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百合ハーレムの作り方  作者: 乃麻カヲル
第1部三章「百合葉の美少女つなぎ」
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第39話「最後には傍に居て」

 監禁という非現実的な事件から逃れた帰路。電車を降り、咲姫の肩を借りながらフラフラと夜道を進む。



 歩き始めは、何度まばゆい光が目の前を包んだ事か。この世の全てが百花繚乱と花開く感覚に溺れそうになりながらも――それはどのような感覚なんだろう。自分で考えていて、疑問を持ってしまった。蘭子のキザな言い回しが伝染うつったのかな……。



 とりあえず、視界を花々の楽園が覆った幻覚が見えたのである。ここまで僕を陥れるだなんて、なんと媚薬とは恐ろしい物なのか……。



 そして時折、警察に職務質問をされそうな程の怪しい千鳥足になり、身体が疼き出す度に、咲姫がゆっくり水を飲ませてくれたのだった。もうね、介抱の仕方が嫁すぎる。



 当然、そんな道中ではいつもの何倍か時間が掛かる。ようやく火照りが抜けた僕は、左腕を咲姫の肩に預け、彼女の桃のシャンプーの香りを楽しみながら先程の事を案じていた。



「助けてくれてありがとね咲姫。凄い……バッチリなタイミングだった。助かったよ」



「ー〜っ……」



 そう。彼女の登場は余りにも頃合いが良過ぎたのだ。それはさながらヒーローのようで。どう考えても疑問が拭えなかったので、一応確認してみれば、無言で頬を膨らませる咲姫。可愛い。超可愛い。しかし、怒る理由が解らない。



「咲姫……?」



「媚薬……」



「えっ……?」



「媚薬っ! 『らぶぽーしょん』だかなんだか飲まされたからって、蘭ちゃんに飲まれそうになっちゃってぇ〜!」



 腰に回されていた咲姫の腕が、僕の頭をポカポカ叩く。地味に『飲む』を掛け合わせていたのも含めて可愛い。……待って。可愛いのはどうでも良いとして――良くないけど。今なんて言った?



「なんでそんな事知ってるの……?」



「え……あっ。いやぁ〜、そのぉ〜……」



 先ほど、蘭子と媚薬の話はしていただろうか? 性行為は疑えても、突然、媚薬名をピンポイントで当ててくるなんて……。咲姫は、しまったと言わんばかりに、口をあんぐり開けている。やはり可愛い。



「なんで、そんな事まで、知ってるの?」



 詰め寄る様に、咲姫の歪んでも可愛い顔を覗き込む。



「百合ちゃんこわぁい! にこにこ顔なのに怖いっ! うぇ〜ん!」



「可愛い……や、嘘泣きしちゃ駄目っ! もしかして、本当は途中から聴いてたの…………?」



 焦りつつもしょぼくれ顔で頷く咲姫。因みに、つい漏らしてしまった『可愛い』という単語で一瞬、表情がほころんだのだから、侮れない娘である。



「咲姫……」



 良く考えれば、僕の方が焦りを覚える。どっから聴かれた? どこまで知られた?



 僕の脳内があたふたしつつも、無言の圧力を与えていると、咲姫が可愛い決め顔を作り、明後日の方向を見ながら口を開く。



「私がどんなに君を好きか知りたければ、夜空の星を数えればいいさ……」



「えぶっ……!」



 汚くも噴き出してしまった。いつもより低く作られたその声が、誰を真似ているのかは言うまでも無い。



「ちょっ! それって僕が起きてから少ししか経ってないんだけどぉ!?」



「あ、やっぱり眠らされたの? 手首を縄で縛らせるなんて、百合ちゃんが新しい性癖に目覚めちゃったのかと思ったわよぉ」



「そんな訳無いから!」



「日々君を見ていたらどうなると思う? 愛が深まるんだよ……」



「あひっ!?」



「可愛い過ぎて目眩するよ百合葉……」



「ひゃうっ!」



 耳元で吐息がワザと当たる様に咲姫が囁く。ぐぬぬ……折角治まった胸が再び張り裂けそうだ。



「ふふっ、百合ちゃんかわいい……! あ~もう。蘭ちゃんがあんなに情熱的だとは思わなかったなぁ~。あんなにカッコいいセリフをバンバン言われちゃったら、わたしも口説かれちゃうかもぉ〜」



