第08話「ハーレムと百合」
僕はあの日、皆の気持ちを押しとどめるのに限界が来たから、このままうやむやな関係を引きずるわけにはいかないと、僕は僕の美少女たち四人同時に告白した。友だちとしてではなく、皆が恋愛対象として好きであると。
それからは百合百合とした穏やかな日を続けていたけれど、やはり、咲姫の中ではもやもやとした暗雲が立ちこめていたのだろう。彼女の中でも続けたい気持ちはあるけれど、でも、僕が他の子と仲良くするのが嫌でたまらない……。その気持ち、すごいゾクゾクする……! いや、ゲスとかじゃなくて、僕にそこまでの想いを持ってくれていることが、身が震えるほどに心が満たされるのだ。これこそが恋で愛で百合なんだ!
「百合ちゃん、寒いの?」
なんて、彼女の気持ちを推し量っているだけだというのに、本当に身震いしてしまった。いけないいけない。妄想の中に閉じこもってるだけじゃなく、現実の彼女を喜ばせなければ。
「いや? 大好きな咲姫とこんなにくっつけているんだから、心も体もポッカポカだよ」
「そうやってまた都合の良いことばっかり言う……」
でも、そういう甘ったるい言葉が咲姫の好きな言葉だと知っている。都合が良いんじゃなくて、彼女の心を少しでもくすぐってあげたいのだ。それで僕の心もまた満たされる、幸せエンドレスさ。
腕越しに彼女の震える鼓動を感じながら、しとしとと降る小雨の中ふたり歩く。そこで、彼女は決心したように桃色の吐息を吐き出した。
「百合ちゃんがみんなを大事にしたい気持ちは、分かった。分かってるのよ。わたしを大事にしてくれる気持ちも。でもね? それってとぉっても、ずるいことだと思わないの?」
「思わないかな。だって、みんなが好きなんだもの」
僕は言い切る。真摯な目で、彼女を見つめて。
「そして、咲姫の事は誰にも負けないくらいに好きだよ。愛してる」
「またそれ!」
腕を組んだままなのに、離れるくらいに体をぶんぶん振る彼女を可愛く思いながら、引っ張られる腕の痛みに耐える。明日には痛くなってそうだけど、そんなの、彼女の可愛さを前にしたら関係ないね。
「わたしが単純だから、口説けば良いと思ってるんでしょ!? 口説けばいつも通りに喜ぶと思ってるんでしょ!?」
「いや? 僕はありのままの気持ちを伝えているだけだよ?」
「あぁぁうゆぅ~ん……もう……っ」
力が抜けるように彼女を支える腕にグッと体重がかかる。でも、僕が離さない腕とは別に、咲姫は酔っ払いのお姉さんみたいに電信柱へと寄りかかって、憂鬱を秘めた色っぽいため息を吐き出す。
「顔と声が違ったらここまで好きにならなかったのに……なぁ」
ちょっと待って? 僕の価値って顔と声なの? 性格とかじゃないの? そりゃあそうか。百合ハーレムを作るような性格だもんね。みんなを大好きな女たらしのクソレズだもんね。むしろこの小綺麗な顔で良かったのかもしれない。
なんて思いながら、僕は間男ならぬ間電信柱から咲姫を奪い返し優しく引っ張り上げる。そうして、彼女が好きだと言ってくれるこの顔をぐっと近付けて、そして咲姫と向かい合い強く見つめてから抱き締める。
さて、自然とキスに繋げる次の言葉を……と、考えてたときに、僕の体を振りほどくように、彼女は逃れてしまった。
「駄目……。駄目なの……。貴女の思い通りになりたくない」
「僕は素直な咲姫の方が好きだけどなぁ」
僕が言うと、髪に降り積もる小雨を払うように、彼女は顔を振って距離を取った僕の目を見つめる。
「わたし……気が付いちゃった。貴女の言葉に踊らされて……このままじゃあ、ずっと待たされるだけの女になる……。貴女の愛を四分の一しか感じられないまま、お婆ちゃんになっていくんだわ」
「四分の一じゃないよ。僕は全力で咲姫を――」
「一分の一でも……っ! 他の子に一ミリでも向けられるのが嫌なの……!」
僕の言葉を遮って、彼女の心の吐露が突き刺さった。自分磨きに余念が無く、したたかな彼女だけれども、他の子へと嫉妬してしまう心の弱さも秘めているのだ。う~ん、その嫉妬心は素晴らしい……。でも、僕の百合ハーレムにはそういう濁った感情は邪魔になる。もっとピュアに、みんなでみんなを愛し合う心をもって欲しいもの。だけど、感情を高ぶらせた咲姫は両手で爪を立てるように自分の頭を掴む。
「こんなに苦しいのなら、貴女を好きになるんじゃなかった! 最初の、他の子にまで色目を使ってる時点で見捨てれば良かった! なのに……!」
そこで言葉を区切って、彼女はすぅっと涙を流しながら微笑む。
「こんな運命的な人にはもう二度と出会えない……。こんなにときめかされることなんて、人生で二度と無いのが……分かるのよ……」
言って彼女は僕の胸を叩く……ペチペチと揺らすように。なんでそんな叩き方なの? 今シリアス展開だよね? 貧乳だからって根に持ってるの?
違う。女の僕だからこんなに苦しいのだという意志の表れなんだ……。それが僕の胸に……ちょっと、揉まないで?
「絶対に許さないから。わたしをこんなに苦しめた分、楽しませて貰わないと損よ……。弱い女だと思わないことね。このおっぱいだって、わたしだけの物にするんだから」
そう言って、彼女は指使いを感じさせるように優しく撫でながら微笑む。涙の痕が余計にその執念深さを感じる……。
「ちょ、ちょっと……」
まずい、フェムタチ咲姫ちゃんが出てきてしまった。僕は性的な話になると、オセロが端から一列ひっくり返ったみたいにてんで弱いのだ。早く離れて態勢を立て直さないと。
「あらぁ~? わたしから離れちゃあ体が濡れちゃうなぁ~。寒いなぁ~」
「くぅ……っ!」
駄目だ! 美少女に冷たく当たれないっ! 僕は顔に血が上るのを感じながら、苦虫を噛み潰したみたいに歯を食いしばる……。完全に形成逆転じゃないか。
「うふふっ。都合の良いことばかり言ってるけど、でも、いつかは終わらせるわ……。今じゃない、近い未来でね。それまで、せいぜい楽しませてもらうわよ」
「……僕は終わらせるつもりは無いけどね」
やはり、そんな都合の良い百合ハーレムを、咲姫が許してくれるワケは無さそうだった。僕としては、遠い未来でみんな仲良しハーレムで籍も入れて、同じ家でみんなイチャコラしたいものなのだけれど。
 




