第06話「チョコと百合」
手洗いから戻った僕と仄香は、部室に漂う甘ったるい匂いを感じ取った。その匂いを辿った先と目が合った途端に、いけないことだと自覚したのか板チョコを机の中に隠す……でも、口の端にチョコの食べ痕があるのは隠せてないなぁ……。
「こらぁ~ゆずりん。またチョコばった食べてー。太っちゃうぞー」
怒る気の全くないお姉ちゃんみたいに、仄香がチョコを頬張る譲羽に注意する。
「ユズ、板チョコ持ってきてたの? さっきチョコ食べたんだから残しとけば良かったのに」
「でも……食べたカッタ。チョコを接種したいという人間の業には抗えナイッ」
「そ、そんな強気で言われちゃあなぁ……」
「うぇぇ」
お太り様一直線な発言だった。ただでさえ譲羽はほっぺたムニムニだというのに、もうこのままでは、常時ムニムニしないと気が済まなくなってしまいそうな程のムニ力を秘めてしまう。いけない、もうすでにムニムニしてしまっていた。もしや、彼女がチョコを頬張った時点で、僕が彼女をムニムニする因果が確定してしまっていたのかもしれない。ムニムニムニムニ。
そんな優しくムニムニする僕をよそに、彼女は遠慮なく食べる食べる。さっきまで一口チョコを蘭子からもらってパクパク食べていたのに、それでなお食べるなんて……考えるだけで鼻血が出そうだ。
「そうだっ! 食べすぎでゆずりんが太っちゃあ困るから! あたしがそのチョコをカロリー半分にしてあげよう!」
そう言って仄香が、マジックを披露するみたいに、チャラチャラチャラチャーンとBGMを歌い、ポカーンとする譲羽の手から板チョコを取る。
そして……。
「せいっ!」
「えっ……?」
半分に折ったのだった……!
「ほらぁーっ、これでカロリー半分だから、あんしんして……」
ドッキリ大成功と言わんばかりに仄香は最初こそドヤ顔だったのだけれど、口をぼんやり開けたまま仄香を見つめる譲羽。それに負けたのか、言葉尻に掛けて弱くなり、「うぅぅ……」と降参した。
「ごめんっ! ごめんって! ゆずりん返す! 返すからそんな顔しないでっ!」
「いや……そんな方法もあるのかって感心シテタ……」
「感心する要素無くない?」
物理的に量を減らしてカロリー半分だからね? なんにもすごくないんだよ?
「じゃあ半分は……アゲル……。いっしょに食べて二人幸せ……」
「えっ? う、うへへっ。なんだよぅゆずりんやさしぃーじゃん」
無事にチョコを取り戻した譲羽だが、それを仄香へと渡し返す。もちろん、そんな毒っ気のない言葉に当てられて、仄香はニヘラァと百合負けしていた。
「そして……百合葉ちゃんはひとピース」
「そ、それだけ? 別に良いけど」
パキリと破片が落ちないよう丁寧に折った譲羽が、チョコのひとかけらを僕に差し出す。
あ~んなのかなと、僕がくわえようとすると……。
「はい、百合葉ちゃんの味をゲット……」
僕の唇を押しのけて、彼女の指が入り込んだのだった。それを嬉しそうに舐める譲羽。
「オイシイ……」
「そ、そっかぁ……」
ちなみに、このチョコ百合空間に入り込まないで黙って見ている蘭子と咲姫の顔が怖くて、とても見られなかったり……。
う~ん、見られるのは鼻血かなっ? それとも血の海かなっ?




