第22話「ナルシスト蘭子ちゃん」
「らーんこちゃんっ」
艶やかな黒髪を見つめ思索に耽る朝のホームルームが終わり。僕は席を立ち、前の席の蘭子に話し掛ける。
「なんだ。部活なら入らないぞ?」
開いた小説から視線を逸らさずに少しだけ耳をこちらに傾ける。
「違うよー。僕はただ、蘭子ちゃんと仲良くなりたいだけなんだから」
「私と?」
そう言うとようやく目が合う。きょとんと不思議そうな瞳。その奥には悪意なんて無さそうだ。というか、美人のこういう顔は可愛くて仕方がない。
「前回、本の話したとき楽しかったじゃーん。絶対に気が合うって」
どこのナンパ男か。だけど定番でも仕方ないじゃん、僕だって人付き合いは苦手なのだから。
「そうか」
だが返しは冷たい。いや、元々そっけないだけなのだろう。ぐいぐい押すべきだ。
でもどんな会話をして友達になるか。
「今日は何読んでるの? 昨日の続き?」
これこそ定番だろう――と思いながら。覗き込むように僕は訊ねる。
「いや、昨日のは忘れてしまってな。その前作さ」
もちろん読んだよな? と無言の問い掛けを面持ちに浮かべる。
「えーっと、二年近く身ごもる話なんだっけ?」
「そう。想像妊娠のやつだ」
現実とはかけ離れた単語を彼女は口にする。そういえばそうだったなと記憶を掘り起こしながら、僕は早速イイコトを思い付いてしまった。ワザとらしく僕は考えるようにして……。
「あーっ! ネタバレされた! まだ読んで無かったのに残念だなぁー」
「えっ……」
戸惑いを隠せないその表情。前作なのだから読んでいて当然だと思ったのだろう。大きく変化することは無いのだが、彼女のこの些細な変化が堪らない。
「すまない。読書家として、ネタバレは絶対しないと心掛けていたのに……」
ほうほう、それは素晴らしい心意気で……。だけど、そんな真面目なポリシーを弄ぶように……。
「冗談だよ」
踏みにじるようにネタばらし。即興のジョークはすぐに打ち明けるのが筋なのだ。
「……驚かすな」
「ごめんごめん。蘭子ちゃんをからかいたかったからさ」
「なんだと?」
おおっと、眉が渋ったぞ? プライドが高そうだし失言だったかもしれない。しかし、
「驚いた蘭子ちゃんの顔、かわいかったよ?」
耳元でそう囁けばキッと僕を睨み付ける彼女。だが頬がほんのり赤く、心を揺さぶることは出来ているみたいだ。
そうして僅かに逡巡しながら僕と視線をぶつけていたが、どうやら心の乱れに気付いたようで、再び冷たい表情へと戻る。
「ふざけた事を言うな」
「ふふっ、本音だよ」
にこやかに微笑んで言う。
「ふんっ……」
彼女はご機嫌ななめに鼻を鳴らすと、ふてくされるように窓の外を眺める。だが耳が赤いままなので、意識は僕に向いていること間違いなしだ。
「まあ趣味も合うし、今度本屋さんとか行こうよ。オススメとか教えてほしいなー」
話は戻って本の話題へ。僕はしゃがんで机に寄りかかり上目遣いで問い掛ける。
しばらく僕にはそっぽを向く蘭子。だがやがて「うむうむ」と口角をニヤつかせ頷くと僕に顔を向け直す。
「私の趣味がそんなに気になるか?」
"そんなに"? 自意識過剰だなぁとは思ったけど僕は散々アタックしているのだから、当然といえば当然か。
「そうだよー。蘭子ちゃん大好きだかんねー」
勢い余って告白――ということはない。女子特有のすぐに好き好き言っちゃう攻撃だ……多分。友だち慣れしていない彼女なら有効だと思うが……。
しかし目をつぶったかと思えば「ふふっ」とわざとらしく笑い、長い髪をかきあげる蘭子。どうした?
「まあ、美しいこの私だからな。君が興味を持っても仕方のないことだ」
「……まあそうだね」
…………。
うっわーナルシストだーっ! 自分に酔いしれるように目を伏せ明後日の方向を向いている……やばい子だなぁ……。
なんて拒絶するもんか! むしろウェルカム! 嘆くように片手で顔を覆う顔の如何に可愛いこと! 厨二病キザナルシストイケメン女子とか可愛すぎに決まってるでしょ!
「ふふっ、やっぱ蘭子ちゃんってかわいいね」
そんな僕は素直に気持ちを告げる。
「そ、そうだろう。美しいだろう」
「かっわいー」
「私って美人だからな」
鼻高々と譲らない。なになに~この子、イジるの楽し過ぎなんですけれど? 高飛車ナルシスト蘭子ちゃんサイコ~ゥっ。フゥ~ゥっ!
「とりあえず連絡先交換しよ?」
「ふっ、仕方がないな……んんっ?」
「早く早く」
突然の交換の切り出しに「おお……」と戸惑いつつも、ポケットから携帯電話を取り出す彼女。勢いで訊いちゃう作戦だ。
「はい、こっち向けてー」
おずおずと用意した彼女の携帯画面の連絡先を登録。登録されているアイコンは薔薇と十字架と彼女の自画像で……。ナルシスト中二病かいっ。案の定だなぁ。
しかし、目をやるべきなのはそこでは無い。番号とアドレスの下……数字の羅列。
「……なるほどね」
「んっ? 何かあったか?」
「いや、なんでもないよ」
最近になってようやく携帯を持てた僕であるけれど、携帯電話の機能というものは実に便利であり、進化の歴史を知らない人間であっても意外な便利さを発見して驚かされる時がある。
この"情報"は使える……。
「よっし。じゃあ登録完了だー。これから毎朝ラブコールするからねっ」
「そんなもの迷惑だからしなくていい」
「えー? ふられちゃったー。嫌われてるのかなー、悲しいなー」
「べ、別に嫌いでは……」
「えっ? なんだって?」
途中で言葉を切ってしまうため、"もう一度"と要求。
「なんでもない。必要最低限の連絡だけで充分だ」
「つれないねぇ」
そうして居るうちにチャイムの音。いけない、もうそんなに時間が経ってたか。
「そいじゃ、授業がんばろうね」
「ああ」
僕が軽く拳を握って言う。それに対する短い返事を聞いて、僕は真後ろの席へと戻る。
ガラッと開かれる教室の扉。保健担当の先生が時間ピッタリに入ってきた。
「ほらほら、早く席につけー。さあ号令っ」
授業開始の合図。学級委員長である咲姫の声で皆が立つ。
「よろしくお願い致します」と一斉に言い着席すれば始まる授業。この数日で早くも各々が習慣に溶け込んでいた。しかし、その中で気になることが一つ……。
ずっと、咲姫が僕を見ているのだ。