「じゃあ別に、僕が蘭子に口説かれても文句は無いんじゃない?」



「それとこれとは話が別! 駄目よっ、王子様がわたし以外に穢されたりしちゃあ!」



「んっ……? いや、それは……。そりゃ何度も王子様演技してきたけど、その役回りは冗談でやってるだけでしょ……」



 ――と見せかけて、実は本気。超本気。僕自身純粋で居たいから穢れるのも勘弁。咲姫も本気にしたかったのだろうし、姫様を喜ばせるならば、どんな役だって演じる。いや、成り切らせて欲しいともさ。



「わたしは……冗談でも嬉しかったけどなぁ〜」



「あうっ。え、何だって?」



「うふふっ……」



 不意打ちに心を掴まれそうになりつつも、僕が聞こえなかった振りをすると、誤魔化す様に笑う咲姫。ああ、こんな可愛い娘を騙してきただなんて、よくも今まで罪悪感に駆られなかったものだなぁ。仕方無いだろう、可愛いのだから。



「まあ、このままじゃあ危ないと思って、あのタイミングで出て行ったけど、百合ちゃんの声……可愛かったなぁ〜」



「あ、や……。それは……そのっ!」



 いやぁあああああ! 一番恥ずかしいところも聴かれてたんだぁーーー! 何と言う事だ! 穴があったら頭から入って窒息死したい!



「あんなの聴かされちゃったら、百合ちゃんを普通の目で見れないかもぉ〜」



 恍惚にうっとりとしている咲姫に対し、僕は見る見る紅潮してゆく。絶対に林檎みたいになってる。恥ずかしい……。右手で顔を塞ぐ。



「……居たならもっと早く助けてくれればいいのに……」



「なんかもう、夢中に聴いてたらわたしも興奮しちゃって……一人でシちゃったっ! えへへぇ〜」



「はぁっ!? 人んちで何やってるの! アンタ馬鹿じゃないのっ!?」



 乱暴な口調で責めてしまうも、ウィンクしながら頬に人差し指を当て、「テヘッ」と口で言い舌を出す咲姫。嗚呼、可愛い彼女が性欲に流され……彼女のイメージが…………。



「あ、使用済みティッシュ欲しかった? 捨てられなかったからまだ持ってるけど」



 咲姫は肩から下げたポーチの中を探り出す。



「要らんわ! 出さなくていい! てーか、お姫様がそんな汚い事シちゃあいけませんっ!」



「わたし、お姫様である前に普通の女の子なのよ? 一人の女……。仕方ないわよねぇ〜」



「うっわ、キャラがぶれっぶれ」



 ツッコむ僕に、今度は首を傾げ顔の前で拳を軽く握って、「ヘケッ」と言う咲姫。大好きなのは咲姫ちゃんだよ……。



「でも、わたしに責められている百合ちゃん、それもイイわよねぇっ!?」



「妄想しないでっ! ……ってか、僕の受けは確定なの!? レズが伝染うつっちゃったの!? 勘弁してよぉ!」



「今みたいに余裕無くなった百合ちゃん、可愛いしぃ〜? 責められるネコちゃんで確定じゃない?」



本日は随分ときわどい発言を繰り返す姫様。ちょっと怖いぞ?



