第04話「ドーナツと百合」
夕方から夜へと幕引きされる帳の隙間から、燃え尽きた太陽が別れを告げようとする下校時間。部室で今日の宿題を解き終えた僕らは、軽やかな足取りで駅近くにあるドーナツ屋へ向かった。
「ここの店員って可愛くないと採用してくれないらしいよー?」
「仄香、そういう言い方は良くな……まあでもありえるかぁ……」
我先にと店内へ入り振り向きながら言う仄香に、ツッコミたかったけどやめた。しかし彼女はガラス越しに店員さんを見て……。
「違うじゃん」
「失礼だからッ!」
「うへへ」
結局ペシリと頭を叩く。この子はアホの子だからなのか、思ったことをそのまま口にしてしまう節がある。聞こえたら大変だ……。気をつけて見ていないと……。
セールでいつもより値段が値下げされ、見渡す限り百円ばかりのドーナツの列を眺めながら、僕らはおぼんを手に自分の食べたいドーナツを選ぶ。僕はいつものお気に入りをトングで取る。もちもちな丸い生地が連なっているお気に入りのドーナツだ。そんな僕に、横からトングをカチカチ鳴らしながら寄ってくる。
「仄香うるさいよ。カニなのそれ」
「いやー持っちゃうとテンション上がるよねー。あーゆーちゃんポンデじゃん? あれでしょ? 頭のシュシュ代わりに使うのー?」
「そうそう、これで髪を縛って……って使わないよっ!」
どんなボケやねんとツッコミたかった。
「違うわよねぇ、百合ちゃん。わたしとリングの端から食べ合って、最後にキスするゲームをするのよねぇ~?」
「咲姫、それってポッキーゲームじゃない? っていうか難しいよ絶対……!」
「違うさ。これは百合葉のおっぱいの上に載っけて、少しずつ食べることにより羞恥に染まる百合葉を同時に味わうというプレイを……」
「蘭子……っ! お店でクソレズ下ネタを披露するんじゃありません……!」
っていうか、穴が空いてるなら最初から丸見えだと思うんだけど……恥ずかしいよっ!
そんな中、一人だけ僕をイジろうとせずドーナツを選び終わった譲羽。そのボードの上にはひとくちドーナツが。
「百合葉ちゃん……一緒にあ~んして、食ベヨ……?」
「そうだねぇ。他の三人は妄想に忙しくてまだ選んでないみたいだから、先に食べちゃおう」
なんて言いながら二つのレジに並んで、僕らはささっと席に座る。それを恨めしそうに唇を尖らせて見つめる三人が。
「ゆずりんに抜け駆けされた……」
「わたしたちの負けみたいね……」
「完敗だな……」
※ ※ ※
「はっ……! そう言えばこのドーナツ、ドーナツしてなくねっ!? 真ん中に穴が空いてない! でも穴を塞いだ分のチョコがお得……。ぐぬぬ……。ドーナツのアイデンティティが……」
だなんて、席に座って食べ始めたかと思えば呻き出すアホの子仄香ちゃん。穴が空いてるかどうかってそんなに重要なの? 食べやすさとか? こだわる人はこだわるのだろうか。
そこへ、コホンと咳払いする蘭子。博識で説明係の彼女が仄香をなだめてくれることなのだろう。
「仄香。ドーナツは穴が空いてるからドーナツなんだ。同じドーナツでも、穴が空いていないのはアンドーナツ。ラッキーじゃないことをアンラッキーと言ったりするだろう?」
「はっ……! なるほどぅ! 考えなかったわー!」
「なるほどじゃないよね!?」
それ餡が詰まってるだけだよ……考えれば分かることなのになぁ。どうして騙される仄香ちゃん。そして、なんで蘭子はこういう雑学みたいな嘘が得意なんだろう……。
そして、ドーナツ扱いされなかったドーナツを、はみ出るクリームに苦戦しながら仄香が食べる中、僕を含めた四人が食べ終えて一息つく。
「やばいよぉー。みんな早いよぉー」
「仄香がいっばい取りすぎなんだよ……」
そう。彼女は元気余って、四つもドーナツを取ってしまったのだ。どう頑張っても、僕らが各自で食べる一個には間に合うわけがない。
「仕方ない! 残った二つはテイクオフする!」
「それを言うならテイクアウトね」
「仄香の中では、ドーナツを持って飛び立つのだろう……。達者でな」
「んんっ!? 間違ったからって見捨てないで! ゆーちゃんをテイクアウトするよっ!?」
そう仄香が言った途端、みんなの目が鷹の目のようにギラリと輝く。机をタンと叩く蘭子。
「そうだ。今晩は百合葉をお姫様にしてあげるんだったな。さて、素敵なホテルへ行こうじゃないか」
「違うわよぉ~? 百合ちゃんはわたしと寝て、目覚めのキスで起きるのよねぇ~?」
「そんなの許サナイ……。百合葉ちゃんを取られないように、ずっと此処に座ル……」
だなんて、バチバチ火花を散らす蘭子と咲姫に対抗して、譲羽が僕の膝の上にちょこんと座る。重たいけれど、心地良い気分だ。
「ああっ……! ゆずりんまた抜ーけーがーけー!」
「ユズちゃ~ん? 大人しくどきなさぁ~い?」
「力ずくでもどかすべきか……」
「ちょっとみんな……待って……!?」
そんな風に騒いでたら、店員さんに怒られるのは自明の理であった。
 




