり白いラインの入った藍色浴衣。仄香みたいにアピールしすぎないあたり、彼女は自分の色をよく分かっている……。でもそれよりも……。
ああ、なんて楽しいんだ……可愛い……安らげるこの柔らかさ……。服よりもムニ。花よりもムニムニ。そして、歪んだ譲羽の顔……。後ろ髪を丸くまとめているから、普段は絶対に見えないうなじも見える……可愛い……可愛い……。
「うわっと」
「アア……」
「はーい、もう駄目ー。時間オーヴァーですぅー」
「ユズちゃんばっかりに構ってずるわよぉっ」
だけど、そんなにムニっていたら許さない美少女もいるわけで。仄香と咲姫によって、僕と譲羽の恋路ならぬムニ路は断たれてしまったのだった。
「百合葉ちゃん……いくら気を赦しているからと言っても、アタシにこんなハズカシメを……後で後悔させてあげなくちゃ……」
「そっかぁ、何をされちゃうのかなぁー。僕はどんなのだってウェルカムだけどなぁー」
「せいぜい油断してるといいわ……フフフ」
中二病がよく似合う暗黒微笑であった。でも、そんな彼女の復讐が待っているかと思えば、頬の緩みが治まらない……。想像するだけで可愛いよね? 暗黒微笑、可愛いよね?
「二人は浴衣なんだね。じゃあ咲姫は……」
と、引き剥がされた譲羽の後ろを見る。すると……。
ああっ、美しすぎる……!
ふわりとウェーブする白銀の髪を後頭部で束ね上げて、後れ毛みたいにピョコピョコとはねているのがまた美少女ポイントが高い。そこをキラキラとしたかんざしでまとめ上げていて。
そんな僕の視線に気付いてなのだろう。咲姫はくるくる左右に回って、全体像を見せつけていた……。なんてあざとい姫様! でも、そこがいい!
「ゆーちゃん見過ぎ!」
「うげっ! 胸揉むなっ! 八つ当たりするなら咲姫にすればいいでしょ!?」
「ふんっ! これは愛の鞭ですし!?」
「セクハラでしかないよ!」
まったく、嫉妬の美少女も困った物だ。セクハラや悪質じゃなければ全然構わないんだけどね。嫉妬美少女かわいいからね。
でも、どうしても目が釘付けになってしまうのだ。言葉が失われる前に……咲姫に気持ちを……ああ、可愛い……。
「咲姫、気合い入ってるね。すごく美人で……かわいい……かわいい……。準備手間取ったんじゃないの?」
「そうよぉ~? 今時の女の子は自分で浴衣が着れないとねぇ~」
「うぐっ……何も言えナイ……」
「ちょっとさっきー!? それはあたしらに対する当て逃げじゃんっ!?」
「それを言うなら当てつけね……」
「ちょっとぉ~っ? 体当たりしないでよぉ~」
「へーん! 本当に当て逃げにするもんねー」
「仄香がやってどうするの……」
まったく、愉快な美少女である。そんな彼女は「それでさー」と話題変えの前置きみたいに割り込ませる。
「あたしらはねー。さっきーに相談して、出来るって言うから浴衣の着付けやってもらったんよー。あらかじめ早くさっきーのおうちに行って、ゆずりんと着付けてもらったのー」
「百合葉ちゃんに、浴衣姿……見せたかったから……。蘭ちゃん誘わなくて、ゴメン……」
「あーゆずりんだめー! 蘭たん美人だから、勝ち目無いって話したじゃーん」
「でも、トモダチ……ノケモノ……ツライ……」
「うぐ……まあそうよねー。蘭たんごめんよぉ」
そんな裏事情があったのか。正直に謝るゆずりんかわゆす……。一方、意外と腹黒そうな仄香ちゃんも……かわいいんだよなぁ。百合の嫉妬心。うむ、良きかな良きかな……。
そんな種明かしをされ、蘭子は神妙な顔つき……から、いつもの自慢げな表情に。
「まあ、仕方がないさ。私は浴衣なぞ無くても美しい。物に頼って美人と言われ喜ぶ、どこぞの姫様とは大違いなのだからな」
「な、何よぉ~っ! 美しくなる努力よっ! 努力ぅっ!」
「外面ばかり磨いてもな。内面から滲み出る美しさこそ大事なのだ。こんな歳から化粧なんかしていたら、そのうち咲姫の肌はボロボロになるだろう」
「うゆぅっ……でも、健康面に目気を使ってるわよぉ……」
いけないいけない。なんでこうも好戦的なんだ蘭子は……。でも、よく考えてみて、これら喧嘩なのだろうか? 後腐れのある態度は取らないし、というか、良いライバル、好敵手にも見えるけれど。
ドロドロになりすぎないなら! カワイイ百合なのでオーケー!
だが、そんな自信満々な蘭子ちゃんだからこそ、ちょっとイジりたくなるもので。
「僕は蘭子の浴衣姿も見たいけどなぁ」
「無いな。ないない。あるとしても……二人きりの時にな」
「えー、みんなと一緒じゃ駄目なの?」
「私は華奢じゃないから……見劣りする」
ふぇー。そんなスタイルが良くてなーに言ってんだか。でも、もっと細くて華奢に生まれたかったという気持ちも分かる。僕は呆れつつ、彼女の耳元に口を近付ける。
「僕は大きくて美人な蘭子だから好きになったんだけどね」
「……バカ」
ああああぁ~!! かわいいっ! かわいいっ! かっわっいっいっ~!!
普段はむしろナルシスト全開なのに、実はコンプレックスとか、やっぱり最高!
器用に耳だけ真っ赤にしてぇー。こんなクールで美人なイケメン女子も、可愛い面があるからこそなお映える! スイカに塩みたいなものさ! 変な例えだねっ! 夏だからねっ!