「咲姫、言ってる意味解ってるの……?」



「う〜ん。咲姫ちゃんお姫様だからぁ〜、大人の話わかんなぁ〜い」



「絶対解ってるよねぇっ!? このけがれ美少女!」



「えっ、もう一回言って!」



 ついつい放った本音に、咲姫が二度目を催促する。ののしりたくは無いけど、言ってあげるかぁ…………。



「穢れ美少女!」



「やぁ〜ん! 咲姫ちゃん、美少女って言われちゃったぁ〜!」



「都合の良いとこしか聞こえてないッ!?」



「えへへぇ〜」



 どれだけ自分が大好きなのだ……。可愛くなければ許されないレベルのぶっ飛び具合である。



 少しの間、愉悦に浸る咲姫であったが、突如、ハッと我に返り、再びプンプン怒り出す。当然、怒りは伝わっては来ず、ひたすらに可愛いだけである。



「あ、でもっ……! どんな理由でも次からは無しよっ!? もう、心配したんだからねっ! 何回電話しても出ないんだからぁ…………」



 先程まで余裕綽々な態度を保っていた彼女が、今更になって少々半べそをかきだした。そう言えば朦朧もうろうとした意識の中で、呼び出し音が響いたかなぁ――と思い返し、携帯を見れば、三十分置きに六回もの着信履歴がある。



「何か用があったの?」



「今日、わたしたちに内緒で蘭ちゃんちに行くって話したんでしょ……? そのくらいわかるんだから。……それで蘭ちゃんと二人きりで何するんだろうって考えたら不安になっちゃって……。でも後を尾けてたのがバレちゃったみたいで撒かれちゃったけどねぇ」



「じゃあ場所はどうやって――?」



「それはね、ジャジャ〜ン!」



 ワザワザ効果音を言いながら携帯画面を見せてくれる。そういう仕草は悶えるように可愛いからやめて欲しい。胸がキュンキュンしてえぐられそうだ。



「恋人の位置情報が分かるアプリケーションでぇ〜す!」



「はっ!? そんなのいつの間に!」



 その類いのものはそれぞれの携帯にアプリをインストールして、お互いに恋人登録し合ってないと無理だと思うのだけれど……。



「こっそり入れちゃいましたぁ~っ!」



「なんて勝手な事を……」



 でも笑顔が可愛いので許します。超許しちゃいます。さらに今回は救い出してくれたのでスーパー許すマックスです。でも、指紋認証以外のセキュリティーも考えないといけないかな……。



「一旦おうちに帰ってね。それで邪魔してやろうって電話しても、全然繋がらないしぃ。いつも百合ちゃんすぐ出てくれるのに」



 彼女の笑顔が突如として消え、トーンダウンしてしまう。



「それでね。途中でハサミと、包丁も一応を買って、蘭ちゃんに対抗できるように……」



 右手の『チョキ』で手刀の『ナイフ』を受け止め、後ろの『包丁』で相手を刺すようなジェスチャーをする……が、女子高生がそんな物騒過ぎる装備で乗り込むなんて――――。



「待ってよ! いきなり刃物だなんて、話が飛躍しすぎじゃないっ!?」



「……ただいつも仲良ししてるだけじゃないのよ? 女なんていつも腹の探り合いなんだから。特に、好きな人の事に関しては……」



 意図せず預けていた体を遠のけてしまう。何が彼女をここまで突き動かしているのだろうか。僕は気だるい立ち姿のまま、真剣な咲姫の表情に気付く。



「本当に……本当に不安だったのよ? 百合ちゃんが蘭ちゃんに独り占めにされるんじゃないかって」



 マズい、油断していた。これでは告白されているも同然じゃないか。シリアスなムードでここまで聞いてしまったら、いくら鈍感装っても、もう言い逃れは出来ない。聞こえなかったと言える雰囲気でも無い。ああ、意識が朦朧もうろうとしているフリを続けるべきだった。



 返す言葉も無く僕が黙ってしまうと、咲姫は悲しそうな眼差しを僕に向ける。今までの苦労が水の泡になりそうだというのに、そう切ない表情をしないでほしい。ついうっかり抱き締めて、全てを受け入れたくなる。



「百合ちゃんの本音も盗み聞きしたけど、信じたく無かったなぁ〜。……やっぱり、みんなの気持ちにずっと気付いてて、それを弄んでいたのね。それも付き合う事もしないで、わたし達の溢れかえりそうな気持ちを留めておこうだなんて」



「……ズルい僕の事を嫌いになった?」



「ううん。それどころが、お互いを楽しませる事を想いながら、駆け引きを企むのも良いなぁ――って思っちゃった」



 先程は蘭子、今は咲姫と、これだけ心変わり激しく最低な僕だというのに、恋心をくすぐり喜ばせてあげたいと本気で奔走し続けた事が、こんなにも彼女を盲目に仕立て上げてしまったのか。今頃になって罪の重さに気付く。



「絡まった赤い糸をほどかないとね……」



 運命の赤い糸……そうか。僕は四人もの乙女の指に、無理矢理に糸を縛り付けたのだ。それが今の現状を作り上げ、彼女達を苦しめている。今日の出来事も因果応報ではないか。



 言い終わるなり、僕の前にズイッと一歩出た咲姫が、体を半回転させる。僕と向かい合う形を取った彼女は、僕の目線に合わせて数センチほど背伸びしたかと思うと――――。



「えっ……!?」



「んっ……」



 思考が鈍ったのか、長い一秒間に感じられた――そんな口付けをあっさりと、彼女は唐突にもやってのけたのである。



「これがわたしのキモチ。口元がベタベタだったし、キスマークまで付けちゃって……。蘭ちゃんとすごいキス……したんでしょ? ちょっとだけ……ううん……。ものすご~く嫉妬したのよ?  ……本当はもっと長く、想いを伝えたかったんだけど、困らせたくないし我慢するわ」



 驚きの余り、口を閉じ忘れたまま立ちすくんでしまう。キスの上書き……。少女漫画のようで切なく、ロマンチック全開なシチュエーションだというのに、複雑な想いが僕の胸の中を掻き乱す。



「わたしだけを見てだなんて言わない。でも……最後には、わたしのそばに居て?」



 なんと純情でひたむきな子なんだろうか。瞼の奥が締め付けられるように熱くなる。僕が思い描き続けた百合ハーレムと、この子と添い遂げる純愛と、どちらが僕の幸福か完全に見失ってしまった。



 二人の間に訪れる沈黙。これだけ告白染みた言葉を連ねたんだ。返事を待つ彼女は僕の顔を伺っているが、僕にはその純粋な目を見る事は到底叶わないだろう。



 誤魔化す言葉なんてありはしない……。いや、あったところで口にする勇気など最初から無かったんだ。僕は彼女の想いには――――。



「ごめん。その気持ちには、まだ答えられそうにない」



 姑息こそくにも臆病に、逃げることを選んでしまった。



「まだ? これから先に、改めて返事をくれるの?」



「僕自身、もう何が何だが判らなくなっちゃったんだ。自分の本心はどこにあるのか、ここで決めるなんて――今の僕には出来そうも無い」



「そっかぁ、保留されちゃうのねぇ」



 少し目を伏せ、いつの間にかボンヤリと霞みがかった月を、遠目に見つめる彼女。いや、焦点など合ってはいないのだろう。彼女の想いに対し答えを出してあげられなかったという事実が、彼女の心に傷を付けてしまったのかもしれない。



「……ごめん」



「良いわよ。今は無理して決めないで?」



 たった三文字の謝罪を述べるだけでも、喉に突っ掛かりそうになる。彼女は横髪で顔を隠したまま、僕の側から離れて前に駆け出した。そして、ほんの数メートル先で止まったかと思いきや、僕のほうを振り返り自慢のウェーブとロングスカートを翻す。



「この世の全てが貴女の事を嫌いになったとしても……」



そこで一度言葉を止め、息を大きく吸った彼女が――――。



「ずう~っと……、待ってるから……ね」



 そう言い残し、程なく終わる帰り道を彼女は再び駆けてゆく。僕はただ茫然ぼうぜんと人の想いの重さを、唇から血がにじむ程に噛み締める。



 ――別れ際の彼女の瞳は、夜だというのに、やけに煌めいて見えた。

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